ep30 潜入
雀女は研究所のバスルームで電話をしていた。第三者が来る心配をすることなく、家族と相談ができると思っていた。
「うん……じゃあそれまでに準備しておくから。じゃあね」
防水ケースに入れたスマホでの通話を終えると、すぐさまバスルームを出た。長時間入浴していると不審に思われる可能性があるからである。
出た先の脱衣所には、バスタオル姿のハミータが扉の前で直立していた。
「うぇえええええ!?」
人がいるとは思わず、驚いて変な声を発してしまう。二度見をして、はじめて相手がハミータだと認識した。
「お、お疲れ様です……」
おどおどとしながら会釈。そしてそばに置いていたバスタオルを手に取り、体を隠した。
「お疲れ様です、急かすようで申し訳ございません。私も早くお風呂入りたくなってしまいまして……」
ハミータも深く会釈を返した。
「は、はあ……別に構いませんが」
雀女は相手に懐疑的な目を持たざるを得なかった。入浴をしたいというだけで、わざわざ脱衣所で待つのだろうか。もしかしたら新参者の素性を探るために盗み聞きでもしていたのではないか。
そんなことが頭によぎると、風呂上がりなのにも関わらず全身がヒヤりと冷えてくる。
「あらまあ、バスルームにスマートフォンをお持ちで……」
雀女が固まっている中、ハミータは彼女の手元を目ざとく観察していた。防水ケース入ったスマートフォン、バスルームで使用したのが丸わかりである。
「え、えっとこれは……」
慌てて言い訳をしようとするが、それっぽい理由は思い浮かばない。面接の時と同じく、ただただしどろもどろとしているだけであった。
「お風呂に入る時ぐらいは、そういったものから離れた方がいいと思います。何かに依存しすぎるのは良くありません」
ハミータから受けたのはまさかのスマホ中毒に対する注意。あまりにも意外であり、雀女の顔は鳩が豆鉄砲を食ったようになった。
「は、はい……。気を付けます」
「お体を早く拭かないと、体が冷えてしまいますよ」
「はい……」
着替えを入れたカゴを持ち、そそくさと浴室前の扉から離れる。入れ替わるようにハミータがバスタオルを脱ぎ、中へと入っていった。
「…………」
深く言及がされることはなく、ほっと胸をなでおろして安心する。
「やっぱりザルすぎる……」
その一方で、相手の警戒感の無さに拍子抜けもしていた、
深夜十二時、都心から離れた郊外地区は非常に静かだった。木々とコンクリート建築物が共存した田舎町にはポツポツと明かりはあるものの、外には人がほとんどいない。
そんな郊外に龍我、玄麻、白加の三人は自家用車で到着した。当然、目的地は葉加瀬の研究所、約四十分の道のりである。
研究所の裏門に近くに車が止まる。敷地内がレンガで囲まれている中、ポツリと寂し気に黒い柵が設置されている。その先には白色の扉があり、そこから建物内部へ入ることができる。
「さっき雀女から連絡あったよ。鍵開けたって」
雀女が行っていた準備とは、門や裏口などの鍵を開けることであった。電話を終えてから龍我たちが到着するまで約一時間、その僅かな間に全ての準備を終えていた。
龍我と玄麻が車を降りる。研究所に侵入するのはこの二人で、白加は車内で待機し、何かあった際の通信係の役となった。
「頑張ってね二人とも。無理は……ダメだから」
「だってよ龍我。マジでバカなことだけはするなよ」
両親の言葉がいつになく重い。命の危険も顧みず突っ走る警戒されているのが、ひしひしと伝わる。
「分かってる分かってる。余計な心配はしなくていいよ」
とその場しのぎで言ったものの、両親には見透かされたようであった。白加はじっと目を細め、疑いの眼差しを向けながらゆっくりと車の窓を閉める。
不審に思われるかもしれないので、長時間の停車は禁物である。近くの駐車場まで白加は車を走らせた。
車が見えなくなると、龍我はスマートフォンを取り出す。
「雀女によると、葉加瀬さんはもう寝ていて、メイドさんは雀女以外全員帰ったってさ」
確認していたのは雀女からの報告である。よっぽど暇なのか、余裕があるのか、かなりの頻度で送られてくる。
「へぇ……というか逆によく泊めてもらえたって感じなんだけど、大丈夫か?」
それを聞いた玄麻は、まだ雀女が研究所内にいる事に引っ掛かった。親として、邪な被害に逢っていないかと心配をしているのだろう。
「それが一切手を出してこないんだって。母さんが言ってた例の部屋に籠ってたっぽい」
龍我も同様の感想を持ち、確認済みであった。
「うえぇ……、研究一心で助かったなぁ……」
そんな会話をしながら門の扉に手をかける。老朽化した金属が擦れる音が響かないよう、慎重に扉を引いた。
忍び足でこっそりと庭に侵入。元々人気がない場所であるため、素早く行動することより葉加瀬を起こさないことを重視する。さらに裏口の扉も開き、研究所の中まで入った。
葉加瀬が就寝中であるため、建物内は真っ暗であった。二人はスマホのライトを活用し、視界を確保する。
研究所に入った後のシナリオは大まかに次のようになっている。
玄麻が首謀者である葉加瀬を監視し、余計な動きをさせないようにする。その間に龍我と雀女がシンマオを発見する。その後、一同は研究所から脱出し、白加の運転ですぐさま家まで走り去る。
「んじゃ俺は行くから、無理しないで頑張れよ」
各々のスマホには研究所の見取り図を取り込み済み。おおよその目的地は迷わずたどり着ける状態にあった。実に万能なツールである。
龍我はコクりと頷いて、それぞれ別の場所を目指していった。




