第50話:異世界転移完了。〜召喚された「最凶の整備士」による、魔法世界(レガシーシステム)の圧倒的デバッグ無双〜
──AM 04:45。
前世のあの日、俺が最後にモニターの時計を見た時刻。
意識が重い闇から浮上する。
鼻を突くのは、いつもの焦げた電子回路の臭いではなく、古い教会の香木と、雨上がりの湿った土の匂いだった。
「……カイト! 起きなさい、カイト!!」
スミレの叫び声で、俺はアヴァロンのシートから身を乗り出すように目を開けた。
メインモニターは激しいノイズに覆われ、あちこちに【ネットワークエラー】【接続エラー】の警告灯が血のように赤く点滅している。
ハッチを物理的にこじ開けて外を見た瞬間、俺は思考がフリーズするのを感じた。
「……ここは……どこだ……?」
俺たちは、巨大な大聖堂のような建物の中心にいた。
天井は遥か高く、ステンドグラスから差し込む光が、床一面に描かれた複雑な幾何学模様を照らしている。
それは魔法陣──いや、エンジニアの目で見れば、明らかに論理構造を持った『召喚プログラム』の物理層だった。
周囲には、ボロボロの法衣を纏った数十人の神官たちが倒れ込んでいた。彼らは荒い息をつきながら、俺たちの機体を仰ぎ見て──そして、絶望に顔を歪めた。
「……あ、ああ……なんということだ……」
一人の老いた神官が、震える手で顔を覆った。
「我らが最後の魔力を振り絞って祈ったのは、黄金の光を纏い、民を導く『鋼の賢者』……。
……だが、現れたのは、……音もなく、熱も持たぬ、……死を象徴するような漆黒の怪物ではないか……!」
「……召喚、失敗だ……。我らは、……救世主ではなく、……深淵から『禁忌の悪魔』を呼び出してしまったのだ……!」
神官たちの間に、歓迎の言葉ではなく、すすり泣きと恐怖の呟きが広がる。
***
俺たちは、崩壊する世界から「転送」を実行した。
どうやら、俺たちの放った転送エネルギーのパケットを、この世界の住人たちが「強制的な割り込み(インターセプト)」で、自分たちの召喚陣に引き寄せたらしい。
だが、彼らが求めていた「救世主のイメージ」と、機能美の極致であるアヴァロンたちの姿は、あまりにかけ離れていた。
「……カイト、……なんだか、すごく嫌な視線を感じるんだけど」
スミレが通信越しに不安げに言う。
アヴァロン、ネイル、支援機、そしてセレナのヴィクトリー。
その洗練された流線型のボディ、継ぎ目の一切見えない装甲、そして不気味なほど静かな待機音。
それは、この世界の住人にとっては「美しさ」ではなく、「理解不能な異界の恐怖」でしかなかった。
周囲を囲む兵士たちは、震える手で槍を構え、俺たちに刃を向けている。
「……何者だ、貴様ら! 動くな! その化け物から降りろ!」
兵士の怒号が響く。
その時、聖堂の巨大な扉を突き破って、荒々しい駆動音がなだれ込んできた。
──ドォォォォォォンッ!!
重厚な石の扉を粉砕して現れたのは、三台の巨大な鉄の塊だった。
剥き出しの真鍮パイプから蒼い蒸気が噴き出し、装甲には回路のような魔法文字がネオンのように発光している。
駆動音は心臓の鼓動のような魔導パルス。
それは、この世界の主力兵器──魔法機甲だった。
『──ハハハッ! 発見したぞ! ラース王国の生き残りめ、禁忌の召喚を強行したか!
……ん? なんだ、その奇妙な形の鉄クズは? 我ら帝国の最新鋭機に立ち向かうつもりか!』
ヴァルカス帝国と刻印されたその魔法機甲が、巨大な鉄槌を振り上げる。
圧倒的な質量と暴力的な魔力の前に、神官たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、兵士たちは絶望に立ち尽くす。
「……カイト。……やらせて。……この世界の『仕様書』、あまりに美しくないわ。……見てるだけで、頭の回路がショートしそうよ」
通信ウィンドウに映るセレナの瞳に、一瞬だけ鋭い「エリートエンジニア」の光が宿った。
「──失礼ね。……そんな魔力漏れ(メモリリーク)を起こしている無駄だらけのバイパス配管で、私たちを傷つけられると思っているのかしら?」
シュンッ!!
目にも止まらぬ速さで、ホワイト・ヴィクトリーが加速した。
凄まじい轟音と蒸気を吐き出し、鈍重に槌を振り下ろそうとしていた帝国の魔法機甲に対し、ヴィクトリーは「音もなく」その懐へ滑り込む。
「……なっ!? 魔法陣の展開もなしに、その機動だと!?
反応炉の魔力光が、見えん……ッ!?」
帝国の操縦士がパニックに陥り叫ぶ間もなかった。
ヴィクトリーの白銀の剣が、魔法機甲の関節部──最も魔力伝達が滞っている「ボトルネック(脆弱性)」を正確に斬り裂いた。
ズドォォォォォン!!
たった一撃。
帝国の最新鋭機と呼ばれ、王国兵たちを絶望させていたはずの鋼鉄が、まるで濡れた紙細工のように無惨に地面にひれ伏した。
アヴァロン一行にとって、この世界の兵器は「止まって見える」ほどにレスポンスが遅く、隙だらけのレガシーシステムだった。
「……な、なんだあの白い機体は……! 帝国の重装甲を、まるで豆腐のように……!?」
「あくま、悪魔だ……! 異界の悪魔が、帝国機を食いちぎったぞ!!」
神官と帝国兵の驚愕の悲鳴が聖堂に響き渡る。
だが、当のカイトはアヴァロンの操縦桿を握り直し、モニターに映る敵の「非効率な構造」に深々とため息をついていた。
「……これ、……戦いっていうより、……ただの『デバッグ作業』だな」
一方、その戦場から遥か遠く。
ヴァルカス帝国の最先端研究室。
「……ほう……。……これは、……驚いたな……」
巨大なモニターに映し出されたホワイト・ヴィクトリーの戦闘記録を、一人の男が凝視していた。
男の名は、九十九。
彼は白衣を翻し、モニターに表示された「異物」の動きを指でなぞる。
帝国の技術を一身に背負う、若き天才設計士だ。
「……見ろ、あの足首の可動。……あの、装甲の継ぎ目すら計算された重心移動……。……何故だろうな、……初めて見るはずの機体なのに、……どうしようもなく、懐かしい感じがする……」
九十九は、モニターを指先でなぞりながら、陶酔したような溜息を漏らす。
彼が設計した四本腕の機体──『天叢雲』。
その設計思想のさらに奥にある「理想の形」が、今、目の前のモニターの中で躍動している。
「……ハハッ、……たまらないな。……この世界に、僕と同じ『美学』を理解する者がいるのか?
……あんな美しい機体を、……ラースのようなポンコツ国家に持たせておくなんて、……エンジニアに対する冒涜だよ」
九十九の背後で、天叢雲が蒼い光を放ちながら静かに鼓動していた。彼はまだ、その機体の主が自分と同じ「別の世界」の人間であることなど、夢にも思っていない。
***
──ラース王国。
帝国の斥候部隊をわずか数分で無力化した俺たちは、ひざまずく神官たちと、未だに震えながら槍を下ろせない兵士たちに囲まれていた。
彼らの瞳にあるのは、感謝ではなく、得体の知れない上位存在への「畏怖と恐怖」だ。
「……カイトさん。……電波、……やっぱり一本も立ちません」
「……当然だ。……サーバー(世界)が違うんだからな」
俺はハッチから降り立ち、新しい世界の、透き通るような青空を見上げた。
「——だが、やることは変わらねえよ。……バグがあれば直し、仕様がクソなら書き換える。……まずは、この世界の『脆弱性』から洗い出してやるか」
俺は腰の工具袋を叩き、地面に落ちた帝国の機体の残骸を、冷ややかに見つめた。
神官たちが怯えようが、歓迎されなかろうが、関係ない。
俺たちの新しい「異世界デスマーチ」は、今、始まったばかりなのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第5章が始まりました!
神官たちの「思っていたのと違う!」という絶望感と、それによって生じる不穏な空気……。そして九十九が覚える、言語化できない「懐かしさ」。
エンジニアとしての感性が共鳴しつつも、まだ互いの正体に気づかないという、最高にじれったくも熱い展開を意識しました。
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