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第11話『灼熱渓谷への道』


「―――訓練モード、レベル3。戦闘シークエンス、開始」

エリスさんの無感情な声と共に、目の前の人型ゴーレムの複眼が、赤い光を灯した。

次の瞬間、ゴーレムは凄まじい速度で俺に襲いかかってきた。金属の腕が、風を切る音を立てて俺の顔面を狙う。

「うおっ!?」

俺は咄嗟に身をかがめてそれを避ける。

だが、ゴーレムの攻撃は止まらない。パンチ、キック、薙ぎ払い。無駄のない、殺意だけが込められた連撃が、雨あられと俺に降り注いだ。

俺の役目は、攻撃ではない。ひたすら、回避すること。

スキル【危険感知】を最大まで研ぎ澄ます。

『右!』『下だ!』『次は回し蹴り!』

脳内に響く警告に従い、俺は転がり、跳び、滑り込むようにして、その猛攻を紙一重でかわし続けた。

「はぁっ、はぁっ……! おい、エリスさん! レベル3って、話が違うだろ!」

「Bランクモンスターとの遭遇は、常に想定外の連続です。そのプレッシャー下で、あなたがどれだけ動けるかを見る必要がありますから」

工房の隅で、エリスさんは水晶のパネルに浮かび上がる膨大なデータを冷静に分析しながら、平然と言い放った。

鬼か、この人は。

『遅い! 動きが直線的すぎるぞ、乗り物! その程度では、我が背に乗る資格はないわ!』

肩の上では、イグニールがやじを飛ばしている。

「うるさい! だったらお前がやれ!」

『フン。我がやれば、このような鉄屑、一瞬で溶けてなくなるがな』

そんな軽口を叩く余裕も、もう限界だった。

心臓は張り裂けそうで、肺は灼けるように痛い。手足が鉛のように重くなっていく。

「計測終了まで、あと15秒!」

(あと、15秒……!)

朦朧とする意識の中、俺はリリの笑顔を思い浮かべた。

ここで倒れるわけには、いかない。

俺は最後の気力を振り絞り、ゴーレムの攻撃の嵐を、ただひたすらに、耐え抜いた。

「……三分経過。訓練、終了です」

その声を聞いた瞬間、俺は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

「……よくやりましたね。貴重なデータが取れました」

エリスさんは、汗だくで倒れる俺を一瞥すると、満足げに頷いた。

◇◇◇

翌朝。

俺は、全身を襲う筋肉痛と戦いながら、出発の準備を整えていた。

「これが、あなたの身体データに合わせて最適化した、光学迷彩ポーションです。効果時間は、正確に三分十五秒。それ以上は持ちません」

エリスさんから、改良されたカプセルと、ソニック・グレネードなどの魔道具一式を受け取る。どれも、彼女の技術の粋を集めた一級品だ。

準備を終え、俺は眠っているリリの枕元に、書き置きを残した。

『少し長めの仕事に行ってくる。良い薬、買ってくるからな』と。

本当は、顔を見て「いってきます」を言いたかった。

だが、この危険な依頼を前にして、リリの心配そうな顔を見たら、足が竦んでしまいそうだったからだ。

俺は、眠る妹の頭をそっと撫でると、静かに家を出た。

◇◇◇

俺とエリスさんは、中層区の発着場から、乗り合いの魔導蒸気車マナ・スチームカーに乗り込んだ。

蒸気機関と魔力機関を組み合わせた、この世界独特の乗り物だ。ゴトゴトと不快な振動を立てながら、灼熱渓谷へと向かって荒野を進んでいく。

「……本当に、うまくいくのか?」

車窓から流れる景色を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。

「成功率は、87%。私の計算では、そうなっています」

「残りの13%は?」

「想定外のアクシデントです。例えば……ワイバーンが、実は三匹いた、とか」

「縁起でもないこと言うなよ……」

「ですが、そのためのポーションであり、あなたのスキルです。私は、あなたという不確定要素に賭けているんですよ、アッシュさん」

そう言うエリスさんの横顔は、いつになく真剣だった。

彼女もまた、この依頼に全てを懸けているのだ。

やがて、蒸気車の窓から見える景色が、一変した。

緑の草原は消え、赤茶けた岩と、乾いた砂の大地が広がっている。

陽炎が立ち上り、空気が肌を焼くように熱い。

灼熱渓谷。

目的地に、到着した。

俺たちは蒸気車を降り、ごつごつとした岩場に足を踏み入れる。

遠くで、甲高い鳴き声が響いた。

見上げると、遥か上空を、巨大な翼を持つ影が旋回している。

―――ワイバーンだ。

エリスさんが、双眼鏡型の魔道具スコープで空を見上げた。

「……いますね。あの岩山の頂上付近に、巣があります」

彼女が指さす先は、切り立った崖の中腹。人間がまともに登れるような場所ではない。

「作戦ポイントへ移動します。ここからは、音を立てず、慎重に行動してください」

エリスさんの声に、緊張が走る。

俺はゴクリと唾を飲み込み、腰のショートソードの柄を握りしめた。

圧倒的な自然の脅威と、Bランクという格上の魔物。

俺たちの、無謀な挑戦が始まろうとしていた。

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