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第8話『偽りの英雄、誕生』


俺の絶叫が、廃坑に響き渡った。

ジャイアント・スパイダーの牙が、俺の脳天を砕かんと迫る。

万事休すか―――。

そう思った、その刹那。

『―――今です!』

インカムから響いたエリスさんの冷静な号令と共に、俺の周囲の地面が、まばゆい光を放った。

「なっ!?」

見れば、地面にはあらかじめ、巧妙に偽装された魔法陣がいくつも仕掛けられていたのだ。

光の鎖が蜘蛛の巨体を縛り上げ、動きを封じる。さらに、壁に仕掛けられていた魔道具が作動し、高圧の電流が蜘蛛の体を貫いた。

ギシャアアアアアアアアアッ!

ジャイアント・スパイダーが、苦悶の絶叫を上げる。

そこへ、物陰からエリスさんが姿を現した。その手には、巨大な銃槍ガンランスのような魔道具が握られている。

「これが私の専門分野です。ウォルフォード商会・試作型魔導兵器一番号―――『雷神のトール・パイル』。その身で味わいなさい!」

エリスさんが引き金を引くと、銃槍の先端から、凝縮された雷の魔力が螺旋状に射出された。

それは、拘束されたジャイアント・スパイダーの脳天に寸分たがわず着弾し、その巨体を内側から派手に吹き飛ばした。

「…………すげぇ」

俺は、その圧巻の光景に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

結局、俺は逃げ回っていただけ。蜘蛛を倒したのは、全てエリスさんの策略と、彼女の作り出した魔道具だった。

「ふぅ。こんなものでしょう」

エリスさんは、銃槍から立ち上る硝煙を吹き消しながら、平然と言った。

「さて、アッシュさん。ここからが、あなたの仕事です」

「え?」

エリスさんは、にやりと笑うと、懐から小さな魔道具を取り出した。それは、幻影を投射する装置だった。

彼女がそれを操作すると、俺の周囲に、まるで俺自身が強力な魔法を放ったかのような、派手な光と音のエフェクトが再現された。

「これを、ギルドに提出する『討伐記録用水晶』に録画します。あなたは、強大な魔力を秘めた、謎のFランク冒険者。ジャイアント・スパイダーを、一撃で屠った、と。そういう『筋書き』です」

「そ、そんなので、騙せるのか?」

「大丈夫です。ギルドの連中は、結果しか見ませんから。それに、森を消し飛ばした『何か』がいた、という噂が、この話に信憑性を与えるスパイスになります」

彼女は、全てを計算していたのだ。

森の消滅事件すら、俺を英雄に仕立て上げるための布石として利用する。そのしたたかさに、俺はもはや感心を通り越して、恐怖すら感じていた。

『フン……我の力を使わずとも、この程度なら何とかなったというわけか。まあよい。帰ったらプリンだ、小僧』

イグニールが、ちょっとだけ悔しそうに、でも約束は忘れていない様子で呟いた。

◇◇◇

ギルドに戻った俺たちは、早速、討伐の報告を行った。

俺が、Cランク依頼である『ジャイアント・スパイダー討伐』の依頼書と、討伐の証拠である魔物の牙、そしてエリスさんが偽装した記録水晶をカウンターに提出すると、周囲の冒険者たちが、どよめいた。

「おい、あれ、Fランクのアッシュだろ?」

「Cランク依頼を、ソロで……? 冗談だろ!」

「記録水晶を見たか? あいつ、とんでもない魔法を使ったらしいぜ……」

噂は、あっという間に広がっていく。

昨日まで嘲笑と侮蔑の視線を向けてきていた者たちが、今や、畏怖と好奇の入り混じった目で、俺を遠巻きに見つめている。

この感覚には、まだ慣れそうにない。

ギルドマスターのドナ・カッツェが、奥のオフィスから出てきて、俺の提出した記録水晶を興味深そうに眺めていた。

「……ほう。面白いものを見せてもらったよ、アッシュ。あんた、一体何を隠してるんだい?」

「さあ……。たまたま、調子が良かっただけですよ」

俺は、エリスさんに言われた通りのセリフを返す。

ドナは、俺の肩に乗るイグニールにちらりと視線を送ると、また、あの楽しそうな笑みを浮かべた。

「まあ、いいさ。ギルドは実力主義だ。結果を出したのなら、文句はない。報酬の金貨10枚だ。受け取りな」

ずしり、と重い革袋を受け取る。

金貨10枚。

今まで、俺が逆立ちしても稼げなかった大金だ。

これがあれば、リリの薬が、しばらくは買える。

俺の胸に、じわりと熱いものがこみ上げてきた。

これが、英雄への第一歩。

たとえ、それが偽りの栄光だとしても、リリを救えるのなら、俺はどんな役でも演じてみせる。

その日の夜。

俺は、手に入れた金貨で、一番質の良い薬と、リリが好きだと言っていた、蜂蜜漬けの果物を買って帰った。

「兄さん……こんなに、たくさん……」

「いいんだよ。兄ちゃん、でっかい仕事、成功させたからな」

薬を飲み、果物を美味しそうに頬張るリリの笑顔。

俺が、何よりも守りたかったもの。

それを見ているだけで、全ての苦労が報われる気がした。

俺の隣では、エリスさんが買ってきた高級店のプリンを、イグニールが夢中になって食べている。

『うむ! これもまた美味である! 小僧、我は満足だぞ!』

「そうかよ……」

俺とイグニール。

エリスさんという、とんでもないマネージャー。

そして、俺が守るべき、最愛の妹、リリ。

奇妙な共同生活が、こうして始まった。

工房都市アストラル・ギアに、新たな伝説が生まれようとしていた。

それは、最弱のFランク冒険者が、最強の力を「操縦」し、英雄へと成り上がっていく、前代未聞の物語。

だが、俺たちはまだ知らない。

この偽りの名声が、やがて本物の厄災―――聖白騎士団や、古竜崇拝教団『原初の顎』といった、巨大な存在たちの関心を引くことになるということを。

俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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