第37話:暴走する論理、あるいは聖女の祈り
■ ログ:管理者領域(サーバーの心臓部)
「ターゲット:カイト。覚醒率……計測不能!
システムとの合体が、我々の予測アルゴリズムを完全に置き去りにしています!」
「黒騎士の状態はどうだ?」
「……手遅れです。
黒騎士のデータは、カイトによって『システムを圧迫する不要なゴミ(バグ)』としてタグ付けされました。もはや、我々のバックドアからもアクセス不可能です」
「ふむ……。エサ(黒騎士)が予定より早く消去されるか。
かまわん。我々の真の目的は、あのエンジニアが辿り着く『究極のコード』を収穫することだ。実験を続けろ」
■ 施設の最深部:冷徹なるデバッグ
「……ま、待て。私は管理者だぞ!
この世界のルールを守る……ひ、左腕のプログラムが消えていく……!?
貴様、何をしたぁぁ!!」
黒騎士の巨大な体が、重力に逆らえなくなったように地面にひざまずいていた。
アヴァロンが握る七色の刃——【特異点穿孔】は、もう剣の形すらしていなかった。
それは、世界そのものを書き換えてしまう「光の濁流」だ。
カイトの瞳からは感情という光が消え、代わりに膨大な数字と文字列が、網膜の上を超高速で流れ続けている。
『——ターゲット:黒騎士。構造内に修復不能なエラー、および致命的な非効率ロジックを確認』
「や、やめろ! 助けてくれ! 私はまだッ、この世界を統べるプライドが……!」
『——解決策を実行。当該データをゴミ箱に移行する必要はありません。この世の記憶領域から、完全に消去します』
カイトの指が、見えないキーボードを弾くように虚空をなぞった。
「あ、あ、ああああああああああああッ!!」
ガシャァァァァァァンッ!!
かつて絶望のシンボルであり、スミレを奪った真っ黒なロボットは、爆発すら起こさなかった。
足元から頭頂部に向かって、まるでモザイク処理がかかるように四角いピクセルへと分解され、ただの砂のようなノイズになって空間に溶けて消えた。
形も残らない。バックアップも取らせない。
魂のカケラすら残さない、あまりにも冷酷で、完璧すぎる「完全消去」だった。
だが。
最大の敵を排除したにもかかわらず、カイトのタイピングは止まらなかった。
『——黒騎士の消去完了。
続いて、周辺環境に残存する非効率な論理の最適化に移行します』
アヴァロンから放たれる青い光が、周囲の空間を侵食し始める。
崩れた施設も、飛び散ったガレキも、彼にとっては「メモリを無駄に消費している不要なデータ」でしかなかった。青い光に触れた瓦礫が、次々と虚無へと還元されていく。
「カイト! 待って、もういいわ!
あいつはもう消えたのよ! 私のカタキは討ってくれた……デバッグは終わったの、それ以上はやめて!!」
ボロボロのブラッディ・ネイルの中で、スミレが悲痛な叫びを上げる。
だが、その声はカイトには届かない。
カイトは、魔法の力に飲まれたのではない。
異常なまでの過集中に陥っていたのだ。
黒騎士という巨大すぎるバグを強引に書き換えたことで、彼の脳は「この空間に存在する不確定要素は、すべて美しく修正しなければならない」という、終わりのない無限ループのフリーズ状態に囚われてしまっていた。
『——警告。後方座標に、著しく破損し、論理構造に矛盾を抱えた機体を確認。……最適化(強制フォーマット)を実行します』
アヴァロンの冷たい銃口が、あろうことか、守り抜いたはずのスミレの機体へと向けられた。
効率と論理の極致に達した今のカイトにとって、ツギハギだらけの彼女の機体は「許しがたいエラーの塊」に見えていたのだ。
「……うそ、カイト……。私まで、消しちゃうの……?」
スミレが絶望に瞳を揺らし、目を閉じた。
■ 聖女の介入
その絶望の壁をぶち破り、一機の白いロボットが飛び込んできた!
「——カイトさん、目を覚ましてくださいッ!!」
セレナが操る、壊れかけのホワイト・ヴィクトリーだ。
彼女は残された最後の推進力を爆発させ、スミレを庇うようにアヴァロンの正面へと躍り出た。
そして、アヴァロンが振り上げた腕を、両腕のフレームを軋ませながら物理的にガシッと押さえ込んだ。
「ダメです! それは『完璧』なんかじゃない!
カイトさんの心(OS)が、処理の重さに耐えきれずフリーズしかけているんです!」
[ 警告:予定外の割り込み処理が発生しました。……処理を続行できません ]
『……ジャマな処理を排除します。退きなさい』
アヴァロンの腕が、冷たくホワイト・ヴィクトリーの装甲を軋ませる。
警告音が鳴り響き、セレナの機体のモニターが次々とレッドアウトしていく。
だが、彼女は決して逃げなかった。
セレナはコックピットのハッチを強制解放し、身を乗り出した。
吹き荒れる青い魔力の嵐の中、彼女はアヴァロンの装甲に直接しがみつき、ドクドクと脈打つ不気味な光の回路に、自分の細い腕を伸ばした。
「……思い出してください!
三千円で、ドローンを直した時のあの無駄だらけで、でも温かい時間を!」
彼女の声が、魔力のノイズを切り裂いて響く。
「ボロボロになった私を、『直せないエラーなんてない』って抱きしめてくれた、あの言葉を!!
人間は……効率だけで生きてるんじゃないんです!! 私たちを置いて、一人で完璧な世界に行かないでください!!」
セレナの瞳からあふれた大粒の涙が、アヴァロンの冷たい装甲にポロリと落ちた。
その瞬間。
カイトの暴走するシステムに、最も優先度の高い【人間性のバックアップデータ】が無理やり読み込まれた。
それは、彼が前世で味わった理不尽な孤独と、この異世界に転生してから「整備士」として仲間たちと積み上げてきた、泥臭くて、非効率で、温かい——人間としてのすべての記憶だった。
「……あ……俺は、何を……。セ、レナ……?」
無限ループから強制的に再起動させられたカイトの瞳から、無機質な数字の羅列が消え去り、わずかに人間の光が戻る。
だが、暴走を強制終了させた代償は大きかった。
行き場をなくした膨大な演算エネルギー(魔力)は、アヴァロンの機体内部で臨界点を迎え、爆発寸前になっていた。
■ 臨界点
ピーーーーーーッ!!
警告音と共に、施設全体が今まで見たこともないような、すべてを塗り潰す真っ白な光に包まれる。
「カイトさんっ!!」
「カイトーーーーッ!!」
セレナとスミレの悲鳴が重なり、物語は真っ白な空白へと飲み込まれていく。
過集中から引き戻されたカイトは、この破壊的なクラッシュから仲間を守り切れるのか。
その答えは、光の向こう側にあった――。
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