第73話:ルート権限奪取:世界を再定義せよ
……カイト……手が、見えないの……」
隣で震えるセレナの指先は、すでに半透明のノイズと化していた。
王都を埋め尽くす民衆の歓声も、今は遠い雑音にしか聞こえない。
管理者が消えたこの世界にとって、彼女はもはや「保持すべき理由のないデータ」でしかないのだ。
「——黙ってろ、セレナ。……勝手に消えることは、俺の仕様が許さない」
カイトの指が、アヴァロンのコンソールを叩き折るような勢いで舞う。
彼の脳内では、この世界のソースコードが激流のように流れていた。
管理者が遺した、あまりにも杜撰で、独善的なシステムの残骸。
「——スミレ! リナ! アヴァロンの周囲を封鎖しろ! 誰一人、この機体に近づかせるな!」
「……っ、了解よ! ……おい、白銀のデカブツ! 突っ立ってないで手伝いなさい!」
スミレの量産機が、剣を引き抜きアヴァロンの前に立ちはだかる。
状況が飲み込めず困惑する王都の近衛騎士たちを、その威圧感だけで押し留めた。
「——む、むう!? 何やら不穏な気配だが、カイト殿の命ならば! 私の装甲、盾として使われよ!」
最適化されたばかりのジェイ・ガストが、アヴァロンを包み込むように跪き、巨大な盾を構える。
伝説の勇者ロボが、一介のエンジニアを守るためにその膝を折った。
その異常事態に、王都の広場は騒然となる。
だが、カイトの戦場は「外」ではない。
アヴァロンのモニターに映し出された、無機質な世界の「核」だった。
【システム警告】
未承認のデータを確認。整合性維持のため、対象を強制排除します。
進捗:70%……80%……
「——承認なんて、俺が今ここで発行してやる……!」
カイトは、アヴァロンの演算リソースをすべて「世界のルートディレクトリ」へのハッキングに回した。
前世の38年間で培った、泥臭いバグ取りとセキュリティ突破のテクニック。
それが、異世界の「神の理」をじりじりと侵食していく。
「——アヴァロン、第1から第12までの論理ゲートを全開放。……ジェイ・ガストのコアを外部プロキシ(踏み台)として接続。……世界中の地脈を、俺の並列処理に同期させろ!!」
──ドクンッ!!
アヴァロンの全身から、物理的な衝撃波が放たれた。
それは、リナが慌てて回し続けていた配信カメラを通じて、全世界の「魔導スクリーン」を蒼く染め上げる。
『な、なんだ!? 画面がバグった!?』
『カイト様、何してるんだ……? あの蒼い光、世界の空を塗り替えてるぞ!?』
『待て、コメント欄が……! 文字じゃない、プログラムのコードが流れてる!?』
全世界の視聴者が目撃したのは、空を埋め尽くす「蒼い数式の雨」だった。
カイトが打ち込む修正パッチ(救済のコード)が、世界の空に、大地に、直接書き込まれていく。
「——見つけた。……セレナの『存在定義』……ここか……!」
カイトの視界に、真っ赤なエラーを吐き続ける一行のコードが浮かぶ。
Object: SERENA = NULL(対象データ:セレナ = 存在消失)
それを、カイトは力強く書き換えた。
Object: SERENA = TRUE(対象データ:セレナ = 存在確定)
// Protected by KAITO(※カイトの権限により永久保護)
「——上書き(オーバーライト)……完了!!」
カイトがエンターキーを、魂を込めて振り下ろす。
──パリンッ!!
世界が、ガラスが割れるような音を立てた。
ノイズに消えかかっていたセレナの体が、一気に実体を取り戻し、温かな肌の色が戻っていく。
「……っ……カイト……!」
セレナが崩れ落ちるようにカイトの胸に飛び込んだ。
その瞬間、全世界のモニターに、真っ白な背景にたった一言、カイトの宣言が映し出された。
【ログイン完了】
新管理者:カイト
「これより、この世界のバグは、俺がすべて管理する」
一瞬の静寂の後。
王都に、そして全世界に、これまでとは比較にならないほどの「魔力投げ銭」と称賛の嵐が吹き荒れた。
「……ふぅ。……やれやれ、……とんでもない『納期』だったな」
カイトは、胸の中で震えるセレナを抱きしめたまま、安堵の息を吐く。
だが、彼は気づいていなかった。
自分が「管理者権限」を手にしたことで、この世界のどこかに眠っていた「真の最終仕様」の封印まで解いてしまったことに──。
「……カイトくん、凄い! 全世界の人が、カイトくんを『神』って呼んでるよ!」
リナの興奮した声が響く中、カイトのモニターには、新たな不穏なログが流れ始めていた。
「カイトさんが世界の権限を握るシーン、鳥肌が立った!」「セレナさんを抱きしめながらハックするのかっこいい!」と思っていただけましたら、評価、感想、ブックマークなどで応援いただけると嬉しいです!




