第67話:根源接続(ルートアクセス):神の仕様書をハックせよ
ラース王国、北境平原。
黄金の装甲を剥がされた九十九の機体『天叢雲』が、どろりとした闇のような魔力を放っていた。その力に呼応するように、空には見たこともない「数式」が浮かび、地面が勝手に浮き上がり始める。
「……皆さん、とんでもないことが起きています。リナです!」
アヴァロンのコクピットに固定された外部モニターから、リナの驚愕した声が響く。
「黄金の合体ロボを倒したと思ったら、九十九くんの機体が黒いオーラに包まれて……。見てください、物理法則が壊れちゃってませんか!?』
リナの悲鳴を裏付けるように、俺のアヴァロンの周囲の重力が「ゼロ」になった。
それだけではない。空は紫に変色し、風は止まり、機体表面がノイズのようにパチパチと削れ始める。
「……ハハッ、……あはははは! さすがだよ先輩。でもね、エンジニアなら知ってるだろ? どんなに優れた機体も、『OS(世界のルール)』そのものを書き換えられたら、ただの鉄クズだってことをさ!」
メインモニターに映る九十九が狂気じみた笑みを浮かべる。
「……カイト! アイツ、ロゴス・イーターを使って、このエリアの『定義(仕様)』を書き換えているわ! 今のこの場所では、アヴァロンは『エラー(存在してはいけないもの)』として処理されている!」
セレナの悲鳴に近い報告。モニターには、アヴァロンの存在確率が刻一刻と減少していく警告が赤く点滅していた。
「……なるほどな。力で壊すんじゃなく、存在そのものを『未定義(NULL)』にしようってわけか」
俺は、機体が消滅しかけている絶望的な状況でも、驚くほど冷静だった。38歳のベテランエンジニアにとって、これは最悪な「仕様変更」に過ぎない。
「……セレナ、怖いかもしれないが……俺を信じて、演算リソースを全て『地脈』の深層スキャンに回してくれるか?」
「……ええ。あなたがそう言うなら、どこまでも付き合うわ」
セレナが深く頷き、キーボードを叩く。俺は次に、必死に機体を支えているスミレに通信を繋いだ。
「スミレ、悪いが少しの間だけ、敵の注意を引きつけておいてほしい。君の超絶機動なら、数分は保つはずだ。頼めるか?」
『……任せて。あなたの背中は、地獄に落ちても私が守るわ』
スミレの量産機が、歪んだ重力の中を強引に突き進み、九十九に牽制の刃を叩き込む。
「無駄だよ! このエリアの管理者は僕だ! 消えろ、先輩! あんたの作ったアヴァロンごと、この世界から消去してあげるよ!!」
九十九の叫びと共に、アヴァロンの左腕が光の粒子となって消えかかる。だが、その瞬間──俺は不敵に笑った。
「——九十九。お前、さっきから『管理者』気取りだが……他人のサーバー(異世界)に勝手に入り込んでルールを書き換える……そんなの、ただの『ゲストユーザーの不正アクセス』だろ?」
「……何だと……!?」
「——本物の管理権限ってのは、こういうのを言うんだよ」
アヴァロンの足元から、眩いばかりの「蒼い回路」が平原全体に広がった。俺はセレナが見つけたこの世界の「地脈」に直接接続し、九十九の書き換えを強制的に上書き(オーバーライド)し始めたのだ。
「——システム警告。不正なユーザーによる仕様変更を検知。これより、『システム復元』を開始する」
俺がEnterキーを叩く。
次の瞬間、紫色の空が本来の青へと戻り、浮き上がっていた大地が元の場所に固定された。消えかかっていたアヴァロンの腕も、瞬時に実体を取り戻す。
「……なっ!? 僕のロゴス・イーターが……弾かれた!? バカな、僕の書き換え速度を、旧人類のあんたが超えるなんて……!」
「——九十九。お前は『複雑なルール』を詰め込みすぎたんだ。俺がやったのは単純だ。この場所のルールに『書き込み禁止(読み取り専用)』の設定をかけただけさ」
俺の指先が、蒼い光を放つ。
「——さて。不法侵入のツケは、高くつくぞ? スミレ、セレナ。……仕上げのデバッグ、手伝ってくれるか?」
『ええ!』
「もちろんよ、カイト!」
二人のヒロインの声が重なり、アヴァロンの胸部にあるメイン砲が、九十九を逃さないための「論理固定」を開始した。エンジニアの頂上決戦。本当の「終わり」が、九十九の目の前に突きつけられようとしていた。




