第17話『英雄の舞台』
「……舞台? おい、一体何を企んでるんだ?」
俺は、エリスさんの不穏な言葉に、思わず身構えた。
彼女の言う「計画」は、決まって俺のキャパシティを遥かに超える、とんでもない無茶ぶりなのだから。
エリスさんは、窓の外の夜景から俺へと視線を戻すと、完璧な笑みを浮かべた。
それは、獲物を見つけた商人の顔だった。
「ご存知ですか、アッシュさん。一年に一度、この工房都市アストラル・ギアで開催される、最大の祭典のことを」
「祭典……? ああ、そういえば、もうそんな時期か」
工房都市の創立を記念して開かれる、大規模な祭りのことだ。
普段は煤けて殺伐としているこの街も、その期間だけは華やかな装飾で彩られる。
「その祭典の目玉イベント……それが、あなたのための『舞台』です」
エリスさんは、一枚の豪華な装飾が施された羊皮紙をテーブルに広げた。
そこには、こう書かれていた。
『アストラル・ギア武闘大会』
「……は?」
俺は、そこに書かれた文字が理解できず、間抜けな声を上げた。
「武闘大会って……冒険者や騎士団員が、己の武勇を競い合う、あの……?」
「その通りです。優勝者には莫大な賞金と、都市最高の栄誉が与えられます。そして何より、この大会は、街の誰もが注目する最高のエンターテイメント。あなたの名声を、伝説から『神話』へと昇華させるには、これ以上ない舞台でしょう」
「冗談だろ!?」
俺は思わず叫んだ。
「俺が、武闘大会に!? 俺はFランクだぞ! 回避しかできない俺が、観衆の前で戦うなんて、絶対に無理だ! 一瞬で化けの皮が剥がれるに決まってる!」
これまでの依頼は、人目につかない場所だったから、ごまかしが効いた。
だが、大観衆の前で、一対一の戦いなど、できるはずがない。
俺の必死の抗議に、エリスさんは呆れたようにため息をついた。
「だからこそ、出るのです。あなたのその『ありえない勝利』が、あなたの神秘性をさらに高めるのですよ」
「だから、その勝利がありえないって言ってるんだ!」
「もちろん、策はあります。あなたには、私が用意した『脚本』通りに戦ってもらいます。相手の分析、弱点の洗い出し、そして、あなたのスキルを最大限に活かした立ち回り。全て、私が計算し尽くします。あなたは、私の指示通りに動くだけでいい」
「そんな漫画みたいな話が……!」
「それに……」
エリスさんは、言葉を切ると、大会の要項が書かれた羊皮紙の、ある一点を指さした。
それは、優勝賞品についての記述だった。
【優勝賞品】
金貨1000枚
聖白騎士団への入団推薦権
古代遺物『星見の羅針盤』
「……星見の羅針盤?」
聞き慣れない名前に、俺は首を傾げる。
「ええ。古代魔導文明の遺物の一つです。所有者が強く願った『物』や『場所』の、おおよその方角を示すと言われています。もっとも、あまりに伝説的な代物で、その実在を疑う者も多いですが」
俺は、息を呑んだ。
所有者が、強く願ったものの場所を示す。
つまり、それがあれば。
「―――『竜の心臓』の場所が、分かるかもしれない、と?」
「可能性は、ゼロではありません。金貨1000枚も魅力的ですが、我々にとっての真の狙いは、これです」
エリスさんの言葉は、悪魔の囁きのように、俺の心に染み込んでいく。
『竜の心臓』。
リリを救う、唯一の希望。
その可能性を前にして、俺の心は大きく揺らいだ。
だが、それでも、恐怖の方が大きい。
『ククク……面白い! 実に面白い余興ではないか、小僧!』
沈黙を保っていたイグニールが、腹を抱えて笑い出した。
『武闘大会、だと? 人間の見世物小屋か! よかろう、出てやろうではないか! お前のその無様な姿を、大観衆の前に晒してやるのも、一興よ!』
「お前は黙ってろ!」
『臆したか、乗り物よ? フン、この臆病者が! あの小娘を救いたいという願いも、その程度の覚悟であったか!』
イグニールの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
恐怖と、希望。
失うものと、得られるかもしれないもの。
その二つが、俺の頭の中で、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。
エリスさんは、そんな俺の葛藤を見透かすように、静かに、そして冷酷に、最後の一言を告げた。
「さあ、どうしますか、アッシュさん?」
彼女は、まるで舞台の演出家のように、微笑んでいた。
「英雄になるのか、それとも、最弱のFランクのまま、妹さんと共に朽ち果てるのか。選ぶのは、あなたですよ」




