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第5話『銀の髪のアナリスト』


結局、俺はなけなしの銅貨をかき集め、中層区の屋台で串団子を一本だけ買った。

肩に乗ったマスコット形態のイグニールが、その団子をあっという間に平らげていく。小さな体のどこに消えているのか、不思議でならない。

『うむ、美味である! この甘美な味わい、数千年ぶりの感動よ! 小僧、褒めてつかわす!』

「そりゃどうも……」

ご満悦な竜王とは対照的に、俺の心は鉛のように重い。

薬代のあてはなく、ギルドマスターには目をつけられ、相棒は制御不能の暴君。八方塞がりとは、まさにこのことだ。

途方に暮れて、中層区の広場の噴水に腰掛けていると。

「―――やはり、ここにいましたか」

鈴の鳴るような、しかし温度のない声。

顔を上げると、そこに立っていたのは、ギルドの受付嬢、エリスさんだった。いつもの制服ではなく、動きやすそうな旅装に身を包んでいる。銀色の髪が、月明かりを浴びてきらきらと輝いていた。

「エリスさん……。どうして、俺の居場所が?」

「あなたのことなら、少し調べさせてもらいました」

彼女は平然と言い放つと、俺の隣に腰を下ろした。その紫色の瞳が、眼鏡の奥からじっと俺を見つめている。まるで、獲物を前にした猫のような、静かな観察眼だ。

「昨夜は、大変だったようですね」

「え……?」

「『嘆きの螺旋』からのご帰還、お疲れ様です。依頼は失敗だったと伺いましたが、あの死地から生きて戻られただけでも、賞賛に値しますよ」

当たり障りのない労いの言葉。

だが、その声には妙な圧があった。俺はゴクリと唾を飲み込む。

「それで……体調はいかがです? 今朝のあなたの魔力は、ひどく乱れているように見受けられましたが」

「……ああ、まあ、少し疲れてるだけだ」

「そうですか。それは奇妙ですね」

エリスさんは、小さく首を傾げた。

「あなたのその魔力の乱れ方は、Fランク冒険者が疲労した際のものとは、明らかに異質です。まるで、自分の許容量を遥かに超える大魔法を、無理やり行使した後のような……危険な揺らぎ方をしています」

心臓が、どくりと大きく跳ねた。

彼女は、ただのカマをかけているんじゃない。確信を持って、俺の核心に迫ろうとしている。

「……気のせいだろ。俺なんかが、大魔法なんて使えるわけない」

俺がしらを切ると、エリスさんは「でしょうね」とあっさり頷いた。

だが、彼女の追及は止まらない。

「ええ、普通に考えれば、ありえません。Fランクのアッシュさんが、森を一つ消し飛ばすほどの力を持っているはずがない」

―――森を、一つ。

その言葉が出た瞬間、俺の全身から血の気が引いていくのが分かった。

「……な、何のことだ?」

「奇遇ですね。昨夜、あなたが向かった『嘆きの螺旋』の方角で、森が一つ、忽然と姿を消しました。そして、ギルドの魔術師たちが現場を調査したところ、特異な魔力残滓が検出されたそうです」

エリスさんは、一枚の資料を取り出し、淡々と読み上げる。

「―――現代魔法の体系には存在しない、古代の超高密度エネルギー。『厄災魔力カラミティ・マナ』の痕跡、と」

「……っ!」

もう、偶然で片付けられる話ではない。

彼女は、俺とあの事件を結びつけようとしている。

「さらに不可解なことに、その厄災魔力の痕跡は、一直線に『嘆きの螺旋』へと続いていた。そして、あなたの昨日のギルド退館時刻と、森の消滅時刻は、ほぼピタリと一致します」

外堀が、確実に埋められていく。

息が詰まるような沈黙の中、俺は必死に言い訳を探した。だが、焦りばかりが募り、言葉が出てこない。

そんな俺の様子を、エリスさんは冷静に観察している。

そして、まるで逃げ道を完全に断つかのように、最後のカードを切った。

「極めつけは、これです」

彼女が懐から取り出したのは、水晶玉クリスタル・ボールだった。

魔力を込めると、水晶が淡い光を放ち、空中に映像を投影する。

そこに映っていたのは、昨夜の俺。

そして、その腕から放たれる漆黒の光が、巨大なグリフォンを飲み込み、森へと着弾する、あの絶望的な瞬間だった。

「なっ……! なんで、これを……!」

「私は、魔道具技師マギテック・エンジニアでもありますので。この程度の、遠隔録画式の偵察ゴーレムを飛ばすことくらい、造作もありません」

映像は、無慈悲に再生され続ける。

森が消滅する、あの光景を、俺は再び見せつけられていた。

頭が真っ白になり、全身の力が抜けていく。

言い逃れは、不可能。

俺の秘密は、完全に暴かれた。

映像が消えると、広場には再び静寂が戻ってきた。

俺は、ただうなだれることしかできない。

エリスさんは、そんな俺を、眼鏡の奥から冷徹な瞳で見下ろしていた。

「単刀直入に言います、アッシュさん」

彼女はゆっくりと立ち上がると、俺の右腕を指さした。

そこには、竜の紋様が禍々しく浮かび上がっている。

「あなたのその腕にあるものは、一体、何です?」

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