第82話:オブジェクト指向の軍団と、美しきコードの「致命的欠陥」
黄金の結界が砕け散った空から、白銀の強襲輸送艦『ブレイヴ・アーク』が帝都の領空へと滑り込む。
眼下に広がる帝都本国——そこは、魔法世界とは思えないほど異質な光景だった。
無駄な装飾が一切ない幾何学的な高層ビル群。道路は直角に交わり、すべての魔力プラントがミリ単位のズレもなく規則正しく配置されている。
「……息が詰まりそうな街ね。有機的な温かみが欠片もないわ」
スミレが『ブラッディ・ネイル』のモニター越しに顔をしかめた。
「ああ。徹底的に無駄を省き、モジュール化された都市設計……。間違いなく、九十九の書いた『仕様書』だ」
アヴァロンのコクピットで、カイトは目を細める。
生前の後輩エンジニア、九十九。
彼は当時から「誰が見ても美しい、完璧なオブジェクト指向」の設計に異常なほどの執着を持っていた。この街の不気味なほどの整然さは、彼の狂気の表れだ。
『カイト君! 前方から高エネルギー反応多数! 迎撃部隊が来るよ!』
ブリッジのオペレーター席から、リナの切羽詰まった声が飛ぶ。
雲を割って現れたのは、帝都の無人魔導機兵器群。
だが、『テュポーン』の別働隊のような雑多な烏合の衆ではない。
寸分違わぬ純白の装甲に身を包んだ、洗練された騎士型の機体が数千。それが、まるで一つの巨大な生き物のように、一糸乱れぬ陣形を組んで迫ってくる。
『帝都の防空網を破るとは。だが、我が帝国の美しき秩序を汚すことは許さん』
通信機から響く、冷徹な機械音声。
「……スミレ、セレナ! ガスト! 迎撃だ!」
『了解!』
カイトの号令と共に、ブレイヴ・アークの周囲を展開していた三機が動く。
スミレの『ブラッディ・ネイル』が青き光の刃を振るい、先頭の無人機十数機を一撃で両断した。
「ふん、動きが単調ね! これなら——」
スミレが鼻で笑った直後。
後続の無人機たちが、一斉に陣形を変化させた。
それだけでなく、彼らの機体の表面に『青き光の刃に対する耐性魔力』が即座にコーティングされたのだ。
「なっ……嘘でしょ!? たった一撃で、私の攻撃パターンを学習したっていうの!?」
「スミレ、下がって! 『ルミナス・ストライク』!!」
セレナの『ホワイト・ヴィクトリー』が白銀の魔力砲を放つ。何機かを撃ち落とすものの、またしても残存部隊は一瞬で「魔法耐性」を獲得し、反撃の包囲網を狭めてくる。
「……学習じゃない。あれは『継承』だ」
カイトがコンソールを叩きながら、忌々しげに呟いた。
「継承……?」
「ああ。九十九の奴、部隊全体を一つの『親クラス』で管理しているんだ。一機が受けたダメージや攻撃データは、即座にクラウド経由で全機に共有され、耐性が『アップデート』される。……美しく、効率的なオブジェクト指向だ」
どんな攻撃も、二度目は通用しない。
完璧に洗練された帝都の防衛システム。その圧倒的な統率力の前に、セレナとスミレの動きが止められていく。
「カイト殿! ならば一撃で全機を消し飛ばせばよいのだろう! この重装甲なら、敵の射線など——」
ジェイ・ガスト・リベレイターが前に出ようとするが、カイトはそれを制止した。
「いや、ガストは待機だ。……美しいコードには、美しいなりの『致命的な弱点』がある」
カイトは口角を吊り上げる。
泥臭い現場で、幾度となく「綺麗なだけの仕様書」の欠陥の尻拭いをしてきた、ベテラン社畜エンジニアの顔だった。
「親クラスからルールを継承して動くってことはな。……『想定外のエラー(例外)』を一つでもぶち込めば、システム全体がフリーズするってことだ!!」
カイトはトリニティ・アヴァロンの推進器を全開にし、敵の密集陣形のど真ん中へ単機で突っ込んだ。
そして、敵がまだ学習していない「意味不明な魔力の乱数(Nullデータ)」をブレードに纏わせ、敵の親機と思われる一体の装甲に叩き込んだ!
【システムログ:未定義を受信】
【例外処理が発生。全子機への共有を試みます……エラー】
ピタッ、と。
数千機の無人機が、まるで時が止まったかのように空中で完全に硬直した。
完璧な連携が、たった一つの「想定外のバグ」の処理に追いつけず、システム全体がパンクしたのだ。
「……綺麗なコードのお勉強ばかりしてるから、現場の泥臭いバグ技に足元を掬われるんだよ、九十九」
カイトが冷たく吐き捨てたその瞬間。
「——いけぇぇぇっ! ガスト様ァ!!」
ブレイヴ・アークのブリッジから、ナギの嬉々とした絶叫が響く。
『我が魂の閃光、悪を貫く! ——ジャッジメント・バスター!!』
ジェイ・ガスト・リベレイターの黄金の巨砲から放たれた極太の光条が、フリーズして動けない無人機の大群を、文字通り「一掃」した。
——帝都中心部、最深部の管制室。
モニター越しに部隊の全滅を眺めていた男——帝国最強の天才設計士・九十九は、怒るどころか、頬を紅潮させて歓喜の笑みを漏らしていた。
「……あぁ、素晴らしい! 僕の完璧なクラス設計を、あんな泥臭い例外処理で強制終了させるなんて! やはり佐藤先輩は最高だ……っ!」
九十九は、自身の体——第68話でカイトにデリートされたはずの、その両手を見つめながら恍惚と呟いた。
「一度は一ビット残らず消去されましたが……管理者(あの方たち)にクラウドのバックアップから復元してもらって、本当に良かった」
彼はくるりと振り返り、背後に鎮座する四本腕の最新鋭機『天叢雲』を見上げる。
「だけど、小手先のハッキングが通用するのはここまでだ、先輩。一度消去されたことで、僕のシステムは『先輩を管理するため』の最適解へとアップデートされた。……僕の『最高傑作』が、貴方のその古臭い論理を完全に駆逐してあげるさ」
狂気を孕んだ九十九の瞳が、暗い管制室の中で妖しく光り輝いた──。




