第51話:英雄たちの碑、消えない信号
黄金の空が消え、抜けるような蒼い空が戻った勇者警察の世界。
街角の巨大な街頭モニターには、かつてリナの配信チャンネルを一時的に管理していた『元・警察庁広報部』の男が映し出されていた。
「……あの日、黄金の光の中で配信が途絶えてから三日。私たちの世界は……大きく、本当に大きく変わりました」
モニターを見上げる人々の間に、静かなざわめきが広がる。
「配信はもう再開しないのか?」「カイトさんたちは、まだ警察に追われてるのか?」
そんな不安げな声に対し、一人の若者が空を見上げてポツリと呟いた。
「街の空を見てみろよ。……あいつらは死んでない。もっと広い場所を『デバッグ』しに行っただけだ。俺はそう信じてる」
その言葉を裏付けるように、世界の裏側では、管理者の呪縛から解き放たれた者たちによる巨大な「システム・クリーンアップ」が始まっていた。
管理者の「駒」として腐敗していた警察上層部は、地下に潜伏していた本来の正義を貫こうとしたレジスタンスたちによって、一夜にして拘束、解体されたのだ。
『——臨時ニュースをお伝えします。本日、新生勇者警察本部は、これまでの「整備士、坂本カイト」および「勇者警察隊、リュウジ・トモナガ」に関する指名手配を、公式に全面撤回しました』
街頭モニターに、新しい本部長の姿が映し出される。かつてカイトを「不純物」と呼んだ冷酷な顔ぶれはもういない。
『彼らは犯罪者などではない。この世界を裏から歪めていた上位存在のバグに唯一気づき、身を挺してそれを修正した、正真正銘の英雄です。……我々は、彼らを不当に追った自らの過ちを認め、ここに深く謝罪いたします』
かつてカイトを追っていたパトカーのサイレンは、今や彼らを称えるパレードの先導音へと変わっていた。
「不審な社畜整備士」というレッテルが、世界を救った「伝説のチーフ・エンジニア」へと書き換えられた瞬間だった。
***
かつてカイトたちが守り抜いた、坂本重機整備のガレージ跡地。
そこには今、多くの市民からの花束と、一基の真っ白な石碑が建てられていた。
碑文には、カイト、スミレ、ナギ、セレナ、リナ。そして、リュウジとガストの名が刻まれている。
「……結局、ボルト一個、配線の断片一つすら見つからなかったな」
捜索隊に加わっていた勇者ロボたちが、ガレージの跡を見つめて静かに佇んでいた。
『……マスター・カイト。貴殿が私の超AIを最適化してくれた時、私は初めて「自由」という概念を理解しました。……いつかまた、メンテナンスをお願いできる日を、私は信じています』
一機の勇者ロボが、空に向かって一分の隙もない敬礼を送る。
ジェイ・ガストと共に戦った仲間たちは、彼らの「死」を信じていなかった。
あの大爆発の瞬間、機体の反応が消える直前に、確かに「未知のプロトコルによる正常な接続」を示す特殊なログを、彼らの電子回路は検知していたからだ。
「……カイトの奴なら、どこへ行っても『仕様がクソだ』って言いながら、スパナを振り回してんだろうよ」
かつての同僚たちが、空を見上げて笑う。
彼らの存在は、この世界から消えた。
だが、カイトが残した「不屈のデバッグ精神」は、この世界の全てのエンジニア、そして視聴者たちの心に、消えない信号として刻み込まれたのだ。
── 一方、その「信号」の向こう側。
魔法地球『マギア』、ラース王国。
「……カイトくん。……大変なことになっちゃったね」
リナが、電波の繋がらないスマートフォンをポケットにしまい、溜息をついた。
目の前では、先ほどまで槍を向けていた兵士たちが、アヴァロンの圧倒的な威圧感に気圧され、祈るようにひざまずいている。
だが、その瞳に「感謝」の色は薄い。
「……ああ。……歓迎されてねえな」
カイトは、アヴァロンの外部センサーが捉えた、遥か遠方の「帝国の魔力反応」を凝視した。
そこには、今の斥候部隊など比較にならないほどの、巨大で、かつ「見覚えのある合理的な設計思想」が混ざったエネルギーの渦があった。
(……気のせいか? ……あの出力の安定させ方、……どこかの企業の設計士が書いたコードみたいだぞ)
カイトはまだ、その主が「同郷の人間」である九十九だとは気づいていない。
だが、エンジニアとしての本能が、未知のライバルの存在に、かすかな興奮を覚えていた。
「——スミレ、ナギ、セレナ。……まずは、この国の偉いさんに『正しい仕様』ってやつを聞きに行くか」
カイトはハッチを閉め、コンソールに新しいコマンドを打ち込んだ。




