第95話:完璧な引き継ぎと、最悪の仕様への帰還
神のOSが完全に停止し、夕陽に照らされた帝都の広場。
完全に機能を停止した『天叢雲』のコクピットから這い出してきた九十九との和解を終えたカイトのもとへ、見慣れた顔ぶれが駆け寄ってきた。
「カイト殿ォォォッ!!」
「スミレ様! カイト様! ご無事で何よりです……ッ!」
ラース王国の青年神官(魔法技師)であるテオと、女性騎士のエルナだった。
彼らの背後には、ナギと共に心血を注いで建造し、今回の帝都強襲作戦の要となった『超音速の強襲輸送艦』が、傷つきながらも誇らしげに鎮座している。
「テオ、エルナ。……お前らが組んでくれたこの船のおかげで、俺たちは神の懐まで届いた。最高の仕事だったぜ」
カイトが親指を立てると、テオは感極まったようにボロボロと涙をこぼした。
「もったいないお言葉です! カイト殿が教えてくださった技術と思想……このテオ、生涯忘れません!」
「ラースの国宝『星の涙』の出力制御、完璧だったわよ。あんたたち、本当にいいチームだったわ」
スミレも優しく微笑みかけ、エルナが騎士として深々と最敬礼を返す。
そして、ナギが照れくさそうに鼻の頭をかきながら、テオの肩を小突いた。
「へへっ。異世界の魔法式、最初はチンプンカンプンだったけど。テオ、お前と一緒に徹夜で図面引いたの、すげぇ楽しかったぜ」
「ナギ師匠……ッ! 私も、師匠のその……『スパナ一本で直す』という物理的なアプローチ、大変勉強になりました!」
「おいおい、泣くなよな。……この船の整備マニュアル、ちゃんとサーバーに残しといたから。あとはお前が、この世界の『メインメカニック』として引っ張っていくんだぞ」
「はいッ!!」
技術者同士の、固い握手。
それを見届けたカイトは、空を見上げた。神が消え去ったことで、カイトは現在、このマギア世界における『最上位の管理者権限』を一時的に保持している状態だった。
「テオ、九十九。お前たち二人に、この世界の『ローカル管理者権限』を譲渡して(置いて)いく」
「えっ……佐藤先輩……いや、カイト先輩、僕たちに!?」
「ああ。神様が押し付けた綺麗な箱庭はもう終わりだ。これからは、お前たち現地の人間の手で、バグだらけでも支え合う『泥臭いシステム(国)』をアップデートしていってくれ」
カイトが空に向けてコンソールを展開し、指を鳴らす。
上空の空間が歪み、巨大な光のゲート——『帰還プログラム(リバース・マイグレーション)』が展開された。
「——さあ、みんな。異世界での残業は終わりだ。俺たちの『本当の現場(家)』に帰るぞ」
「……私、カイトと一緒なら、どこへだって行くから」
隣に立つセレナが、カイトの腕にギュッと抱きつく。
彼女の魂は元々管理者が作ったものだが、所有権は完全にカイトへと上書きされている。もう、この世界に縛られる義理はない。リュウジも、リナも、力強く頷いた。
「よし! エンジン出力最大! ブレイヴ・アーク、発進するぞ!」
ナギの号令と共に、強襲艦と勇者ロボたちが一斉に光のゲートへと飛び込んでいく。
テオ、エルナ、そして九十九たちからの割れんばかりの歓声に見送られながら、カイトたちはついに、長かった異世界から『ログアウト』した。
——ピカッ!!
光のトンネルを抜け、カイトたちの目に飛び込んできたのは……見慣れた灰色の高層ビル群と、チカチカと点滅するネオンサインだった。
魔法の光ではない、科学と電力で輝く都市。彼らの故郷、勇者警察が存在する『元の世界(地球)』への帰還である。
「帰って……きたわね。本当に、私たちの世界に」
「ああ。空気が排気ガス臭くて、最高だぜ」
カイトもコクピットの中で伸びをしながら笑った。
——だが、その平和な帰還の余韻は、耳をつんざくような『爆発音』によって一瞬で引き裂かれた。
ズドォォォォォォォォォンッ!!
「なっ!? なんだ、爆発!?」
「おいカイト、下を見ろ! 街が……街が燃えてるぞ!!」
ナギの悲痛な叫びに、カイトは慌ててアヴァロンのメインモニターを下界へと向けた。
そこでは、信じられない光景が広がっていた。燃え盛るビル群と逃げ惑う人々。そして、その中心で……カイトたちのよく知る『勇者警察』の機体たちが、ボロボロになりながら防衛線を張っていた。
だが、その勇者警察たちを一方的に蹂躙している『敵』の姿を見て、カイトたちは言葉を失った。
空から神々しい光を放ちながら降臨した、巨大な『白く輝く宇宙人』のホログラム。
そして、その宇宙人の加護を受けて勇者警察を破壊しているのは——動物の形をした、色鮮やかでヒロイックなデザインの『謎のロボット群』だった。
『おお、選ばれし地球の子供たちよ。悪しき機械(勇者警察)を打ち倒し、この星の平和を守るのだ……』
白く輝く宇宙人が、まるで神様のような慈愛に満ちた声で、謎のロボットたちに向けて語りかけている。アヴァロンのカメラが、その敵ロボットのコクピットをズームで捉えた。
「——嘘、でしょ……?」
セレナが息を呑む。
敵のロボットを操縦していたのは。
瞳のハイライトを失い、システムに完全に意識を乗っ取られ(洗脳され)、無表情でミサイルを撃ち続ける『制服を身にまとった子供たち』だったのだ。
「……光る宇宙人が、選ばれし子供たちにロボットを託して、世界の平和を守らせる、だと……?」
カイトの低い声が、アヴァロンのコクピットに響く。
昔のロボットアニメなら王道展開かもしれない。だが、現実は違う。
子供を洗脳し、最悪の現場に立たせ、自分は安全な場所から『正義』を語る。大人の責任を、何も知らない子供に押し付ける最悪の仕様。
「——ふざけんじゃねぇぞ、あの光る宇宙人野郎……ッ!!」
カイトの瞳に、異世界の神を倒した時以上の、純粋で激しい『大人の怒り』が沸点を超えて爆発した。
「リュウジさん! スミレ! 子供たちを撃ってる暇はねぇ! 対象のロボットを物理的に無力化し、システムにハッキングを仕掛けて子供たちを救出する!!」
『——応ッ!! 我ら勇者警察の真骨頂、見せてやる!!』
真・最終章『チルドレン・デバッグ編』。
カイトたち大人の、絶対に負けられない最後の残業が幕を開けた——!




