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第52話:謁見と不信:仕様書の提示を要求する

「……皆さん、聞こえますか? ……いえ、聞こえるわけないですよね。電波は完全に『圏外』。SNSの通知も、みんなのコメントも届きません」


 異世界、ラース王国の王都ラース・ガルド。

 物々しい警備の騎士たちに囲まれ、王城へと続く石畳を進む中。俺の隣を歩くリナが、圏外表示のスマホをカメラ代わりに構えながら、小さな声で『収録』を続けている。

 ネットに繋がらない孤独と恐怖を紛らわせるための、彼女なりの防衛本能なのだろう。


「……正直、めちゃくちゃ怖いです。でも、記録だけは残しておきます。ここはラース王国。……見ての通り、全然歓迎されてる感じはしませんけど……」


 リナのカメラのレンズ越しに見える、沿道を埋める市民たちの瞳。そこにあるのは救世主への歓喜ではない。

 見たこともない漆黒の装甲、音もなく滑るように動くアヴァロンたちの「異質さ」に対する、根源的な恐怖だった。


「……ねえ、カイト。みんな、私たちを化け物を見るような目で見てるわよ」


 スミレがネイルのコックピットから通信を送る。その声には、少しの寂しさが混ざっていた。


「……気にするな。俺たちの『魔導機』は、この世界の基準からすれば、超AIのバージョンが数千世代も違うようなもんだ。……理解できないものに怯えるのは、仕様みたいなもんだよ」


 俺はそう答えつつ、道行くこの世界の魔法機甲マギア・ギアを冷徹な目で観察していた。

 街角で荷運びをしている旧式の機体。関節部からは蒼い蒸気が漏れ、駆動するたびに「ギギギ」と不快な金属音が響いている。


(……酷いな。エネルギー伝達率、20%もいってないだろ、これ。……排熱処理もガタガタだ。夏場はどうしてるんだ?)


 この世界のインフラの「非効率さ」は、見ていて生理的なストレスを感じるレベルだった。


 王城の謁見の間。


 重厚な扉が開くと、そこには疲弊し、玉座に深く腰掛けた国王ラース三世が待っていた。

 その両脇を固めるのは、若き女性騎士のエルナと、眼鏡をかけた気弱そうな神官の青年テオだった。


「……よくぞ、……よくぞ我が国の召喚に応じてくれた。異界の鋼の勇者達よ」


 国王の言葉には、救世主を迎えた喜びよりも、絶望の縁で掴んだ藁に縋るような悲壮感が漂っていた。


「単刀直入に言おう。我が国は今、滅亡の淵にある。……隣国ヴァルカス帝国が投入した『新しき魔法機甲』……。……あれ一機によって、我が国の誇る魔法騎士団は壊滅したのだ」


 国王の指示を受け、テオが震える手で魔法投影機を操作する。

 映し出されたのは、荒野を蹂躙する、四本の腕を持つ異形の魔法機甲。


「……この『天叢雲アマノムラクモ』を名乗る機体を設計したのは、帝国の若き天才。……彼が来てから、帝国の技術は異常な進化を遂げた……。……賢者よ、どうか、我が国を救ってくれぬか」


「……カイトさん。……あの機体、……なんだか、……アヴァロンに近い雰囲気を感じませんか?」

 リナの呟きに、カイトは無言で頷いた。

 

 四本腕の配置。スラスターのベクトル制御。

 この世界の「魔法」を動力源にしながらも、その骨格には明らかに地球の航空工学の美学が混ざっている。


(……やはり、あっちにも『同業者』がいるな。……しかも、相当な『ロマン派』だ)


 カイトは一歩前に踏み出した。周囲の重臣たちが「無礼者!」と叫ぶのを、国王が手で制止する。


「——陛下。事情は分かりました。ですが、……協力する前に、一つ条件があります」


「……褒美か? 金か、それとも領地か?」


「——いいえ。この国の現行魔法機甲、および帝国の機体に関する『詳細設計仕様書』をすべて開示してください。……それと、魔法記述スクリプトの根幹への無制限の回覧権。……話はそれからです」


 謁見の間が、凍りついたように静まり返った。

 救世主としての慈愛や正義感を期待していた彼らにとって、カイトの要求はあまりに実務的で、冷徹なものだった。


「……し、仕様書? ……何を言っているのだ? 魔法は神から授かった神秘……」


 反論しようとした大神官を、カイトは鋭い眼光で黙らせた。


「——神秘じゃ腹は膨れませんし、納期も守れません。……俺はエンジニアだ。……中身の分からない技術を運用するほど、無責任なことはできないんでね」


 カイトはそう言うと、背後のアヴァロンを見上げた。

 

「……やるからには、徹底的に『修正(デバッグ)』してやりますよ。……この国の、……いや、この世界のクソ仕様をな」


 ***


 謁見の後の、城の片隅。


 案内役として残されたエルナとテオは、用意されたガレージに運び込まれた「魔法機甲の残骸」を前に、いきなりスパナを取り出したカイトを呆然と見ていた。


「……あ、あの……カイト様? 本当に陛下を助けてくださるのですか……?」


 テオが恐る恐る尋ねる。カイトは振り返りもせず、テオに厚い書類の束を突き出した。


「——テオと言ったな。……お前、魔法スクリプトが書けるんだろ? ……だったら、まずはこの痕跡(ログ)を解析しろ。……それからエルナ。……お前の乗ってる機体、……後でバラしていいか?」


「……え!? ……は、はい!? ……バラすって……愛機をですか!?」


 エルナが顔を赤くして戸惑う。

 魔法が科学を凌駕した世界で、一人の「元38歳の社畜エンジニア」による、常識外れのアップデートが今、幕を開けた。

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