第47話:デスマーチの残影:理を砕く特異点
トリニティ・アヴァロンのコックピットが、けたたましい警報の赤に染まる。
右翼を担っていたホワイト・ヴィクトリーが不気味な黄金の光に包まれ、強引に連結を解除された。
「……嘘、でしょ? セレナさん!? 何で……何でカイトさんに銃口を向けてるの!?」
通信ウィンドウ越しに、生配信を続けているリナの悲鳴が響き渡る。
「……あ……カイト、さん……。……逃げ……て…………」
通信ウィンドウに映るセレナの瞳は、意志を失った黄金色に塗りつぶされていた。
彼女の機体から放たれた『消去命令』の奔流が、俺のアヴァロンの装甲を物理法則を無視して削り取る。
『ターゲット:不純物カイト。……聖女セレナの権限を解放。これより、この領域の全データを強制初期化します』
空に浮かぶ『断絶の使徒』が、冷酷に宣告する。
俺を守るように前に出たスミレのネイルが、セレナの放った光弾で吹き飛ばされた。
「……っ、カイト! あいつ、完全に別物よ! 私のネイルの防壁が、紙細工みたいに……!」
スミレの悲鳴。
意識共有を通じて伝わってくるのは、セレナという少女の絶望的な叫びだ。
神様(管理者)が彼女を「世界の部品」として使い潰そうとしている。その光景が、俺の脳裏にある「未解決の記憶」を呼び起こした。
***
──AM 03:45。
前世の記憶から思い出した、あの黄金の隠しコード。
三機を合体させるために俺が使ったのは、そのコードの『表層』に過ぎなかった。
(……そうだ。あの時、俺は怖くてその先を読まなかったんだ)
モニターの最深部。コメントアウトされた一文の先に隠されていた、血のように赤い、けれど最も美しく輝く最後の一行。
『——警告:この命令は実行者の存在定義を損なう恐れがあります。理を砕き、個の意志を最優先しますか?』
あの時は、そんな「バグ」のような選択肢を無視して、俺は「無難な合体」に留めた。
だが、今の俺にはそれが必要だ。
管理者の操り人形にされているセレナを、この世界の「仕様」という名の鎖から引きずり出すための、禁断の最上位権限(ルート権限)が!
「……ああ、覚悟なんて、とっくにできてるんだよ」
俺は、血の滲む指でコンソールに最後の一行を叩きつけた。
それは、管理者が作った「運命」という名の出来レース(プログラム)を、根本からぶち壊すための特異点突破。
「——ナギ! スミレ! 俺の脳の全リソースを解放する。……セレナを、救い出すぞ!!」
俺の脳が、アヴァロンの演算ユニットと完全に融解した。
セレナを縛っている黄金の鎖。管理者が彼女に植え付けた『偽りの令嬢』という設定。
それら全てを、俺の魂を乗せた修正パッチでデバッグ(洗浄)していく。
「——あ、あああああああッ!!」
鼻から血が垂れる。脳が焼けるような熱。
だが、指先だけはかつてないほどに軽やかだった。
「……見つけた。……セレナ、お前を閉じ込めてる、『神様(管理者)の嘘』を!!」
俺が最後の『Enter』を叩き込んだ瞬間。
ホワイト・ヴィクトリーを包んでいた黄金の光が、ガラスのように砕け散った。
「……っ!? ……カイト……さん……?」
瞳に光が戻る。セレナの意識が、管理者の支配を跳ね除け、再び俺たちのもとへ帰ってきた。
「——お帰り、セレナ。……悪いな、納期にギリギリ間に合った」
「……はい! 私、……全部思い出しました。……あなたが、私を何度も直してくれたこと。……私が、……あなたを愛していること!!」
その時。一瞬だけ、彼女の瞳が鋭く、凛とした「かつての輝き」を帯びた。
「……遅いわよ、カイト。……この私を、これほど長く待たせるなんて……いい度胸ね」
「……っ!? セレナ、いま……」
俺を呼び捨てにした、その不敵な笑み。
かつて、坂本重機の薄暗いガレージで俺の腕前を値踏みするように見つめた、あの「天才設計士」の顔だ。
「……え? ……あの、私、何か変なことを言いましたか? ……ごめんなさい、まだ意識が少し……」
すぐに今の「素直なセレナ」に戻ってしまったが、管理者の嘘を突き抜けたその一瞬、彼女の本当のプライドが火花を散らした。
まだ完全な「統合」ではない。
けれど、管理者の操り人形ではない「彼女自身の魂」が、確かにそこにはあった。
『……理解不能。……キーデバイスの完全離反を確認……。……全権限を、……不純物カイトに奪取されました…………』
『断絶の使徒』がノイズを吐きながら消滅していく。
だが、それは終わりの始まりに過ぎなかった。
管理者の「操り人形」であったセレナを力ずくで引き剥がしたことで、この世界の整合性が大きくひび割れ始めたのだ。
「……やりすぎたか。……だが、これでいい」
俺が息を吐いた、その直後だった。
ピピッ、ピーーーーーーッ!!
アヴァロンの全モニターが、かつてないほどの凶悪な『警告色』に染め上げられる。
頭上の空——俺たちが守り抜いたはずの青空が、ガラスのように「パリン」と砕け散った。
「……な、何よこれ!? 空が……空そのものが、剥がれ落ちていくわ!」
スミレの悲鳴。
砕けた空の向こう側に現れたのは、宇宙でも闇でもない。
天を覆い尽くすほど巨大な、「黄金の文字列」の奔流だった。
『——警告。警告。……致命的な不正アクセスを検知。……これより、全能なる仕様書による、直接初期化を実行します』
無機質で、感情の一切ない声が、世界そのものを震わせる。
これまでの『使徒』や『黒騎士』とは違う。
この世界を裏から操っていたシステム(神様)の「本体」が、ついにその姿を現したのだ。
「……ハハッ。とうとうお出ましかよ、クソったれな開発責任者様が」
俺は、血の滲む指を再びキーボードに滑らせた。
隣には、自分を取り戻し、白銀の光を放つセレナのヴィクトリーがいる。
背中には、スミレとナギ、そしてリュウジたちがついている。
「——行くぞ、みんな。……あのふざけた『全能なる仕様書』を、俺たちの手で直接書き換え(デバッグし)てやる!!」
神様が用意した理不尽なシナリオの、本当の最終章。
最強のエンジニアによる、世界最大の「仕様変更」が、今、幕を開ける——。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第47話、隠しコードの「真の力」を解禁し、セレナを救い出したカイト。
しかし、その代償は世界の崩壊でした。
次話から、いよいよ第4章の真のクライマックスへ。
神との決着、そして彼らが元の世界で「英雄」として語り継がれる物語……。
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