ep31 怪しすぎる扉
雀女とは事前に合流ポイントを決めていた。研究所の中央に位置する螺旋階段。そこを上った先が葉加瀬個人の研究所となっており、基本的に立ち入ることができない。
螺旋階段に到着すると、既に雀女が待っていた。
「おっ、来たねお兄ちゃん」
龍我の存在に気付くと、自分が着ているメイド服を誇示するかのように一回転をした。
「……で?」
しかし、龍我は雀女に微塵も興味を持っていなかった。
「で? ってことはないでしょうよ……。まあいいや、本題に入るけど、あの先にシンマオちゃんがいるかもしれないの」
と言って二階を指差す。階段の先にある金属の扉はまるで独房の入口であった。
「ここか、中には入ってみた?」
「怖くて入れないわよ……! 中に何があるか分からないじゃない」
その先に何があるか分からない未知の領域、足を運ぶには相当の勇気が必要である。
「だからこの先はお願い!」
「おいおい……」
今日突入しようと提案した張本人であるにも関わらず、肝心な部分は兄に丸投げ。龍我も呆れざるを得ない。合流後のプランを聞いてなかったのは、直接話してくれるものだと思っていただけに、その落差は大きい。
「まぁいいぜ。妹の無茶ぶりに応えるのがいい兄の条件だからな」
とはいえ、龍我に他の選択肢はない。どんな困難が待ち受けていようとも、前に進む以外の道はないのだ。
「ありがと、シンマオちゃんはお願いね。あ、葉加瀬さんから部屋の鍵は拝借しておいたわ」
「それは怖くないのか……」
鍵を渡してきた雀女には、ツッコミを入れざるを得なかった。
重々しい扉を開けると、その先は廊下が広がっており、さらにいくつかの部屋が存在していた。
龍我は扉近くの壁を手探りで触り、照明のスイッチを入れる。
天井に取り付けられたオレンジ色の明かりが灯り、二階は少し明るくなった。
どこにシンマオがいるか検討も付かない。地道に一つ一つ部屋を開けて調べることにした。一つ目に調べたのは、入ってすぐの右側に位置する部屋。そこには数多の機械が乱雑に置かれていて、中には電動ドリルやチェーンソーなど、物騒な道具も存在した。
「…………」
龍我の顔が険しくなる。葉加瀬の使っていた〈研究〉というワードは、果たしてどういう意味であったのか、気が気でなかった。
不安が抑えきれないほど募る中、続いて向かい側の部屋に入った。
「……シンマオ!」
歯科治療用と思われるイスの上に、シンマオが横たわっていた。衣服も来ておらず、微動だにしない姿は、マネキン人形のようにしか見えない。
「シンマオ!」
シンマオの元に駆け寄り、再び叫ぶ。
「リューガ!」
龍我を認識したシンマオは、久々の再会にニッコリと顔を変えた。龍我もまた、シンマオが反応してくれたことに感激し、顔がくしゃくしゃになった。
「なぜ、ここにいるアルか?」
シンマオはゆっくりと上体を起こしながら聞いた。
「そんなことどうでもいいだろ! それより大丈夫だったか? 怪我とかないか?」
龍我の頭の中には、一つ前の部屋で見た野蛮な道具の数々がよぎっていた。会話自体はできていても、どこか欠損されているのではないかという不安が収まらない。
「ワタシ、アンドロイドアル。だから、怪我はしないアル」
普段と変わらない回答を受け、龍我の顔立ちは少し柔らかくなった。スムーズに会話が進められない、このやりとりが懐かしくて仕方ない。
「傷も付けられてないか?」
「ワタシ、傷ひとつ付かなかたアル」
シンマオは腰に手を当て、胸を張った。傷も汚れもない、艶のあるボディのままだ。
「良かったぁ……!」
安堵と同時に、シンマオの体をまじまじと見ていたことに自覚を持ち、急に小恥ずかしい気分になってしまった。
耐えきれなくなって目を逸らすと、白いチャイナドレスと黒いローファーが、テーブルの上に整列して置かれていることに気付いた。これらが元々誰のものであったかは言うまでもない。
「服あるじゃん。これ着なよ」
目をつぶりながら、服のある方を指差す龍我。
「分かたアル」
シンマオが着替えている間、龍我は目を閉じることにした。周りの情報は耳頼りとなる。金属がきしむ音は治療台から降りた音、甲高いコツコツとした音は歩く音。見ていなくても情景が想像付く。
「ここ一週間、葉加瀬にどんなことされてたんだ?」
シンマオの着衣中、龍我はどうしても気になることを尋ねた。
「耐久テストというものをされていたアル。ずっとここから出られなかったアル」
「クッソ……やっぱそんなことされてたのか……」
感じていた嫌な予感は的中していた。幸い、シンマオは大砲で遠方に飛ばされても無傷で済むほど耐久力が高かったため、電動ドリルやチェーンソー程度でダメージを受けるわけではない。それでも、酷い扱いを受けたという事実は残り、悔しく手仕方がなかった。
「着替え終わたアル」
「シンマオ! ここから出るぞ!」
再び開いた瞳には、熱い炎が揺らめいている。葉加瀬にシンマオを預けてはいけない、と龍我は強く感じた。元々あった決心がさらに硬くなり、口調も強くなる。
「出てもいいのカ?」
「当たり前だ!」
「分かたアル」
うなずいたシンマオは手術台まで戻り、そのそばにあったボタンを押した。
そうすると、一階と二階を結ぶ扉が安全性を考慮されていないスピードで閉まってしまった。




