第69話:勝利のビルドログ:双方向魔法プロトコルの着想
──ラース王国、北境平原。
九十九が消滅し、戦場を覆っていた重苦しい魔圧が霧散していく。
カイトはアヴァロンのコクピットで、流れる膨大なログを淡々と処理していた。
「……皆さん、リナです! 見てください、この青空! 九十九くんを退けて、平原に平和が戻りました!
王国軍の皆さんは、もうお祭り騒ぎです! エルナさんも泣いて喜んでます!
……でも、カイトくんはもうアヴァロンの中で次の『開発』を始めてるみたい。……ねえ、休まなくていいんですか!?
……あ、セレナさんとスミレさんも合流! 二人の視線、なんだか凄く……独占欲が漏れてませんか……!?』
38歳の精神年齢を持つ彼にとって、勝利の余韻に浸るよりも先にすべきは「事後処理」だ。
「……ふぅ。ひとまず、今回のプロジェクト(戦い)は完了だな。アヴァロン、全モジュールの診断プログラムを実行してくれ」
『了解イエス、マスター。……大きな損傷はありませんが、論理回路に軽微な『疲れ』を検知。……あなた自身の休息を推奨します』
相棒の無機質な声に、カイトは苦笑する。23歳の肉体はまだ動けるが、精神的には徹夜明けのデバッグ作業を終えたような疲労感があった。
「あら、お疲れ様。……アヴァロンのフレーム負荷、私の演算でも無視できないレベルだわ。……すぐにドックの準備を整えるから、安心して私に任せてちょうだい?」
コクピットのハッチが開き、セレナが滑り込んできた。
狭いコクピット内に、彼女特有の甘い花の香りが広がる。セレナは隣に座ると、カイトの肩にそっと手を置いた。
「——ああ、セレナ。助かるよ。君の解析データがなければ、あの九十九のハッキングを押し返せなかった。最高のサポートだった。ありがとう」
「……ふふ、嬉しいわ。……あなたの隣にいるのが『私』で良かった。……でも、あまり根を詰めないでね? あなたが壊れたら、誰がこの世界を『修理』するの?」
セレナは少しだけ顔を寄せ、大人の余裕を含んだ微笑みでカイトを見つめた。その瞳には、一人の男への深い信頼と愛情が、隠しようもなく溢れている。
「ふふっ……。相変わらず、癪に障るほど合理的な戦い方ね、カイト」
後ろから声をかけたのは、赤いスーツを凛と着こなしたスミレだ。
彼女は腕を組み、不敵な笑みを浮かべてカイトを見据えている。
かつての「紅の閃光」としてのプライドは、今やカイトという「ロジック」を守るための盾へと変わっていた。
「……私のスピードを、ただの計算の分担でねじ伏せるなんて。
……やっぱり、私が選んだ男だわ。……でも、勘違いしないで? あなたのその『ロジック』ごと、いつか私の愛でハッキングしてあげるんだから。
……覚悟しておきなさい?」
高飛車な口調とは裏腹に、スミレの視線はアヴァロンの損傷箇所を心配そうになぞっている。
「——二人とも、ありがとう。……これからも、俺の背中を任せてもいいか?」
「……っ! ……ふん、当然よ。私はあなたの『剣』、そして……あなたの女なんだから。誰にも譲るつもりはないわ」
スミレは顔を真っ赤にしながらも、はっきりと宣言した。セレナがそれを受けて「あら、ライバルは多いわよ?」と楽しげに笑う。
「——さて。……二人とも、少し手伝ってくれ。……リナの配信を通じて世界中から集まったこの『魔力の残滓』を、今から再定義する」
カイトがモニターを切り替えると、そこにはオーロラのような光の粒子が渦巻いていた。
「……えっ、それって……何をするんですか、カイトくん!?」
アヴァロンの肩で聞いていたリナが、身を乗り出して叫ぶ。
「——情報の民主化だ。……これまでは、リナが一方的に発信するだけだった。
だが、この残滓をプロトコル(通信規格)として組み込めば、……民衆の『声』が、リアルタイムでここに見えるようになる」
「……世界の声が、……目に見える?」
セレナが驚きに目を見開く。
「——ああ。……明日には、君の目の前に『世界中の応援』を届けてやる。……さあ、最終ビルドを開始するぞ。……ん? ……なんだ、この座標エラーは……?」
新機能実装のため、高密度な魔力を一点に集中させたその瞬間。
狭いコクピット内で、重力の法則が狂い始めた。
「……カイト? なんだか、体が……吸い寄せられるんだけど……!?」
「……なっ、なによこれ! 磁力……!? ちょ、ちょっと、カイト、近すぎるわよ!」
魔力干渉による物理的な「 引力バグ」。
逃げ場のない空間で、カイトの胸元に、セレナとスミレが同時に押し付けられる。
「……っ、おい! ……二人とも、……これは仕様なんだ、落ち着け……!」
右肩にはセレナの柔らかな感触。左腕にはスミレの引き締まった体温。
そして二人のヒロインから漂う、混ざり合った甘い香りに、カイトの理性がかつてない危機を告げる。
戦いよりも過酷で、……そして最高に甘い「幸せなデバッグ」が、今まさに始まった──。




