カンナギ王との会見 後編
重厚な扉が閉ざされ、会見の間には静かな緊張が満ちていた。
玉座から降り、同じ目線に設えられた席へと着いたゲンゾウは、改めて魔王カズトと向き合う。
その右にはカンナ。
そして左には、まだあどけなさを残すサツキ。
サツキにとって、この場はあまりにも重い。本来であれば、まだ政の深奥を知るには早い年頃だ。だが、今日の会談の行方次第では、彼女の将来が大きく動く可能性がある。
(知らぬうちに決められるよりはよい)
それが父としての、せめてもの矜持だった。
サツキは緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。小さな手は膝の上でぎゅっと握られていた。
カズトはその様子に一瞬だけ視線を向け、すぐにゲンゾウへと戻す。先ほどの“悪の魔王ムーブ”は鳴りを潜め、今は落ち着いた態度だった。
「では、改めて」
ゲンゾウが口火を切る。
「我が国と魔王領。敵対の意思は双方にない、という認識でよろしいか」
「ああ。少なくとも、俺から攻める理由はない」
率直な物言い。
ざわめきもなく、淡々と確認が進む。
立場の整理。
不可侵の保証。
交易の可能性。
霊鉄と霊糸の供給量、対価としての魔王領の技術支援、魔物討伐の協力体制――。
話は驚くほど理性的に進んでいた。
ゲンゾウは内心、静かに息を吐く。
(理で通じる)
力でねじ伏せるでもなく、情で揺さぶるでもなく、互いの利益を秤にかける実務的な交渉。
カンナも時折補足を入れ、サツキも真剣な眼差しで聞き入っている。
空気は重いが、穏やかだった。
――そのとき。
轟音とともに、会見の間の扉が勢いよく開け放たれた。
「待てぇい!!」
怒号が響く。
近衛兵が一斉に振り向く。
立っていたのは、一人の壮年の男。
鍛え上げられた肉体。背に担ぐ大剣。全身から迸る闘気。
英雄、ゴウキ。
「無礼であるぞ、ゴウキ!」
近衛兵が制止に入るが、彼は構わず前へ進み出た。
真っ直ぐに、魔王カズトを睨みつける。
「魔王! 貴様に問う!」
場の空気が、一瞬で変わる。
先ほどまでの理性的な交渉の空気が、まるで張り詰めた弓弦のように緊張へと転じる。
「サツキ姫を娶るという話……真か!?」
しん、と静まり返る会見の間。
カズトは目を瞬かせた。
「……え?」
素である。
サツキは顔を真っ赤にし、カンナは目を見開き、ゲンゾウは額に手を当てた。
(誰が、そんな話を今した)
確かに、将来的な縁談の可能性が交渉材料として“存在し得る”ことは、ゲンゾウの腹の内にあった。
だがそれは、あくまで最終手段。
ましてや、今この場で確定した話ではない。
ゴウキは一歩踏み出し、大剣の柄に手をかける。
「姫はまだ若い! 政の道具にされるなど、俺が許さん! どうしてもというなら――」
鋭く剣を引き抜き、切っ先を床に叩きつけた。
「この俺を倒してからにしてもらおう!」
凄まじい闘気が爆ぜる。
近衛兵が一斉に武器を構え、空気が戦場へと塗り替わる。
だが。
当のカズトは、ぽかんと口を開けていた。
「……いや、ちょっと待って」
温度差。
ゴウキの覚悟と激情に対し、カズトの声音はあまりにも冷静だった。
「まず前提から確認したいんだけど、俺、まだそんな話してないよ?」
「なにぃ!?」
ゴウキの勢いが一瞬、鈍る。
サツキは両手で顔を覆い、消え入りそうな声で「してません……」と呟いた。
カンナはこめかみを押さえる。
ゲンゾウは、深く、長く息を吐いた。
(順調だったのだ……)
互いの立場を確認し、利益の均衡を探り、未来の枠組みを整えようとしていた。
それが今や、英雄の暴走によって台無しになりかけている。
ゴウキはサツキを守ろうとしている。
その忠誠も愛情も本物だ。
だが。
(早い。早すぎる)
まだ交渉はそこまで進んでいない。
空回り。
熱量だけが突出し、場の温度を一気に引き上げている。
カズトは頭をかきながら、困ったように笑った。
「えーと……とりあえず、剣しまってくれる? 交渉、けっこういい感じだったんだけど」
魔王のその一言に、場の緊張が妙な方向へと緩む。
英雄は戦闘態勢。
魔王は交渉継続希望。
王は頭痛。
姫は羞恥で沈没。
会見の間は、先ほどとはまったく別種の混沌に包まれていた。
◇
会見の間。
つい先ほどまで闘気を爆発させていた英雄ゴウキは――
なぜか、絨毯の上で正座していた。
鎧姿のまま。
大剣は壁際に立てかけられ、背筋はぴんと伸びているものの、肩はわずかに落ちている。
その正面に立つのは――小柄な少女。
サツキ姫その人である。
「ゴウキ様」
静かな、しかしよく通る声。
ゴウキの喉がごくりと鳴った。
「メッ! ですよ、メッ!」
ちいさな手が、ぴしりと空を切る。
その仕草は幼く、愛らしい。
……だが、言われている本人にとっては、いかなる魔王の威圧よりも重い一撃だった。
「も、申し訳ございません……」
英雄、完全敗北。
額が床につきそうなほど深く頭を下げる。
先ほどまで「この俺を倒してからにしてもらおう!」と啖呵を切っていた男とは思えない。
「まだ何も決まっていないのに、勝手に思い込んで乱入なんて……会談の邪魔です」
「は、はい……」
「お父様にも、皆さまにも、失礼です」
「はい……」
「私も……恥ずかしい……です……」
「ハイ………。」
声が、どんどん小さくなる。
しょんぼり、という擬音が見えるようだった。
大柄な体が、目に見えて縮んでいる。
会見の間の空気は、もはや戦場のそれではない。
完全に「お説教部屋」である。
◇
その様子を眺めながら、カズトは腕を組んでいた。
(幼女に“メッ!”されるなんて……どんなご褒美だよ)
思わずそんな感想が脳裏をよぎる。
次の瞬間。
ぱしん。
隣から軽快な音。
「いたっ」
ルミナスの手刀が、見事に側頭部へ命中していた。
にっこりと微笑んでいるが、目は笑っていない。
「おにぃちゃん?」
「な、なに?」
小声で、耳元に囁かれる。
「そんなに叱られたいなら、ルミナスが後でたっぷり、叱ってあげるよ?」
ぞくり、と背筋が冷える。
「……おとなしくしてます」
即答だった。
魔王、完全に鎮圧。
◇
説教は、結局小一時間続いた。
途中、カンナも加わり、
「空気を読め、英雄」
と冷静に追撃。
最後はゲンゾウが静かに総括した。
「ゴウキ。忠義は評価する。だが、順序を違えた」
重い一言。
そして、処分が告げられる。
「三日間、サツキの護衛任務を禁止する」
その瞬間。
ゴウキの顔から血の気が引いた。
「な……っ」
世界が崩れ落ちたかのような表情。
本当に「この世の終わり」を見た男の顔だった。
膝がわずかに震えている。
「ひ、姫の……護衛を……?」
「三日間です」
サツキのきっぱりとした声。
「反省なさってください」
とどめ。
ゴウキはうなだれた。
「……はは……三日……」
魂が抜けたような呟き。
大柄な背中が、これでもかというほどにしょんぼりしている。
その様子を見て、カズトは内心つぶやく。
(それ、罰になるの?)
だが、あの絶望的な表情を見ればわかる。
(……あ、これガチで効いてるやつだ)
闇が深い。
英雄の忠義は、もはや信仰の域である。
◇
こうして一騒動は収束した。
若干、いやかなり脱線はしたものの――
ゴウキは回収され、会見の間は再び整えられる。
咳払いを一つ。
ゲンゾウが口を開いた。
「……では、続きを」
カズトも真面目な顔に戻る。
「うん。さっきの交易条件の続きからでいい?」
空気は、少しだけ柔らかくなっていた。
先ほどよりも、わずかに距離が縮まっている。
多少のトラブルはあった。
だがそれも含めて、互いの人となりを知る一幕だった。
会談は、今度こそ――
順調に、未来へ向けて進み始めたのだった。
◇
場が整い、茶が新たに注がれる。
先ほどまでの騒動が嘘のように、会見の間は落ち着きを取り戻していた。
そして――
「さて、一番重要な点だけど」
カズトが、静かに言った。
声音が変わる。
軽さはある。だが、その奥にあるものは、はっきりと“王”のそれだった。
「カンナギ国、共和連合から脱退しない?」
空気が、わずかに張る。
ゲンゾウは表情を変えずに問い返す。
「……理由を、改めて聞こう」
「簡単な話だよ。この同盟が締結されれば、カンナギ国は豊かになる。それは保障する。だけど、そのうまみを吸い上げるような奴がバックにいたんじゃ、結局は同じことになるからさ。ちょうどいいことに、脱退する理由もそろってる」
指を一本立てる。
「国の危機に、連合から何の支援もなかった」
二本目。
「まだ“連合加盟国”のはずのフルールから侵略を受けた」
三本目。
「それに対して、連合は何の制裁も抗議もしていない」
淡々とした口調。
だが、事実だった。
ゲンゾウはゆっくりと頷く。
「否定はできぬ」
連合は名目上、相互防衛を掲げている。
しかし今回、カンナギは見捨てられた。
それでも――。
「だが、一方的な脱退は不利になる」
ゲンゾウの声は重い。
「連合にとっては前例となる。他国への見せしめとして、制裁を加える口実を与えかねぬ」
経済封鎖。外交的孤立。あるいは軍事的圧力。
魔王領との同盟が成立したとしても、隣国からの圧力というのは、弱体化した今のカンナギにとって、どのような悪影響があるかわからない。
カズトは、にやりと笑った。
「だからさ」
椅子にもたれ、さらりと言う。
「カンナとサツキ、預かるよ」
沈黙。
サツキが息を呑む。
カンナは、目を細めた。
ゲンゾウは微動だにしない。
「……続きを」
「カンナは、本人が望むなら嫁として迎える。望まないなら、サツキと一緒に“留学”。魔王領、シャガートの街で暮らしてもらう」
さらりと告げられる都市の名。
魔王領の中心都市。
対外的に見れば――
「人質、だな」
ゲンゾウが静かに言う。
「うん。どう見ても人質」
あっさり肯定。
そして、カズトは笑った。
「それを利用しろって言ってる」
場の空気が、冷たく澄む。
「フルールの正義なき侵略に対し、魔王に助けられた。その見返りとして、娘たちは人質に取られ、連合脱退を命じられた」
指で机をとん、と叩く。
「カンナギが脱退するのは、侵略してきたフルールのせい。ひいては、それを黙認し、助けなかった連合のせい」
肩をすくめる。
「全部、連合が悪い。そういう筋書き。連合が悪いのに制裁?何を口実に?全部連合のせいだろ?ってことだ。」
あまりにも露骨。
あまりにも合理的。
ゲンゾウは、しばし目を閉じる。
(敵わぬな)
この少年は、力だけではない。
政治の汚泥も理解している。
カンナギが主体的に脱退すれば制裁は避けられぬ。
だが「魔王に脅された被害者」ならば話は別だ。
連合が強硬に出れば出るほど、自らの不義が浮き彫りになる。
ましてや、”被害者”を相手に制裁などできるはずがない。
――見事な、外堀の埋め方。
「……我が娘を、悪役の道具に使うか」
低い声。
カズトは首を振った。
「違う。俺が悪役を引き受ける」
まっすぐな目。
「カンナギは被害者でいい。むしろ被害者として、隣国や連合にどんどん吹っ掛けてやれ。」
沈黙が落ちる。
重い。
だが、不思議と嫌な重さではなかった。
ゲンゾウは、ゆっくりと頷いた。
「……魔王、か」
「おぅ、魔王だ!」
誇らしげに胸を張るカズトに対し、ゲンゾウは誇りも、体面も、すべて飲み込む。
民を守るためならば。
そして、隣に座る娘を見る。
「カンナ」
静かな呼びかけ。
「どうする?」
会見の間の視線が、彼女に集まる。
カンナは、迷わなかった。
椅子から立ち上がり、まっすぐカズトを見る。
「私は」
一瞬だけ、父を見る。
その目に、決意が宿る。
「魔王カズト様の嫁になります……不束者でございますが、末永く可愛がってくださいませ。」
その場で三つ指をつき、カズトに首を垂れる。
はっきりとした声。そこに揺らぎはない。
サツキが目を見開く。
ゲンゾウの胸に、父としての痛みが走る。
だが同時に、誇りもあった。
誰に強いられたわけでもない。
自ら選んだのだ。
カズトは、わずかに驚いた顔をし、それから真剣な表情になる。
「……そっか」
軽口はない。
「よろしく、カンナ」
その一言。
そして手を差し出し、カンナを立たせる。
会見の間の空気が、大きく動いた。
カンナギ国の未来が。
連合との関係が。
そして、二つの国の運命が。
静かに、しかし確実に、新しい方向へと舵を切った瞬間だった。
カンナちゃんもねぇ、18禁版では出てくるかどうか微妙なんですよ。
カンナギ国は和風という事で出したいとは考えていますが、カンナの立ち位置が……
18禁版の方は嫁7人という縛りを作っちゃいましたから……出てくるとしても、妾?
立場的に難しそう
ご意見、ご感想等お待ちしております。
良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。




