第70話:実装完了:双方向コメントと密着バグ
──アヴァロン、コクピット内。
「……くっ、……計算外だ。座標定義の干渉がこれほど強いとは……!」
カイトは、コンソールを叩く指を止めずに呻いた。
高密度魔力が引き起こした「引力バグ」。狭い操縦席の中で、カイトは二人のヒロインに文字通り「サンドイッチ」にされていた。
「……あら、カイト……。これ、本当に『バグ』なのかしら? あなたがわざと仕組んだ『仕様』なんじゃないの……?」
右側に押し付けられたセレナが、至近距離でカイトの耳元に囁く。
ふわりと香る彼女の香水と、柔らかな感触。セレナは困ったような顔をしつつも、その瞳には楽しげな色が浮かんでいた。
「……っ、……な、なによこれ! 離しなさい、この変態エンジニア! 私の体が、勝手にあなたに……っ!」
左側に密着したスミレは、顔を茹で上がったように真っ赤にして叫んでいた。
だが、逃げようとすればするほど、引力は強まり、彼女のしなやかな肢体がカイトの左腕に深く食い込む。
「——落ち着け、二人とも! 今、パッチを当てている! 離れたいのは俺の方だ……と言いたいところだが、23歳の体は正直なもんでな……」
カイトは38歳の理性を総動員して、荒くなる呼吸を抑え込んだ。
右側には包容力溢れるセレナ、左側には引き締まったスミレの曲線。
戦場よりも遥かに「命がけ」のデバッグ作業。
「……カイトの心臓、さっきから凄い速さだわ。……ふふ、格好つけても可愛いところあるじゃない」
「……だ、黙れセレナ! ……カイト、……いいから早くしなさい。……このままだと、私の心臓まで……壊れてしまうわ……」
カイトは汗を滲ませながら、最後のコードをエンターキーで「確定(実行)」した。
「——システム、デプロイ(展開)!!」
──キィィィィィィィィィィィィン!!
アヴァロンの胸部から、蒼い衝撃波が平原全域、そしてリナの配信ネットワークを通じて全世界へと広がった。
次の瞬間。
アヴァロンのメインモニター、そして世界中の民衆が見つめる「魔導投影」の画面上に、無数の「文字」が滝のように流れ始めた。
『うおおおおお! 文字が出た!』
『これ、俺の言ったことがリナ様に届いてるのか!?』
『カイト様神! 王国の救世主!』
『リナ様可愛すぎ! マジ天使!』
『っていうか、コクピットの三人が密着しすぎてて草w』
『カイト様爆発しろwww』
「……繋がった。……これが、『双方向コメント機能』だ」
カイトが呟くと同時に、引力バグがふっと消失した。
解放されたスミレが、弾かれたように席から立ち上がる。
「……はぁ、はぁ、……なによ、今の……。……あんなの、聞いてないわよ……っ!」
スミレは乱れた服を必死に整えながら、涙目でカイトを睨みつけた。だが、その瞳には怒りよりも、……消えない熱量が残っていた。
「あら、私はもう少しあのままでも良かったけれど?」
セレナは余裕の笑みを浮かべて髪を整える。だが、彼女の耳の裏も、わずかに赤く染まっていた。
「……カイトくん! 見てください、凄いことになってます!」
リナが興奮してモニターを指差す。
そこには、王国の住民だけでなく、遠く離れた帝国の民、さらには伝説の賢者や他国の王族と思われるIDからのコメントも流れていた。
『【重要】これを作ったエンジニアを特定しろ。我が国に招待したい』
『魔導技術の革命だ……歴史が今日、変わったぞ』
「……ふぅ。……ひとまず、リリースは成功だな」
カイトは、画面を埋め尽くす称賛の嵐を見つめながら、静かに笑った。
38歳のベテランエンジニアが、異世界という「未開の戦場」で、情報の民主化という最大の功績を打ち立てた瞬間だった。
「——さて。……案件はこれで終了だ。……みんな、打ち上げといこうか」
カイトの言葉に、ヒロインたちがそれぞれの表情で微笑み返す。
だが、この時。
コメント欄の端で、一際輝く「黄金のコメント(赤スパ)」が流れたことに、まだ誰も気づいていなかった。
『——面白い。……次なる舞台(帝都)で、君の『仕様』を試させてもらうよ、カイトくん』
新たな波乱の予感を孕みつつ、王国の長い一日は最高の歓喜と共に幕を閉じた──。




