第83話:継承される狂気。天叢雲(アマノムラクモ)、起動!
帝都の最深部。天を突くような巨大なサーバータワーの真下で、その機体は静かに、だが確かな殺意を孕んで立っていた。
四本の腕、鏡のように磨き上げられた白銀の装甲。
帝国最強の魔導機兵——『天叢雲』。
「——お久しぶりです、佐藤先輩。……いえ、今は『管理者』と呼ぶべきでしょうか?」
通信回線を震わせ、九十九の滑らかな声がアヴァロンのコクピットに届く。
かつて平原でカイトにデリートされ、一ビットの塵も残さず消えたはずの男。だが今、目の前にいる九十九からは、以前よりも遥かに密度を増した「魔力の圧」が放たれていた。
「九十九……。やはり、管理者にシステムを復元されたか」
カイトは苦々しく吐き捨て、アヴァロンのレバーを握り直す。
「ふふ、驚いた? あの時、先輩にデリートされた瞬間、僕は初めて理解したんだ。僕のコードがいかに独りよがりで、未熟だったかを。……だから僕は、自分自身のソースコードを書き換えた。管理者の権限を使い、より広範囲に、より美しく!」
天叢雲が、ゆっくりとその四本の腕を広げる。
その指先一つ一つから、複雑怪奇な魔法幾何学模様が空間に展開された。
「——『やり直してこい』。……あの言葉が、僕を救ってくれたんだ。だから僕は、今度こそ『誰かのため』に戦うよ。……それは、僕という完璧なシステムを理解してくれる唯一の人。……佐藤先輩、貴方を『正しく管理』するために!!」
「……あいつ、完全にバグってるわね。先輩が好きすぎて、システムごと歪んじゃってるわよ」
スミレが『ブラッディ・ネイル』の機体越しに呆れたような声を出す。
「——来るわよ! セレナ、カイト、防御を!」
セレナの警告と同時、天叢雲の四本の腕が、それぞれ異なる「属性」の魔法を同時に詠唱した。
火、氷、雷、風——。
通常、魔法使いが一度に行えるのは一系統の制御のみ。だが、九十九は自身の意識を四つに多重化し、それぞれの腕に独立した演算を割り振っていた。
「——複合定義・殲滅結界!!」
四色の魔力が幾何学的に交差し、逃げ場のない「魔法の檻」がカイトたちを包み込む。
それは、避けることも、防御することも不可能な、純粋な論理の暴力。
「カイト! この結界、魔法の構造が複雑すぎて解析が追いつかないわ!」
セレナの悲鳴に近い通信。
だが、カイトは冷静に、流れるような手付きでコマンドを打ち込んでいた。
「——多重化された演算か。なるほど、美しいな。……だが九十九、お前は一つ、大きな見落としをしている」
「……何です? 負け惜しみですか?」
「いや。……どんなに多重化したスレッドでも、根幹の『CPU(演算資源)』は一つだ、っていうことだよ」
カイトがパチン、と指を鳴らす。
瞬間、ブレイヴ・アークのブリッジに座るリナの体質が、カイトの意図を汲み取って全開になった。
「——リナ! 全域ジャミング(ノイズ)の流し込み、開始!」
「任せてカイト君! 帝都中のノイズを拾って、九十九さんの『頭』に直接ぶち込んであげるわ!!」
リナの「アンテナ体質」により増幅された、無意味な文字列の濁流が、天叢雲の多重演算回路に直撃した。
「——なっ!? 何だ、この膨大なゴミデータ(パケット)は……っ! 僕の演算が……ノイズに食われる……!?」
完璧だった四属性の結界が、一瞬だけ揺らいだ。
カイトはその刹那の隙を見逃さない。
「——スミレ、セレナ! 奴のメインプロセスがフリーズする前に、一気に叩くぞ!」
『了解!!』
トリニティ・アヴァロンが、音を置き去りにして天叢雲へと肉薄する──。




