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第7話『英雄プロデュース計画』


翌日。

俺はエリスさんに連れられ、中層区の一角にある、とある工房を訪れていた。

そこは、彼女が個人で所有する研究室兼、隠れ家だった。外観は寂れた魔道具屋に偽装されているが、一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。

壁一面に並べられた、用途不明の魔道具や、膨大な蔵書。天井からは複雑な配管が伸び、床には緻密な魔法陣がいくつも描かれている。空気中に漂う、冷却された金属と、高純度の魔力ポーションの匂い。

ここが、彼女の城なのだ。

「さて、アッシュさん。一夜明けて、契約について後悔は?」

白衣に着替えたエリスさんは、すっかり研究者の顔になっていた。

「後悔したって、もう後戻りはできないだろ」

「結構です。その覚悟があれば十分。では早速、あなたの『英雄プロデュース計画』を開始します」

彼女は巨大な黒板を俺の前に置くと、手にしたチョークで、猛烈な勢いで文字を書き連ねていく。

【現状分析:アッシュ】

本人スペック: Fランク冒険者。戦闘能力は皆無に等しい。固有スキル【危険感知 LV.1】は、限定的な状況下でのみ有効。

内包存在: 〝滅びの竜王〟イグニール。魂魄状態。力の源は『厄災魔力』。制御完全不能。気分屋。甘党。

課題:

力の制御方法の確立(最優先)

アッシュ本人の身体能力の脆弱性

力の行使に伴う、周囲への被害と情報漏洩リスク

活動資金の欠如

目的:

妹リリの治療(『竜の心臓』の探索)

ウォルフォード商会の再興エリス

「……なんか、こうして書かれると、改めて絶望的な気分になるな」

「事実を正確に把握することが、全ての基本です」

エリスさんは、俺のぼやきをバッサリと切り捨てた。

「課題は山積みですが、一つずつクリアしていきます。まず、最優先課題である『力の制御』。そこにいる竜王、あなたに聞きます。力のコントロールは、どの程度可能なんですか?」

エリスさんの問いに、俺の肩に乗っていたイグニールは、ふんと鼻を鳴らした。

『我が力の制御だと? 愚問だな、女。我が力は、世界そのもの。星を砕き、時空を歪める奔流だ。それを、この小僧の如き、蚤の器で自在に操れと? 無理に決まっているだろう』

「つまり、現状では出力の最低値が『森一つを消し飛ばす』レベル、ということですか。厄介ですね」

『だが、全く方法がないわけでもない』

イグニールの言葉に、俺とエリスさんは顔を見合わせた。

『我とこの乗りアッシュの同調率(シンクロ率)を高めれば、より精密な操作も可能になるやもしれん。だが、それには時間がかかる。今のこいつは、言わば、暴れ馬に初めて乗った赤子同然よ』

「同調率……。なるほど。そのための具体的な方法は?」

『知らん。気合と根性で何とかしろ』

「……全く役に立ちませんね、この古竜」

エリスさんは、こめかみを押さえながら、黒板に『同調率の向上(方法は要検討)』と書き加えた。

「仕方ありません。当面は、イグニールの力を極力使わない方向で活動しましょう。そして、活動資金。これがなければ、何も始まりません。そこで、あなたたちには、早速ギルドの依頼をこなしてもらいます」

エリスさんはそう言うと、一枚の依頼書をテーブルに置いた。

【依頼】廃坑に巣食う『ジャイアント・スパイダー』の討伐

【ランク】Cランク

【報酬】金貨10枚

「……無茶言うな! Cランクの魔物なんて、今の俺じゃ逆立ちしたって勝てない!」

「ええ、あなた一人では。ですが、我々には〝プラン〟があります」

エリスさんは、意味ありげに微笑んだ。

「今回の目的は、単なる金稼ぎではありません。これは、あなたの『英雄』としてのデビュー戦です。派手に、かつ、スマートに勝利を飾り、アッシュというFランク冒険者の名を、ギルドに知らしめるための、最初のステップなのです」

彼女の計画は、すでに始まっている。

俺は、このとんでもないマネージャーの描く脚本の上で、道化を……いや、英雄を演じることになったのだ。

◇◇◇

アストラル・ギア郊外にある廃坑。

かつては魔力鉱石が採れた場所だが、今はすっかり寂れ、魔物の巣窟と化している。

俺とエリスさんは、その薄暗い入り口に立っていた。

「いいですか、アッシュさん。今回の作戦の要点は三つです」

エリスさんは、手にした設計図のようなものを広げながら、最終確認を始める。彼女は、白衣ではなく、黒を基調とした機能的な戦闘服に身を包んでいた。腰には、何やら物々しい魔道具ガジェットがいくつもぶら下がっている。

「第一に、イグニールの力は、私が許可するまで絶対に使用しないこと。暴走は、即、作戦失敗を意味します」

『フン。この我に命令するとは、良い度胸だ』

肩の上のイグニールが、不満げに尻尾を振る。

「いいかイグニール! もし勝手にブレスでも吐いてみろ! あんたが昨日美味いって言ってた団子屋のプリンは、一週間おあずけだからな!」

『なっ……!? き、貴様、我を何で脅しているか分かっているのか! ……まあ、考えてやらんでもないが……』

イグニールのやつ、プリンに釣られてやがる。思ったよりチョロいかもしれない。

「第二に、あなたの役割は、あくまで『囮』です」

エリスさんは俺たちのやり取りを無視して続けた。

「固有スキル【危険感知】を最大限に活用し、敵の攻撃をひたすら回避し続けてください。攻撃は一切不要です」

「回避に専念、か。それなら、まあ、何とか……」

「そして第三に、全ては私の指示通りに動くこと。よろしいですね?」

エリスさんの有無を言わさぬ口調に、俺はこくりと頷くことしかできなかった。

彼女は、ただの受付嬢でも、ただの魔道具技師でもない。その姿は、まるで戦場を指揮する司令官のようだった。

「では、作戦開始です」

俺は、深呼吸を一つすると、ショートソードを抜き放ち、廃坑の中へと足を踏み入れた。

内部は、ひんやりとした空気が漂い、あちこちが巨大な蜘蛛の巣で覆われている。

奥へ進むと、空間が大きく開けた場所に出た。広場の天井には、繭のようなものがいくつもぶら下がっている。

その時、【危険感知】が、頭上からの強い殺気を警告した。

「上か!」

俺は、咄嗟に横へ飛びのいた。

直後、俺がさっきまで立っていた場所に、牛ほどもある巨大な蜘蛛―――『ジャイアント・スパイダー』が、天井から落下してきた。

ギチギチ、と牙を鳴らし、八つの真っ赤な目が、憎々しげに俺を睨みつけている。

「うおおおおっ!」

俺は、エリスさんの指示通り、ひたすら逃げ回ることに専念した。

蜘蛛が吐き出す、粘着質の糸を紙一重でかわす。鋭い牙による突進を、スキルで事前に察知して、転がるように避ける。

攻撃をしない、と割り切れば、回避だけに集中できる。

だが、相手はCランクの魔物。体力もスピードも、俺とは比べ物にならない。じりじりと、俺は追い詰められていく。

「はぁっ、はぁっ……! エリスさん、まだか!?」

インカム型の魔道具を通して、俺は助けを求める。

『―――もう少しです。敵を、ポイントX-3まで誘導してください』

冷静なエリスさんの声が返ってくる。

俺は、彼女が事前に渡してくれた地図を思い出し、指定されたポイントへと蜘蛛を誘い込む。

そこは、行き止まりの広場だった。

「おい、ここ、袋小路じゃ……!」

『問題ありません。そこが、あなたの舞台です』

ジャイアント・スパイダーが、俺を追い詰め、勝利を確信したように、その巨大な牙を振り上げた。

もう逃げ場はない。絶体絶命。

『チッ、まだるっこしい! 乗り物よ、代われ! 我が塵にしてくれるわ!』

「待て! 約束だろ! プリンがどうなってもいいのか!」

『ぬぅ……! プ、プリンごときでこの我が……!』

イグニールが葛藤している、その瞬間にも、蜘蛛の牙は俺の頭上へと迫っていた。

「エリスさん、今だッ!」

俺は、最後の望みを託して、叫んだ。

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