第53話:開発者の矜持:魔法機甲をアップデートせよ!
ラース王城、地下臨時開発工房。
そこには、一機の魔法機甲が横たわっていた。
エルナ・ド・ラ・ヴァリエールの家宝であり、彼女の愛機。
だが、その装甲はあちこちが錆びつき、魔力回路の輝きも消えかかっている。
「……皆さん、お疲れ様です。リナです」
圏外のスマホを構えながら、リナが小さな声で『収録』を続けている。
「今日も元気に記録回してますよ。……見てくださいこれ。カイトくん、さっきから一歩も動かずに、騎士エルナさんのロボットを睨みつけてます。……あ、今、舌打ちしましたね。相当、中身がヒドイみたいです……」
リナの言う通り、俺の機嫌は最悪だった。
「……あ、あの、カイト様。やはり、無理でしょうか……?」
エルナが、祈るような、それでいて諦めたような瞳でカイトを見上げる。
「この機体は、私の祖父の代から受け継いだものですが……。
今はもう、立ち上がることすらままなりません。王宮の魔法技師たちからは『廃版(旧式)』だと……ゴミ同然だと笑われました」
カイトは、無言で機体の胸部ハッチをこじ開けた。
そこには、この世界の心臓部である「魔法核」と、それを繋ぐ魔法銀の配管が、まるで絡まったスパゲッティのように入り乱れていた。
カイトは、眉間に深い皺を寄せて吐き捨てる。
「……酷いな。これは『旧式』なんてもんじゃない。単なる『欠陥品』だ」
「……っ、やはり、そうですか……」
エルナがガックリと肩を落とす。だが、カイトの言葉は終わっていなかった。
「勘違いするな。機体が悪いんじゃない。……これを作った奴の『書き方』がクソなだけだ。
……テオ、これを見ろ」
カイトは、横でメモを取っていたテオを手招きした。
「この魔法記述の並び……。
無駄な条件分岐(If文)が多すぎて、命令が末端まで届くのにラグが発生してる。
……おまけに、排熱処理のコードが魔力循環と干渉して、常にシステムが『半落ち』状態だ。
……これじゃ、動くたびに機体にダメージが蓄積されるのは当たり前だぞ」
「……えっ、ええ!? つまり、……魔法の構成そのものが間違っていると……!?」
テオが驚愕に目を見開く。彼にとって魔法は「祈りと儀式」だったが、カイトにとってはただの「効率の悪いプログラム」に過ぎなかった。
「——よし。……セレナ、端末を貸せ」
「はいはい、これね。……カイト、あんまり熱中しすぎて納期を忘れないでちょうだいね? 私たちは明日からまた、王様に進捗報告をしなきゃいけないんだから」
セレナが呆れ顔で手渡したのは、アヴァロンの演算リソースに直結された多機能デバッグ・パッドだ。
「……全くだ。……誰に言ってるんだ。……俺は、納期に遅れたことは一度もない」
カイトの指が、端末の上で踊り始めた。
──カカカカカカカカッ!!
静かな工房に、乾いたタイピング音だけが響き渡る。
カイトの瞳は、端末から溢れ出す膨大な魔法文字の羅列を、凄まじい速度で走査していく。
「……無駄なコメントアウト、削除。……重複した魔法陣、関数化して共通化。
……このリソースの使い方は非効率だ、メモリアロケーションを再構成。
……よし、……仕上げに、アヴァロンの『超圧縮パッチ』を無理やり噛ませる……!」
「な、……カイト様!? 何を……一体何が起きているのですか!?」
エルナとテオは、ただただ圧倒されていた。
カイトが操作する端末から、黄金の光の奔流が魔法機甲へと流れ込んでいく。
錆びついていた魔法銀の配管が、まるで新しい血管のように脈動を始め、淀んでいた魔力の色が、透き通るような純白へと染まっていく。
「——リファクタリング(再構築)、完了。……一括反映……実行!!」
カイトが、最後に『Enter』キーを強く叩きつけた。
──フォォォォォォォンッ!!
その瞬間、工房がまばゆい光に包まれた。
重厚な金属音が響き、エルナの魔法機甲が、ゆっくりとその巨体を起こした。
以前のようなギチギチという軋み音は一切ない。
ただ、精密機械が呼吸を始めたような、静かで、しかし力強い駆動音だけが響いている。
「……信じられない。……魔力が、……一滴の漏れもなく、全身を巡っている。……これ、本当に私の機体なの……?」
エルナが震える手で機体に触れる。
先ほどまでゴミ同然だった機体は、今や王宮のどの最新鋭機よりも、鋭く、研ぎ澄まされた「魔導機」に近いオーラを放っていた。
「……とりあえず、応答速度を300%まで上げた。……慣れるまでは、機体の速さに脳が追いつかないかもしれないが、……まあ、お前なら乗りこなせるだろ、エルナ」
カイトは額の汗を拭い、満足げに微笑んだ。
「……あ、ありがとうございます……カイト様! 私、一生、あなたについていきます!!」
エルナが、顔を赤くして勢いよく頭を下げる。
その光景を、リナがドローンで撮影しながら「おー、これはバズりそう……配信できないけど!」と呟いていた。
一方、ヴァルカス帝国。
九十九は、手元の魔力計が示した「ラース王国の方角での一時的な魔力スパイク」を、不審げに眺めていた。
「……なんだ? この洗練された波形は。……まるで、……誰かが世界のソースコードを書き換えたような……」
九十九は、開発中の『天叢雲』の掌の上で、静かに独り言を漏らす。
「……フフ、……面白いな。……ラースにも、まだあがき続けている『ロジック』があるのか。……いいよ。……早く僕の前に現れてくれ。……君がどんな答えを出したのか、僕の設計で見極めてあげるから」
魔法と科学、そしてエンジニアの意地が交差する。
カイトの「デバッグ無双」は、まだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第53話、いよいよエルナの機体が「神アップデート」されました。
魔法を「クソコード」と断じるカイトのプロフェッショナルな姿、いかがでしたでしょうか。
リナの「生配信」はまだお預けですが、彼女とテオが協力して、この世界のインフラをハックする日も近そうです……!
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