第92話:割れた空と、全能なる管理者(クラウド)の降臨
ピキッ、ピキピキピキッ……!!
それは、世界そのものが『悲鳴』を上げる音だった。
ゼノンを倒し、平和な青空が戻ったはずの帝都の上空。そこに、巨大な黒い亀裂が走った。
まるで、液晶モニターが物理的に叩き割られたかのように。青空という『背景グラフィック』が剥がれ落ち、その奥から無機質な黒いノイズの空間が姿を現したのだ。
「おいカイト! 空が……空の空間座標が、めちゃくちゃにバグって崩れてるぞ!?」
ブレイヴ・アークのブリッジで、ナギが信じられないものを見るような声で叫ぶ。
「……空間が、割れている? カイト、あれは一体……」
隣を飛ぶホワイト・ヴィクトリーの中で、セレナが震える声で空を見上げた。
剥がれ落ちた空の奥。
黒いノイズの海の中から現れたのは——大陸一つを覆い尽くすほど巨大な、無機質な『光の眼』だった。
感情も、怒りも、慈悲も一切存在しない。ただ冷徹に、不具合を見つめるシステムカメラのような瞳。
『——【System Alert:ローカル管理者端末のロストを確認】』
声が、頭の中に直接響いた。
男でも女でもない、老人も子供も混ざったような、無数の音声データが合成された不気味な声。
『——【対象インスタンス(マギア世界)におけるバグの増殖が、許容値を超過しました】』
『——【これより、対象領域の『完全初期化』を実行します】』
その音声が響いた瞬間だった。
帝都の遥か遠くに見えていた巨大な山脈が、音もなく『白いグリッド線(網目)』へと変換され、スッと空間から消滅した。
「なっ……山が、一瞬で消えたわよ!?」
スミレが絶叫する。
ゼノンの要塞が放っていた「破壊」のビームなどとは次元が違う。
あれは兵器による攻撃ではない。この世界を描画している大元のシステムが、ファイルをごみ箱に入れるように、ただ環境データを『消去』しているのだ。
「……これが、この世界の『神』。僕たちの理を支配する、メイン・オペレーティングシステム……」
地上で天叢雲のコクピットに座る九十九が、圧倒的な絶望を前に、操縦桿から手を滑らせた。
どんな天才的なコードを書こうと、OSそのものに「お前を消す」と言われれば、プログラムは抗うことすらできない。
『——【削除プロセスを開始。対象:マギア世界の全生命体、全データ】』
光の眼から、波紋のように『初期化の光』が放たれる。
その光に触れた雲が消え、大地が白い網目へと変わり、世界が文字通り「無」へと還ろうとしていた。
抗う術などない。ただ消えゆくのを待つしかない、絶対的な神の力。
——しかし。
ただ一人、トリニティ・アヴァロンのコクピットに座る男の瞳だけは、まったく絶望していなかった。
「……フッ。ハハハッ!」
カイトは、無機質な光の眼を見上げながら、不敵な笑い声を上げた。
「……カイト? どうしたの!?」
通信越しにセレナが戸惑う。
「いや、あまりにも『テンプレ通り』すぎて笑っちまったんだよ。現場の端末が使い物にならなくなった途端、本体がしゃしゃり出てきて、丸ごと初期化して揉み消そうとする。……どこのブラック企業のクソシステムだ」
カイトは操縦桿を強く握り、アヴァロンの極光のブレードを、真っ直ぐに上空の『目』へと突きつけた。
「おい、神様気取りのポンコツOS! 何千年もアップデートをサボってたツケが回ってきたんだよ! お前が作ったルール(理)は、もう俺たちには通用しねぇ!!」
アヴァロンの魔力炉が、カイトの意志に呼応してかつてないほどの激しい光を放つ。
相手が兵器だろうと、神だろうと、世界の法則そのものであろうと関係ない。
そこにバグがあるなら、ユーザーを苦しめるクソ仕様があるなら——それを叩き直すのが、エンジニアの矜持だ。
「ナギ! スミレ、リナ! セレナ! リュウジさん! ……そして九十九!!」
カイトの声が、絶望しかけていた仲間たちの通信回線に力強く響き渡る。
「泣いても笑っても、これが最後の『デバッグ』だ! あのふざけた神のOS(頭)に、俺たちの生きた証を全部叩き込んで……理ごと、完全に書き換えてやるぞォォォッ!!」
割れた空から迫り来る、世界初期化の波。
それに単騎で抗うように、カイトのアヴァロンが極光の尾を引いて、天の『目』へと一直線に飛翔した——!




