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第63話:戦場のデバッグ:1対100の論理演算

ラース王国、北境平原。

地平線を埋め尽くす帝国の重装機甲軍団が、地響きと共に進軍してくる。


その数、千、いや二千台か。対する俺たち王国の機体は、たったの三十台。普通なら絶望的な戦力差だ。


「……皆さん、お疲れ様です。リナです!」


俺が操縦するアヴァロンの肩の上から、リナが興奮気味に実況(ライブ中継)を続けている。


「目の前には帝国軍の真っ黒な魔法機甲が数え切れないほどいます! でも……カイトくんは、あくびをしてます。……あ、スミレさんが出撃しました! 速い、速すぎますっ!!」


リナの実況通り、俺が改修した王国の旧式機たちは、その姿を大きく変えていた。

無駄な装甲は削ぎ落とされ、背中には魔導パルスを噴射する「スラスター」が輝いている。

まるで、鈍重な騎士が最新のスポーツカーに乗り換えたような豹変ぶりだ。


「……各機、接続コネクト確認。……同期率、98.9%。……誤差エラーの範囲内だな」


 アヴァロンのコクピットで、カイトは淡々とコンソールを叩いていた。

 38歳のベテランエンジニアとしての魂が、23歳の若々しい指先を正確に動かす。


「——スミレ。お前が『管理者アドミン』だ。全機の演算リソースを、お前の反射神経に全振り(全割り当て)した。……好きなように暴れてこい」


『了解。……カイトの組んだロジック、……一ビットも無駄にしないわ』


 先頭を駆けるスミレの機体が、シュンッ、と音を置き去りにして加速した。

 帝国軍の先遣隊が、嘲笑あざわらうように魔法弾を一斉に放つ。


 空を埋め尽くす光の雨。

 だが、王国の量産機たちは、まるで見えない指揮者に操られるダンサーのように、最小限の動きですべてを回避した。


「なっ……!? 避けた……だと!? あの旧式機共が、あんな回避機動を……!」


「——驚くのはまだ早い。……お前たちの動きは、一秒前に『予測デバッグ』済みだ」


 カイトが呟く。


 アヴァロンの超高性能センサーが捉えた敵の挙動を、カイトの作った『クラウド型超AI』が瞬時に解析。

 回避ルートを全味方機にリアルタイムで「強制上書き(プッシュ通知)」しているのだ。


 そして、スミレの駆る機体が敵陣のど真ん中に突っ込んだ。


「……消えなさい。ノイズ(邪魔者)は不要よ」


 スミレが放つ剣の一閃。

 それは一撃で三台の帝国機を真っ二つに引き裂いた。

 かつての『紅の閃光』としての勘と、カイトが提供する「完璧な予測データ」。

 

 それはもはや「戦闘」ではなかった。

 熟練のプログラマーが、バグだらけの古いコードを一掃していくような、圧倒的な「整理整頓デバッグ」だった。


「……凄い。……カイト様、本当に……。……我らが騎士団が、……神の軍勢のようです……!」


 隣でモニターを見ていたエルナが、感動で瞳を潤ませる。

 その視線に気づいたセレナが、少しだけカイトに寄り添いながら、意地悪く微笑んだ。


「当然よ、エルナ。……カイトの『仕様書』通りに動けば、……世界そのものが味方をする。

 でも、あまり彼を見つめすぎないで。

 ……彼の集中力リソースが、私以外に割かれるのは困るの」


「えっ、あ、はいっ! すみません……!」


 戦場のド真ん中で、カイトを巡る恋のデバッグが密かに進行する。


 わずか十五分。

 二千の帝国先遣隊は、一機も逃げることなく、平原に鉄クズとなって横たわった。

 王国側の被害は、ゼロ。


「……ふぅ。……まずは単体テスト(初陣)合格、ってところか」


 カイトが肩の力を抜いた、その時。


 ──ザーーーッ!!


 アヴァロンのメインモニターに、激しいノイズが走った。

 そして、あの不敵な声が響く。


『……ハハッ! さすがだなぁ、佐藤先輩!

 ……旧式機をネットワーク化して「仮想サーバー」にするなんて。……相変わらず、……泥臭い最適化が好きだよね』


 画面に映し出されたのは、真っ赤な空を背景に立つ、四本腕の魔神──『天叢雲』。

 その肩に乗った九十九が、狂気じみた笑顔でカイトを見つめていた。


『でも、……それじゃ「本物のバグ」は消せないよ。

 ……先輩。……今から、僕が作った“本当の絶望”を……そっちのネットワークに「強制解凍」してあげる……!』


 九十九が指を鳴らした瞬間。

 平原の影から、アヴァロンと瓜二つの姿をした**「漆黒の量産機」**が、地を埋め尽くすほどに這い出してきた。

「……っ!? ……アヴァロンの、……デッドコピーだと!?」

 カイトの顔から、余裕が消える。

 

 かつての後輩が用意した、最悪の「パクリ機体」軍団。

 エンジニアとしての誇りと、王国の命運を賭けた本当の戦いが、ここから始まる──。

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