第94話:神の領域(ルートディレクトリ)と、佐藤先輩のデバッグ
——ズガァァァァァァァァァッ!!
みんなの想い(データ)を結集させた七色の極光が、割れた空に浮かぶ無機質な『光の眼』を真っ向から貫いた。
その瞬間、カイトの意識はアヴァロンのコクピットから切り離され、光の奔流と共に『神のOSの内部領域』へと直接引きずり込まれた。
そこは、上下左右の概念が存在しない、純白の論理空間だった。
無数の文字列が滝のように流れ落ち、世界のあらゆる事象——天候、重力、生命の生死すらも、ただの『変数』として処理されている、あまりにも冷たい神の脳内。
『——【警告:特権領域への不正アクセスを検知】』
『——【論理防壁を展開。対象の魂を物理的に消去します】』
空間全体が赤く明滅し、カイトの身体を不可視の重圧が押し潰そうとする。
機体のアヴァロンはない。カイト自身の精神データが、神のOSの殺意を直接浴びているのだ。
「……ぐ、ぅぅっ……! さすがに、本体のセキュリティは……バカみてぇに重いな……ッ!」
カイトの精神体がノイズまみれになり、少しずつ『透明』になり始める。
このままでは、文字通り彼の存在そのものが「なかったこと」として世界から消去されてしまう。
——だが、その絶体絶命の論理空間に、外部からの『強引な通信(割り込み処理)』が響き渡った。
『——論理防壁の隙間、こじ開けました! 今です、佐藤先輩ッ!!』
神の領域に響いたのは、この異世界には到底似つかわしくない、前世の日本で何度も聞いた後輩の叫び声だった。
地上で天叢雲と帝都の全サーバーを直結させている九十九が、脳神経を焼き切る覚悟で、神のOSへ決死のハッキングを仕掛けたのだ。
「……ハッ。お前、異世界に来てまでその呼び方かよ。……だが、最高のタイミングだぜ、九十九!」
カイトの精神が、再び強く実体化する。
九十九が作ってくれたコンマ数秒の隙。
そこに、リュウジ、スミレ、リナ、ナギ……そしてセレナたちから受け取った莫大な魔力を一気に流し込む。
『——【エラー。論理の破綻を検知。エラー、エラー。対象の削除が実行できません】』
無感情だった神のシステム音声に、初めて明確な『焦り』が混じる。
「当然だ。俺一人なら簡単に消せただろうがな、今の俺には、お前が『仕様外』だと切り捨てた連中の想いが、スパゲッティみたいに絡みついてんだよ」
カイトの右手に、七色に輝く『極光のブレード』が実体化する。
それは単なる破壊の剣ではない。マギア世界の法則を根底から書き換えるための、究極の管理者権限。
「綺麗なだけのシステムに、人間の人生を縛り付けられると思うな!」
カイトは白の空間を蹴り出し、空間の中心で無機質に回転する巨大な『コア(神の心臓)』へと真っ直ぐに刃を突き立てた。
「——全能なる上書き(ルート・オーバーライド)、実行ォォォッ!!」
ガガァァァァァァァァンッ!!
ブレードから流し込まれた『自由』のプログラムが、神のコアを光の奔流で塗り潰していく。
『——【致命的なエラー。OSのシステム基盤が上書きされます。世界が、世界が……】』
「おやすみだ、神様。……明日からの世界は、俺たちで勝手にアップデート(生きて)していくさ」
パツンッ、と。
世界を縛っていた巨大な電源が落ちるような音と共に、純白の空間が粉々に砕け散った。
——そして、カイトの意識が現実のコクピットへと帰還する。
アヴァロンのメインモニター越しに見上げた空。
そこにあった禍々しい亀裂と『光の眼』は完全に消滅し、ただどこまでも澄み渡る、抜けるような青空が広がっていた。
「……終わった、のか?」
リュウジのジェイ・ガストが、空を見上げて静かに呟く。
「ええ。……神の管理システム(OS)は、完全に消沈したわ」
スミレが震える声で答える。
帝都を覆っていた初期化の白い網目も消え、破壊された街並みが夕陽に照らされている。
システムに縛られた箱庭の世界は終わりを告げた。マギア世界は今、本当の意味で、そこに生きる人々の自由な手の中へと解放されたのだ。
「……カイトォォォッ!!」
感極まったセレナのホワイト・ヴィクトリーが、空中でアヴァロンへと抱きつくように突撃してくる。
「おいおい、危ねぇなセレナ。……だが、よく頑張ったな」
カイトは機体越しに相棒を受け止め、ふっと優しく微笑んだ。
神との最終決戦に、ついに完全勝利したカイトたち。
だが、彼らにはまだ、最後の『大仕事』が残されていた。この自由になった異世界に別れを告げ、彼らの本当の居場所である『元の世界』へと帰還するという仕事が——。




