表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/27

第10話『Bランクのワイバーンと魔道具技師の策』


「兄さん、今日のスープ、とっても美味しいね」

「そうか? 今日は少しだけ良い干し肉が手に入ったからな」

妹のリリが、花が咲くような笑顔でスープを頬張る。

Cランク依頼の報酬で得た金貨10枚は、俺たちの食卓を劇的に変えていた。

今までは水のようなスープと硬いパンだけだったのが、今ではこうして肉の欠片が入り、リリの笑顔が増えた。

……たとえ、この金が嘘で稼いだものだとしても、この光景には価値がある。

俺は自分にそう言い聞かせた。

この何でもない、温かい時間が、俺にとっては宝物だった。

その、穏やかな時間を破るように、懐に入れていた古い銀貨が、ポケットの中でかすかに震えた。じんわりと、熱も持っている。

―――これは、エリスさんからの合図だ。

最初の依頼の後、彼女から「緊急連絡用」として渡された、特製の魔道具だった。

普段はただの古い銀貨にしか見えないが、彼女が工房から魔力を送ると、こうして振動と熱で知らせてくれる仕組みになっているらしい。

「どうしたの、兄さん?」

俺の表情の変化に、リリが気づいたようだ。

「ああ、いや……ちょっと思い出したことがある。少し、ギルドに顔を出してくるよ」

「え、今から? ……あんまり、無理しないでね」

「大丈夫だって。すぐ帰ってくるから」

リリの頭をそっと撫で、俺は席を立った。

胸騒ぎがしないわけではなかった。あの敏腕マネージャーが俺を呼び出す時は、決まって何か厄介事が始まるのだから。

◇◇◇

エリスさんの工房の扉を開けると、いつもの金属と薬品の匂いが俺を迎えた。

彼女は工房の中央で、巨大な設計図を広げて何やら作業に没頭していた。

「よう。呼んだか?」

「ええ。お待ちしていましたよ、パートナー」

顔を上げたエリスさんは、満足げな表情で俺に手招きした。

「計画は上々です。FランクがCランク依頼を達成した、という事実は、噂の信憑性を高める上で非常に効果的でした。ギルド内でのあなたの評価は、今やDランクの上位冒険者に匹敵します」

「俺は、全然嬉しくないけどな……」

俺は工房の椅子にどかりと腰を下ろした。偽りの英雄を演じるのは、思った以上に精神をすり減らす。

「感傷に浸っている暇はありませんよ」

エリスさんは、そんな俺の葛藤を意にも介せず、一枚の新しい依頼書をテーブルに置いた。

「次の一手です。間髪入れずに、さらなる実績を積み上げます」

俺は、その依頼書を見て目を見開いた。

【依頼】灼熱渓谷の『ワイバーンの卵』の採取

【ランク】Bランク

【報酬】金貨30枚

「Bランク!? 無茶だ! いくらなんでも、ステップを飛ばしすぎだろ!」

思わず立ち上がって抗議する。

Cランクですら、俺はただ逃げ回っていただけだ。相手が空を飛ぶワイバーンになったら、回避に専念することすら不可能に近い。

「もちろん、無策で挑むわけではありません」

エリスさんは、工房の棚から数々の魔道具を取り出し、テーブルに並べ始めた。

「ワイバーンの親は非常に強力ですが、聴覚が異常に発達しているという弱点があります。この『超指向性音響爆弾ソニック・グレネード』で親を巣から引き離し、混乱させている隙に、あなたが巣に侵入し、卵を回収する。単純な作戦です」

「単純って……言うのは簡単だけどな!」

「あなたには【危険感知】があります。巣に侵入し、危険を避けながら卵を一つ確保して離脱するだけなら、可能なはずです。攻撃する必要はありませんから」

彼女の計画は、いつも理路整然としている。

だが、机上の空論と現実は違う。

「もし、もう一匹いたらどうするんだ? ワイバーンはつがいで行動するって聞くぞ」

「その可能性も考慮済みです。万が一の際は、これを」

エリスさんは、小さなカプセルを俺に手渡した。

「高濃度・光学迷彩ポーションです。服用すれば、三分間だけ、あらゆる魔力探知からも姿を隠せます。私が開発した、最高傑作の一つですよ」

準備は、万端。

彼女の頭の中では、すでに作戦は成功しているのだろう。

俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

Bランク依頼。金貨30枚。

それは、リリの治療の可能性を大きく広げる額だ。

それに、ここで怖気づいていては、いつまで経っても俺は最弱のままだ。

『フン。トカゲの卵拾いか。退屈な仕事だが、金が手に入るなら構わん。それに、万が一の時は、我が奴らを丸焼きにしてくれるわ』

「お前は絶対に出てくるなよ! いいな!?」

俺はイグニールに釘を刺す。こいつが暴れだしたら、卵どころか渓谷ごと消し飛びかねない。

『ぬぅ……。まあ、お前が泣いて命乞いをするまでは、黙って見ていてやる』

偽りの名声への罪悪感。危険な依頼への恐怖。そして、リリを救いたいという強い想い。

様々な感情が渦巻く中、俺はエリスさんに向かって、小さく頷いた。

「……分かった。やろう」

「交渉成立ですね」

エリスさんはビジネスライクな笑みを浮かべると、満足げに頷き、おもむろに壁際に設置された制御盤へと向かった。

「では、時間は惜しいので、早速作戦の最終調整に入ります」

彼女がいくつかのレバーを操作すると、ゴゴゴゴ、と低い駆動音と共に、工房の床の一部がスライドして開いていく。

そして、開いた穴から、鈍い金属光を放つ人型の人形ゴーレムがゆっくりとせり上がってきた。

「な、なんだこれ!?」

「訓練用の自律式ゴーレムです。これから、あなたの身体データを取らせてもらいます」

エリスさんは白衣の袖をまくると、俺に向き直った。

その瞳は、獲物を前にした研究者のように、爛々と輝いている。

「特に、あの光学迷彩ポーションは効果時間が極めてシビアです。あなたが危機的状況下で三分間、どれだけ動けるのか。その限界値を正確に把握し、ポーションの成分をあなたに合わせて最適化する必要があるのです」

「え、ちょっ、今からかよ!?」

「何か問題でも?」

有無を言わさぬその視線に、俺は「いえ、ありません」と答えるしかなかった。

このとんでもないマネージャーのペースに、否応なく巻き込まれながら、俺はショートソードを握り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ