第57話:【騒然】羨望と嫉妬のデバッグ:戦いの後の「バグ」
ラース王立魔法学院、第一訓練場。
圧倒的な勝利を収めたアヴァロンとジェイ・ガストを待機モードに移行させると、静まり返っていた訓練場は一転して、爆発的な歓声とどよめきに包まれた。
「……皆さん、大変なことになりました。リナです」
俺の背後で、リナが圏外のスマホを構えながら小声で『収録』を続けている。
「決闘が終わった直後なんですけど……見てください、この人だかり! さっきまで『異世界の鉄クズ』なんてバカにしてた人たちが、今は手のひらクルックルです。
……あ、でも、男子生徒たちの視線が、なんだかセレナさんたちの方に集中してて……。カイトくんへの嫉妬のオーラが、物理的に見えそうですよ!」
リナの言う通り、男子生徒たちの視線は俺ではなく、俺の背後に控える女性陣に釘付けだった。
「……おい、見たかよ。あの黒い機体の動き……。魔法騎士団の隊長クラスでもあんな機動、不可能だぞ」
「……それより見ろよ、あの操縦士の周りにいる女の子たち……。何なんだ、あの異次元の美少女揃いは……!」
男子生徒たちのざわめきが波のように広がる。
「あの銀髪の令嬢、気高すぎて直視できねえ……。それにあの黒髪の子、魔法水晶を壊すほどの魔力だろ?
……赤髪の無口そうな子も、守ってあげたくなる可愛さだし……。
……工学専攻の眼鏡の子も、知的で最高じゃないか……」
「……何だよあの男。一人でハーレム作りに来たのかよ? ……神様、仕様ミスだろ、これ……!」
次々と投げかけられる、羨望とドロドロとした嫉妬の視線。
だが、当の俺はそんな視線には1ミリも興味を示さず、手元の端末でアヴァロンの駆動ログをチェックしていた。
「……カイト様ぁっ!!」
その時、観覧席から駆け寄ってきた女子生徒たちが、黄色い声を上げて俺を取り囲んだ。
「素晴らしい戦いでしたわ! ……その、……もしよろしければ、お名前を……っ!」
「サカモト様! ……私、工学専攻なんです! ……後で、……その、……『プライベート・レッスン』をお願いできませんか!?」
さらに、隣に立つリュウジにも、年上の包容力に当てられた女子生徒たちが群がっていく。
「リュウジ様……! あの重厚な戦い方、……痺れました……! 抱きしめられたら、骨が折れちゃいそう……っ!」
学園のエリート貴族を完膚なきまでに叩きのめした「強さ」、そして23歳の若さと38歳の落ち着きが同居する俺のミステリアスな魅力(?)に、女子生徒たちは一瞬で陥落していたらしい。
「——ちょっと、そこどいてくださる?」
冷え切った、しかし絶対的な威厳を持つ声が響いた。
群がっていた女子生徒たちが凍りついたように道をあける。
そこに立っていたのは、腕を組み、不機嫌さを隠そうともしないセレナだった。
「カイトは今、機体のデバッグで忙しいの。……悪いけれど、その『低レベルな誘惑』……プログラムの邪魔だから消えてくれないかしら?」
「……そ、そうだぞ! カイトくんは私の、……じゃなくて、王国の重要な勇者様なんだから! そんなに近くに寄らないでよねっ!」
リナも頬を膨らませて、女子生徒たちの間に割り込む。
さらに、背後ではカスミが抜身のナイフのような冷たい視線を女子生徒たちに送り、ナギは静かに「……カイトのスケジュール、来世紀まで埋まってますから」と嘘のログを端末に表示させていた。
「……あ、あの……カイト様は、私がお守りしますわ! ……皆さんは、……その、お引き取りくださいっ!」
エルナまでが、騎士の誇りを(私的な嫉妬で)燃やしながら剣を抱えて立ちふさがる。
「……何だ? お前ら、急にどうしたんだ?」
俺は端末からようやく目を離し、不思議そうに首を傾げた。
38歳の魂を持つ俺は、若者たちの色恋沙汰には酷く疎い。
俺にとっての優先順位は、いつだって「仕様書の解読」と「納期」なのだ。
「……カイト。あなた、少しは自分の『出力(魅力)』を自覚しなさい。全く、セキュリティがガバガバなんだから……」
セレナが俺のネクタイを少し強めに整え直し、周囲の女子生徒たちに「私の所有物」であることを見せつけるように微笑んだ。
***
騒動を抜け出し、割り当てられたガレージへと戻る。
俺は、女子生徒たちからの差し入れの手紙(全てセレナが没収した)には目もくれず、真っ直ぐに帝国の四本腕の残骸へと歩み寄った。
「……さて。学院のバグ(貴族)の掃除は済んだな。ようやく『本業』ができる」
俺の中から先ほどまでの「鈍感な若者」の顔が消え、元38歳の社畜エンジニアの顔に戻る。
「……セレナ、ナギ。こいつの制御コア、アヴァロンの演算リソースを80%使って並列解析をかけるぞ」
「了解。……ふふ、ようやく面白い仕事ね」
俺は残骸の装甲を剥ぎ取り、剥き出しになった魔法回路に端子を接続した。
モニターに流れるのは、この世界のものとは思えないほど整然とした、オブジェクト指向に基づいた魔法記述。
「……やっぱりだ。このコードの癖、……『再利用性』を重視したライブラリ化のやり方……。これを作った九十九って奴、確実に俺と同じ世界のエンジニアだ。……それも、相当な手練れだぞ」
俺の指が加速する。
「……見つけた。ソースコードの末尾、コメントアウトに隠された『イースターエッグ(隠しメッセージ)』……。
……日本語(漢字)で……『納期厳守』かよ。……皮肉のつもりか、それともSOSか?」
魔法学院の平穏な日常の裏で。
ついに二人の「異世界の設計士」の思考が、コードを通じて交差した。




