カンナギ王との会見 前編
フルール王国の侵攻を退けたカンナギ王国の王都は、まだ戦の余熱を色濃く残していた。城壁には補修の跡が走り、石畳には焦げ跡が点々と残る。それでも王城前の広場には、久方ぶりの笑い声が満ちていた。
隠れ里の獣人たちへのねぎらいの宴――。
国王、ゲンゾウ・スメラギは自ら壇上に立ち、代表であるタマモへと深々と頭を下げた。
「此度の勝利、そなたらの援護なくしては成し得なかった。カンナギ国を代表して、心より感謝を申し上げる」
王が民の前で頭を垂れる。その姿に、広場を埋めた獣人たちからどよめきが起こる。だが当のタマモは、尻尾を揺らしながら苦笑した。
「よいよい、堅苦しいのは性に合わぬ。わらわらは好きに暴れただけじゃ」
用意された料理は質素なものだった。戦時下ゆえ贅を尽くす余裕などない。それでも、心からの歓待は確かに伝わった。獣人たちは酒樽を囲み、兵士たちと肩を組み、戦場での武勇を誇らしげに語り合う。
「心意気が嬉しいのう」
タマモはそう呟き、杯を掲げた。
やがて宴は終わり、獣人たちは隠れ里へと帰っていく。だがタマモだけは王城に残った。
これより行われる会見に立ち会うため――魔王カズトと、カンナギ国王ゲンゾウ・スメラギの。
◆
会見の間は重苦しい静寂に包まれていた。
高い天井。赤い絨毯。両脇に控える近衛兵たちの鎧が、わずかに軋む音だけが響く。
玉座に座すゲンゾウは、威厳を湛えたまま口を開いた。
「魔王カズト殿。此度の助力、改めて礼を述べたい。そなた助力のおかげで、戦況は大きく覆った」
言葉は丁寧だが、声の奥には警戒が滲む。
対するカズトは――。
玉座の前に置かれた椅子へ、やたらと偉そうに腰掛け、足を組み、頬杖をついていた。
「ふむ……礼か。人間の王にしては殊勝な態度だな」
やけに低く響かせた声。わざとらしく細められた目。口元には不敵な笑み。
周囲の空気が、一気に冷える。
近衛兵の一人が、思わず剣の柄に手をかけた。
タマモはこめかみを押さえた。
(……やりおったな、こやつ)
ゲンゾウは動じぬ。だが視線は鋭くなる。
「我が国は、そなたと敵対する意思はない。だが、目的を明確にしてもらわねば、王として民を守れぬ」
「目的、か……」
カズトは立ち上がり、マントを翻した。裾がひらりと舞う。
「我が目的はただ一つ。世界に混沌を――」
そこまで言ったところで、タマモが前に出た。
「カズトよ」
ぴたり、と場が止まる。
タマモは腕を組み、じとりと睨んだ。
「そろそろお遊びはやめい。みんな困っておるじゃろ?」
兵士たちの緊張が、目に見えて揺らぐ。
カズトはきょとんとした顔で振り向いた。
「えぇ? だって、魔王ってこんな感じじゃないの?」
「誰に聞いた」
「部下たちが。“悪の魔王ムーブ”は大事だって」
場に、微妙な沈黙が落ちた。
近衛兵たちの間に、かすかな動揺が走る。中には肩を震わせる者もいる。
ゲンゾウは、深く、深く息を吐いた。
「……魔王殿。もしや、芝居であったか」
「え、いや、芝居じゃないよ?ほら、俺魔王だし。」
カズトは笑った。
「うはっはっはっはっはっ!人間の王よ、我の仲間となれ。さすれば、世界の半分を与えようぞ!」
カズトは再び、”魔王ムーブ”を始める……が、先ほどまでの威圧感は霧散していた。
タマモはため息をつく。
「まったく……、それをやめいといっておるのじゃ。話が進まんではないか。」
「だめ?」
カズトがしょんぼりとうなだれる。
玉座に座る国王。
その前に対峙する魔王。
状況は、何ら変わりはない。
だが、空気は確かに変わった。
張り詰めていた緊張がほどけ、会見の間にはようやく、対話の余地が生まれる。
人族の王と魔王。
本来ならば相容れぬ二者の会見は、奇妙な滑稽さを含みながらも、ようやく本題へと進もうとしていた。
◇
玉座に座しながら、ゲンゾウ・スメラギは胸の内で幾度も計算を繰り返していた。
娘――カンナから、魔王カズトの提案はすでに聞いている。
魔国との交易路の開放。技術と資源の交換。不可侵条約の締結。
それが実現するならば、カンナギ国にとって計り知れぬ利益となる。山脈に囲まれ、資源はあるが販路に乏しいこの国にとって、魔王領という巨大な市場は喉から手が出るほど欲しい存在だ。
(多少の譲歩は必要だろう)
そう覚悟はしていた。
魔王はカンナギ国の産出物――特に霊鉄と霊糸に強い興味を抱いているという。他にも、コメや発酵調味料などにもだ。ならば交渉の余地はある。五分五分は望めずとも、六四。いや、最悪七三でもよい。できるだけ
フルール帝国の急襲が、すべてを狂わせた。
あの戦場で見た光景が、今も脳裏に焼き付いている。
一万を超える魔物の群れ。
それを、魔王軍は文字通り蹂躙した。
蹂躙――それ以外に言葉がない。
戦術でも奇策でもない。圧倒的な力の差。質も、統率も、魔力量も、すべてが別次元だった。
(あれほどの戦力を前にして……)
もしあの軍勢が牙を剥けば、カンナギ国など三日と持つまい。
“属国になれ”と一言告げられれば、拒む術はない。
それでも。
(それでも、民の自由と尊厳だけは守らねばならぬ)
それが王の務めだ。
最悪の場合――。
カンナとサツキ。
二人の身柄を差し出すことになるやもしれぬ。
娘を政の駒にするなど、父としては断腸の思いだ。だが王としては、それも選択肢に入れねばならない。二人が人質となることで、国が救われるのなら。
そして、その時は――
(我が首も差し出そう)
王が責を負わぬ国に未来はない。
覚悟は、すでに決めていた。
◇
初めて対面した魔王。
その瞬間、背筋を冷たい汗が伝った。
名に違わぬ魔力。
抑えているはずなのに、溢れ出ている。空気そのものが重く、呼吸がわずかに苦しい。玉座に座る自分が、まるで断崖の縁に立たされているような錯覚。
(これが……魔王)
威厳を崩すな。
視線を逸らすな。
王として立て。
自らを律し、声の震えを押し殺して言葉を紡いだ。
だが――。
タマモにいさめられた後の姿。
「えぇ? だって、魔王ってこんな感じじゃないの?」
そう言って頭をかく少年。
あまりにも、普通だった。
どこにでもいそうな若者。少し調子に乗りやすく、どこか抜けていて、悪戯を叱られた子供のような顔。
(……同一人物、なのか)
先程までの威圧感は幻ではない。あれは紛れもなく本物だった。
力を持つ者が、力を振るう覚悟を持つ者の目だった。
だが今、目の前にいるのは――。
不思議と、悪意の匂いが薄い。
ゲンゾウは理解する。
(恐ろしいのは力だけではない)
力を持ちながら、それを誇示せず、遊び半分で“魔王らしさ”を試す余裕。
己の立場を自覚しながら、なお軽やかに振る舞う精神。
底が知れぬ。
侮ることなどできない。むしろ、得体の知れなさは増していた。
あの圧倒的戦力と、この少年の顔。
その両方が真実。
ならば――。
(交渉は、より慎重に)
情に訴えるべきか。理で攻めるべきか。あるいは、娘を介した信頼を軸にすべきか。
わずかな綻びも許されぬ。
ゲンゾウは、玉座の肘掛けに置いた指に力を込めた。
王として。
父として。
そして、一国の守護者として。
どのような結末になろうとも、民の未来を繋ぐ道を選び取る。
その決意を、胸の奥で静かに燃やしながら――
ゲンゾウ・スメラギは、さらに気を引き締めて、魔王カズトとの会談に臨んだ。
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