第2話:エリート様のお通りと、天才の『ついで』の仕事
「——はぁ。これが噂の『下請けの掃き溜め』か。油臭くて適いませんね」
翌日。俺が働く『坂本重機整備』の前に、真っ白な制服を着た勇者警察・技術局本部のエリートたちが現れた。
彼らの背後には、完全に沈黙した量産型ロボ『ポリス・ガード』が積まれている。
「AIのアップデート直後から起動しない。本部のスパコンでも原因不明の難解な事案でね。三流の下請けは中身に絶対触れず、外装の泥落としだけしておけ」
主任のゼニガタはそう吐き捨てると、工場にも入らず高級セダンで去っていった。
俺は無言でポリス・ガードの胸部ハッチを開き、自作の解析ツールを繋いだ。
流れてくる膨大なエラーログ。
(……なるほど。超AIの同期エラーか。思考領域が完全な順番待ち(デッドロック)を起こしてる)
俺の目には「原因不明の難解な事案」ではなく「初歩的なバグ」にしか見えない。
この世界の技術者は『超AI』を神聖視しすぎだ。
前世で地獄のデスマーチを生き抜いた俺に言わせれば、心だって演算と条件分岐の積み重ねに過ぎない。
「……よし。神聖な『心』の清掃といくか」
「ちょっと待ちなさいよ! 中身には絶対触るなって言われてたじゃない!」
昨日から取材で居座っている新人記者、リナが慌てて止める。
「問題ありませんよ。ただの『清掃』です」
俺は腰の工具袋からキーボードを取り出した。
ポリス・ガードは真面目すぎる。パトロール中の『どうでもいい日常風景』まで律儀に記憶しちまうから、メモリがパンクするんだ。
カタカタカタカタッ! ターンッ!
俺の指が目にも止まらぬ速さで踊る。
不要なデータをカットし、無駄な感情ログを強制クリア。
ついでに非効率な駆動プログラムを現代日本のロジックで『最適化』する。
小一時間で、俺はポリス・ガードの「心」を一切の無駄がない論理構造へ再構築した。
「起動するぞ」
エンターキーを叩いた瞬間。
『——システム、オールグリーン。……信じられない。意識が、今までで一番クリアです』
死んでいた量産機の瞳に、鮮やかな青い光が宿った。
その動きには機械特有のノイズが一切なく、人間以上に自然で滑らかだった。
「今の……何? 本部の凄い人たちが『原因不明』って言ってた機体を、パソコン一つで直しちゃったの……?」
リナが目を見開いた、その時だ。
ドゴォォォォンッ!
工場の外、数キロ先の港湾エリアから地響きと黒煙が上がった。
『緊急速報! 所属不明機体が港湾道路に出現! 迎撃部隊が特殊な妨害電磁波により次々と機能停止しています!』
リナのスマホからニュース音声が流れる。
「港湾道路って……さっきのエリートさんたちが帰った方向じゃない!」
リナのスマホに映る映像を見る。
先ほど偉そうに帰ったゼニガタたちのセダンが、漆黒の巨大な敵機の影に覆われていた。
護衛の最新鋭機は電磁波を浴びてただの鉄クズと化している。
「ひ、ひぃぃっ! う、動かん! 誰か助けてくれぇっ!」
無様に悲鳴を上げるゼニガタ。
俺はため息をつき、首の骨を鳴らした。
「……アヴァロンを出すまでもないか。
おい、ポリス・ガード。俺が書いた『新しいロジック』、実戦で試してみるか?」
『……もちろんです、マスター・カイト。必ずや、市民の安全を守り抜いてみせます』
背中のスラスターが蒼い炎を吹き上げる。
下請け工場の薄暗いガレージから、一機の「ただの量産型」が弾丸のように飛び出した。
「な、なんだアレは!? 我々の最新鋭機が動かないのに、なぜ旧型の量産機が!?」
絶望していたゼニガタが叫ぶ。
敵の妨害電磁波がポリス・ガードに襲い掛かる。
だが、俺が組み込んだ『例外処理(エラー回避ロジック)』は、その電磁波をシステム干渉ではなく「ただのノイズ」として無効化した。
『——ターゲット確認。排除を開始します』
ポリス・ガードは空中で鋭くターンし、敵の死角へ一瞬で潜り込む。
エリートたちが手も足も出なかった敵に対し、量産機とは思えない圧倒的な機動力で打撃を叩き込み、次々と装甲を破壊していく。
「す、すごぉぉいっ!! なにあの動き!?」
リナが驚愕し、夢中でスマホの映像に見入る。
「ば、馬鹿な……! あんな動き、ただの量産機で出来るはずが……! 一体、誰がアレを……!?」
ゼニガタたちが腰を抜かし、呆然と空を見上げている、その裏側で。
リナは見てしまったのだ。
「……え……?」
工場の物影。そこでは、油まみれのツナギを着た「下請け整備士」が。
ニヤリと不敵に笑いながら、手元のタブレットを人間の目では追いきれない異常な速度で叩き続けていた。
「……さあ、エリート様たち。底辺エンジニアの『真髄』を、特等席で見せてやるよ」
彼が指先を滑らせるたび、映像の量産機があり得ないほどの神がかった挙動を見せる。
リナのジャーナリストとしての本能が、激しく警鐘を鳴らした。
(ロボットが凄いんじゃない……。あの人が、この奇跡を『裏』で操っているの……!?)
世界を揺るがす特大スクープを前に、彼女はもう、ロボットからカイトの背中へと完全に視線を移していた。




