第87話:所有権の上書き(ルート・オーバーライド)と、ただ一つの本物
狭いコクピットの中。
世界が滅びるかもしれない最悪の戦場の上空で、二人の時間だけが静止していた。
「カ、カイト……だめっ……! 離して!」
腕の中で、セレナが必死にもがく。
しかし、カイトの屈強な腕は、その細い身体を絶対に逃がそうとはしなかった。
(……驚いたな)
前世からの記憶を持つカイトの精神年齢は、酸いも甘いも噛み分けた三十代のシステムエンジニアだ。
これまでは彼女のことを、どこか「手のかかる後輩」や、自身のシステムを動かすための「優秀なパイロット(パーツ)」としてしか見ていなかった節がある。
しかし、こうして腕の中に閉じ込め、その体温と震えを直接感じたことで、カイトの冷静なロジックに強烈な『ノイズ』が走った。
……恐ろしいほどに華奢で、柔らかい。
こんなどこにでもいる普通の女の子が、世界を滅ぼすバグ兵器の「鍵」という重すぎる十字架を背負わされ、誰にも頼れず、一人で震えながら戦っていたのだ。
(こんな細い肩に、世界のバグの尻拭いをさせてたのか、俺は)
カイトの胸の奥底で、ただの庇護欲ではない、一人の男としての強烈な熱が生まれるのを感じた。
「カイト、お願い! 要塞の起動ロードが終わっちゃう! 私の魔力がゼノンに読み取られたら、みんなが……っ!」
涙で顔を濡らし、悲痛な声で訴えるセレナ。
カイトは彼女の肩を抱き寄せ、その耳元に顔を近づけた。
「要塞のロード完了まで、あと百二十秒。……余裕だ」
「え……?」
「お前の波長が狙われてるなら、俺のシステムで『強固なファイアウォール(暗号化)』を掛けて隠す。ゼノンなんかに、お前のデータを一ビットたりとも読ませない」
カイトの低い声が、セレナの耳元をくすぐる。
次の瞬間、カイトの全身から溢れ出した蒼い魔力が、セレナの身体を優しく包み込んだ。
対象の魔力の根源に直接パッチを当てるための、極めて深い『魔力同調』。
「んっ……あ……カイトの、魔力が……私の、奥に……」
身体が密着しているからこそ可能な、物理的かつ論理的な超・接続。
カイトの温かい熱が、セレナの身体の隅々にまで入り込み、彼女の不安も、恐怖も、そして兵器へのリンクコードも、すべてを強力な暗号で塗り潰していく。
「……デバッグ完了だ。お前の魔力は、俺の鍵(暗号)で完全に保護した」
カイトは抱きしめる力をさらに強め、彼女の耳元で甘く、そして絶対的な宣言を落とした。
「お前は兵器の鍵なんかじゃない。ただの偽物のデータでもない」
「カイト……っ」
「お前の『所有権』は、俺が完全に上書きした。……お前は俺の大切な女だ。ゼノンにも、神にも、誰にも指一本触れさせない」
「……っ!!」
その言葉に、セレナの瞳から張り詰めていた糸が切れたように、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
偽りの令嬢でも、兵器のパーツでもない。カイト自身が「俺の女だ」と、ただの自分を欲してくれた。一人の男としての明確な熱を伴って。
「……ずるい。……カイトの、馬鹿……っ。一生、離れないんだから……!」
セレナは子供のように泣きじゃくりながら、カイトの背中に強く腕を回し、その広い胸に顔を埋めた。
カイトもまた、彼女の銀色の髪を優しく撫でながら、ゆっくりと目を閉じる。
——ブレイヴ・アークのブリッジ。
モニター越しにその様子を(音声はオフで)見ていたスミレとリナが、同時に深いため息をついた。
「……はぁ。見せつけてくれるじゃない。あの堅物で仕事人間だったカイト君に、あんな顔させるなんてね」
スミレが呆れたように肩をすくめるが、その口元はどこか嬉しそうに綻んでいる。
「うん。……なんだかんだ言って、セレナちゃん、ずっとギリギリで一番頑張ってたもんね」
リナもまた、メインコンソールに頬杖をつきながら微笑んだ。
「今回ばかりは、あの小娘の完全勝利ね」
「だね。今夜のヒロインの座は、セレナちゃんに譲ってあげよっか」
二人は顔を見合わせ、クスッと笑う。
『——警告! 帝都地下要塞、ロード率100%! 起動します!!』
ブリッジに無機質なシステム音声が鳴り響く。
だが、もはや焦る者は誰もいない。
暗号化は完了した。ゼノンのシステムは、目の前にいるはずの『鍵』を見失い、エラーを吐き続けるだろう。
「……さあ、行くぞセレナ」
「うん……っ!」
世界を滅ぼす「鍵」という呪縛から解き放たれ、真の意味でカイトの「相棒」となったセレナ。
二人の絆という最高のアップデートを完了させた彼らの前に、いよいよ帝都の地下要塞『真なる世界兵器』が、その巨大な威容を完全なものにしようとしていた——。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ヒロインの絶望からの救済、そして大人の男としてのカイトの甘い独占宣言……! スミレたちの微笑ましい見守りも含めて、ロボットバトルの熱量とラブコメの甘さが融合したエピソードとなりました。
次章からはいよいよ、ゼノンとの総力戦となる第7章『真なる世界兵器・帝都防衛戦編』が幕を開けます!
「カイトカッコよすぎる!」「セレナちゃん報われて本当によかった!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひページ下部の【★で称える】から評価ポイントをポチッと押し、【ブックマーク】での応援をよろしくお願いします!!




