第60話:配信ジャック:九十九からのコンパイル・エラー
──ラース王立魔法学院、屋上特設コンソール。
「……嘘だろ。パケットの回折率が計算と一致しない。……まさか、この星の『地脈』自体をサーバーとして自動認識してやがるのか……?」
カイトは、バックライトに照らされた顔を歪ませ、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。
彼の構築した「魔導パルス」はあまりに純度が高く、この世界のノイズだらけの魔法防壁を軽々と突き抜け、地脈を通じて世界全土に増幅・拡散されていた。
「……カイト、諦めなさい。……あなたの作る技術は、いつだって『想定外の高性能』なんだから。
……セキュリティ・ホールというより、世界そのものがあなたのロジックを拒めなかったのよ」
セレナが、諦め混じりの感嘆を漏らしながらカイトの肩を叩く。
「……笑い事じゃないぞ、セレナ。……これじゃ、王都どころか世界中に『手の内』を晒してるようなもんだ」
「……いいじゃない。……おかげで、リナはもう『伝説』よ。……見て」
スミレが指差したモニターの別ウィンドウには、遠隔監視ドローンが捉えた「他国の様子」が映し出されていた。
***
──ヴァルカス帝国、国境沿いの宿営地。
屈強な帝国の騎士たちが、武器を放り出して、たき火の前に浮かぶ巨大な魔導スクリーンを凝視していた。
そこに映るのは、リナが「美味しいお茶の淹れ方」を無邪気に解説している姿。
「……おお……。なんと清浄な魔力だ。……見ろ、傷ついた腕の魔力循環が良くなっていくぞ」
「……この御方は……『光り輝く聖女』か? ……隣国のラースには、こんな女神が降臨したというのか!」
騎士たちは、本来敵であるはずのラース王国から流れてくる配信に、文字通り「救い」を見出していた。
カイトがノイズを除去し、リナの魔力を最適化した結果、その配信波形自体に「精神安定」の効果が、バグのように付与されてしまっていたのだ。
***
──魔法学院、中庭。
そこでは、女子生徒たちがリナの配信に映り込んだ「カイト」と「リュウジ」の姿を見て、悲鳴を上げていた。
「キャーッ! 今のカイト様の横顔、見た!? ……あの、無愛想に端末を叩く指先……抱かれたいっ!」
「……リュウジ様も素敵! ……あの大人な余裕、絶対に世界一の騎士様だわ!」
世界中で「聖女リナ」が崇められ、同時に「謎のイケメン天才技師カイト」と「無双の騎士リュウジ」のファンクラブが同時多発的に爆誕していた。
「……カイト、殺気が凄いわ。
……世界中の女たちが、あなたを狙ってる。
やっぱり、今すぐ全員『排除』すべきよ」
スミレが、かつてネオ・ギアスの幹部だった頃の冷徹な瞳で、物騒なことを呟きながらナイフのメンテナンスを始める。
「……やめてくれ、スミレ。……俺の胃のキャパシティは、もう限界なんだ……」
その時。
カイトのコンソールが、突如として真っ赤な警告を吐き出した。
「——!? 外部からの強制割り込み(インタラプト)……だと!?」
『……ようやく繋がった。……やあ、“坂本”さん。……それとも、……“佐藤”先輩と呼んだ方がいいのかな?』
空に浮かぶリナの配信画面が、ノイズと共に「四本腕の機体」の紋章へと書き換わっていく。
そしてスピーカーからは、この世界の言葉ではない──流暢な日本語が、学院中に響き渡った。
「なっ、……何語!? ……カイトくん、この声、まさか……っ!」
リナが顔を強張らせる。カイトは端末を握りしめ、画面を凝視した。
そこに映し出されたのは、白衣を着た不敵な笑みを浮かべる青年──九十九だった。
「顔は随分と若返ったみたいだけど、……その不器用なほどに真っ直ぐなコードの書き方。……一目見て分かったよ。
……あんたなんだろ? 僕を置いてあっちの世界で死んじまった……佐藤海斗先輩」
「……九十九。……お前、……こっちに来ていたのか……!」
カイトの脳裏に、かつての社畜時代、自分の背中を追いかけていた生意気な後輩の姿がフラッシュバックする。
「……ハハッ! そうだよ!先輩のおかげでね。
……あんたの作った『完璧な仕様書』が、僕の脳に焼き付いて離れなかった。
……だから、僕はこの世界をあんたの理論で上書きしてあげたんだ」
九十九の瞳が、狂気的な熱を帯びて輝く。
「……先輩。……どっちの設計思想が正しいか、……白黒つけようよ。
……あんたの守るその『ボロっちい王国』ごと、僕の『天叢雲』でデバッグしてあげるからさ……!」
──プツッ。
通信が切れると同時、配信システムは完全に沈黙した。
静まり返る学院。
カイトは、震える手でコンソールをシャットダウンした。
「……カイト、大丈夫……?」
スミレが心配そうに肩に手を置く。カイトは深く溜息をつき、空を見上げた。
「……ああ。……最悪の『コンパイル・エラー』
だ。
……アイツ、……昔から納期を守らないくせに、
……攻撃のタイミングだけは正確なんだよ……」
かつての後輩との再会。
それは、この魔法世界の運命を左右する、エンジニア同士の全面戦争の幕開けだった。




