第58話:納期厳守のイースターエッグ:学院に潜むバグを消去せよ
ラース王立魔法学院、地下機甲工房。
アヴァロンの演算リソースを直結されたモニター群には、膨大な魔法記述が滝のように流れていた。
俺の指がキーボードを叩く音だけが、静かな空間に規則正しく響く。
「……皆さん、お疲れ様です。リナです」
背後では、リナが今日もめげずに圏外のスマホで『収録』を続けている。
「学園での決闘以来、カイトくんの周りには常に女子生徒の皆さんが……あ、今も窓の外にファンクラブの子たちがいますね。
でも、当のカイトくんは、帝国のロボットの残骸をバラして……なんだか、もの凄く怖い顔をして笑ってます」
リナの言う通り、俺は精悍な顔に……自分でもわかるほど狂気じみた笑みを浮かべていた。
「……ふふ、……はははっ! 面白い、面白いな、九十九……!」
その様子を後ろで見ていたセレナが、呆れたように、しかしどこか独占欲の混ざった手つきで俺の肩を揉む。
「……カイト。あまり根を詰めすぎると、脳の回路が焼き切れるわよ。少しは私との『ティータイム』も、スケジュールに組み込んだらどうかしら?」
「……悪い、セレナ。だが、これは見過ごせない。……こいつ(九十九)の書いたコードの末尾、実行ファイル(魔法陣)のバイナリの隙間に……日本語でメッセージが埋め込まれてた」
「……ニホンゴ? カイトたちの世界の言葉ね」
俺が指差したモニターの端を、リナも身を乗り出して覗き込む。
「……あ、画面に……『納期厳守』って出てるよ? これ、日本語……って言葉だよね?」
この世界の魔法文字とは明らかに異なる、角張った文字列。
──『納期厳守:3/22 09:00:Academy_Protocol_Start』。
「……今日の日付……。いや、この世界の暦に換算すると……今から30分後だ」
俺の瞳に、瞬時にベテランエンジニアとしての鋭い光が宿る。
「……九十九は、俺たちがここ(学院)に来ることを予見していたか、あるいは……学院のシステムそのものに『時限式のバグ』を仕込んでやがる」
「——大変です、カイト様! 訓練場の魔法機甲たちが、勝手に起動を始めました!」
工房の扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、顔を真っ青にしたエルナとテオだった。
「……テオ、状況をログで説明しろ。エルナ、他の生徒たちの避難誘導はどうなってる?」
「は、はい! 管理室の魔法陣が外部から干渉を受けています! 私の権限では干渉を拒否されて……っ!」
俺は舌打ちをし、アヴァロンのコンソールを叩いた。
「——リュウジさん、スミレ! 訓練場の暴走機を物理的に抑え込んでくれ! 破壊しなくていい、動力を一時的に『スタン』させるだけでいいぞ!」
「……了解だ。生徒達の尻拭い(デバッグ)も、警察の仕事だからな」
通信の向こうで、ジェイ・ガストの轟音が響く。
***
学院の中庭。
先日の決闘で俺に惚れ込んでいた女子生徒たちが、暴走する訓練用魔法機甲に囲まれ、悲鳴を上げていた。
「——きゃあああっ! 魔法が、……制御が効かないわ!」
その時、空から黒い影が舞い降りた。
「——そこまでだ。君たちの『システム』は、今から俺が管理する」
俺がアヴァロンのハッチから身を乗り出し、空間そのものを指先で操作するように手を振った。
「……セレナ、ナギ! 広域魔法干渉……展開! テオ、お前は俺の端末から『バックドア』を探せ。
俺がこのバグの根源を直接叩く!」
俺の体が、魔法の光を纏って宙に浮く。
その圧倒的な姿と、余裕を感じさせる指揮能力に、周囲の女子生徒たちは恐怖を忘れ、うっとりと見惚れてしまったらしい。
「……凄すぎるわ……。あんなにパニックになっていた魔法陣を、指一本で書き換えていくなんて……」
「サカモト様……っ! やっぱり、あのお方が真の勇者様よ……!」
一方、そんな彼女たちの熱視線に、セレナとリナの「ヤキモチ・センサー」が激しく反応した。
「……もう。カイト、あなた、これ以上『信者』を増やしてどうするつもり? 解析が終わったら、しっかりお説教が必要ね」
「……カイトくーん! 見惚れてないで、さっさと終わらせて! 女子たちの視線が、私の背中をチクチク刺して痛いんだから!」
俺の指が、最後の一撃をキーボードに叩きつけた。
「——見つけたぞ、九十九。オブジェクト指向の魔法陣の裏に隠した、たった一行の『無限ループ命令』……。
これがお前の『納期(期限)』か……。残念だが、俺の納期管理は、お前の想像より100倍厳しいぞ!」
──フォォォォォォォォンッ!!
学院全体を包んでいた不穏な魔力の渦が、俺の放った「修正パッチ(魔法弾)」によって一瞬で霧散した。
暴走していた魔法機甲たちは、まるで糸が切れた人形のように、その場に静かに着地した。
「……修復、完了だ」
俺がアヴァロンの機体の上に立ち、ネクタイを整えながら告げると、学院中から爆発的な歓声が上がった。
貴族も平民も関係ない。彼らは今、目の前の「23歳の青年」が、世界の法則そのものをデバッグして見せたのだと確信していた。
***
騒動の後。
俺は学院長からの感謝の言葉(と、大量の女子生徒からのラブレター)をナギに押し付け、再びガレージへと戻っていた。
「……さて。九十九、お前のメッセージは受け取った」
俺は、モニターに映る四本腕の機体の設計図を凝視する。
「……あいつ、わざと分かりやすいバグを学院に仕込んだな。俺の『腕試し』をするために。そして、このコードの奥にある……本当の目的……」
俺の瞳に、宿命のライバルを捉えたエンジニアの熱い光が宿る。
「……セレナ。次の『大型アップデート』の準備だ。
この世界の魔法システムそのものを……俺たちの仕様で書き換えてやる」
俺たちの戦いは、もはや王国の救済を超え、一人の日本人エンジニアとの「プライド」を賭けた究極のデバッグ・バトルへと突入しようとしていた。




