表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/27

第18話『臆病者の覚悟』


英雄になるのか。

最弱のまま、朽ち果てるのか。

エリスさんの言葉が、俺の頭の中で冷たく響く。

それは、選択肢のようで、実のところ、俺に選べる道は一つしか残されていなかった。

恐怖で、足がすくむ。

観衆の前で戦う? 俺が? 無理に決まってる。

これまで、どれだけ運とハッタリで切り抜けてきたと思ってるんだ。

一回戦で、あっけなく化けの皮が剥がされ、笑い者になるのがオチだ。

だが―――。

脳裏に、リリの笑顔が浮かんだ。

最近、少しずつ顔色が良くなってきた、最愛の妹。

俺が稼いだ金で買った薬で、あの子は命を繋いでいる。

でも、それは、いつまで続く?

俺が、次の依頼で失敗したら? 死んだら?

その瞬間に、あの子の命の綱も、あっけなく切れてしまう。

『星見の羅針盤』。

『竜の心臓』を見つけ出す、唯一の希望かもしれない、一縷の光。

その可能性を、ここで捨てていいのか?

自分の恐怖と、プライドのために?

『フン。まだ迷うか、この愚図が。お前の覚悟とは、その程度のものか』

イグニールの声が、俺の最後の迷いを、容赦なく断ち切った。

「…………やる」

俺の喉から、かすれた声が漏れた。

「やるよ。俺は、その武闘大会に出る」

それは、英雄の決意表明とは程遠い、ただの臆病者の、悲壮な覚悟だった。

俺の答えを聞いて、エリスさんは完璧なビジネススマイルを浮かべた。

「素晴らしい決断です、パートナー。では、これより『英雄プロデュース計画』の第二段階を開始します」

その言葉を皮切りに、工房の空気が一変した。

さっきまでの心理的な駆け引きは終わり、ここからは、実務と訓練の領域だ。

「まずは、大会へのエントリーです。受付は三日後から。それまでに、あなたには最低限の『見栄え』を身につけてもらいます」

「見栄え?」

「ええ。今のあなたは、ただの貧相なFランクにしか見えません。まずは、基礎体力の徹底的な向上。そして、私が考案した『英雄的戦闘術』の習得です」

エリスさんが取り出したのは、分厚いファイルの束だった。

「これは、過去の武闘大会の全出場者の戦闘データを分析し、体系化したものです。あなたは剣の才能も、魔法の才能もない。ですが、唯一、【危険感知】による回避能力だけは常軌を逸している。それを、最大限に活かします」

彼女の計画は、こうだ。

俺は、徹底的に防御と回避に専念する。

そして、相手が疲弊し、一瞬の隙を見せた瞬間、私が指示した『一点』だけを、カウンタースキルとして叩き込む。

それは、派手な必殺技ではない。だが、素人目には、まるで達人が相手の攻撃を見切り、最小限の動きで急所を突いたかのように見える、一種の『演武』だ。

「あなたに求めるのは、強さではありません。観客を魅了する、美しく、そして英雄的な『戦い方』です」

「……本当に、そんなことが可能なのか?」

「可能にさせます。そのための、地獄の特訓です」

◇◇◇

それからの三日間、俺は文字通り、地獄を見た。

エリスさんの工房は、さながら鬼の練兵場と化した。

朝から晩まで、訓練用ゴーレムを相手に、ひたすら回避運動を繰り返す。

ゴーレムの動きは、エリスさんがインプットした、過去の武闘大会出場者たちの剣技や魔法を完全に再現していた。

「遅い! 今の斬撃への反応が、0.2秒遅れました! それでは本番では斬られていますよ!」

「もっと腰を落として! 動きが大きすぎます! あなたは舞踏を踊っているのではないのですよ!」

エリスさんの、容赦ない罵声が飛ぶ。

俺は何度も地面に倒れ、その度に立ち上がった。

全身は痣だらけになり、筋肉は悲鳴を上げた。だが、不思議と、心は折れなかった。

リリの顔を思い浮かべると、まだやれる、という力が湧いてきた。

そして、約束のエントリー受付の日。

俺は、エリスさんに引きずられるようにして、冒険者ギルドの特設カウンターへと向かった。

体はボロボロだったが、その足取りには、三日前の臆病な俺にはなかった、確かな覚悟が宿っていた。

カウンターの受付係は、俺の差し出したギルドカードを見て、信じられないという顔で、俺とカードを二度見、三度見した。

「……あの、お客様。これは、武闘大会の参加受付ですが……お間違えでは?」

「いや。間違いない」

「しかし、あなたのランクは……F、ですよね? 大会には、最低でもCランク以上の実力者しか出場しませんが……」

受付係の戸惑いの声に、周囲の冒訪者たちも「なんだなんだ?」とこちらを見ている。

俺は、そんな視線を真っ直ぐに受け止め、はっきりと告げた。

「俺は、出場する」

その声は、小さく、だが、決して震えてはいなかった。

三日間の地獄を乗り越えた、俺の、新しい声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ