ep29 急展開
葉加瀬のホームページにアクセスすると、本当にメイドの募集をしていた。
雀女だけでは不安という理由で、白加も別口で応募した。トントン拍子で話は進み、龍我が後頭部を殴られてからたった二日で、面接までありつけることとなった。
面接会場は葉加瀬の研究所。研究所といっても、傍からみれば広い敷地面積を持つだけの古風な洋館であり、事前知識なしで研究所と判断するのは不可能に近い。
雀女は私服、白加はスーツ姿。それぞれ中道家の人間だとバレないように赤井、緑野という姓を名乗り、面接中にボロが出ないように生い立ちや背景まで細かく設定をしておいた。
かなりの気合いを入れて臨んだものの、肝心の面接はほとんど雑談で終わってしまった。
「あ~、楽しかった。本当に来てくれる子がいるとは思わなかったら嬉しくてつい話し込んじゃった」
葉加瀬はニコニコと笑顔を見せ、いつも通りの面持ちであった。応接間のソファーに座り、お茶菓子を食べているだけ。ただの来客者のような扱いだ。
龍我から聞いていたそれとは違う、まだ素性を見せる気はないのだろうか。
「じゃあ早速二人には明日から……いや、予定が合えば今日から働いてもらっちゃおうかなぁ」
実質的な面接結果の伝達である。規格外の早さには、驚きを隠せない。雀女は白加の方を見て、同じ心境であることを顔から読み取った。
「はあ。別に問題ありません」
白加は平坦な口調のまま答える。
「……えっと、私も大丈夫です」
雀女も白加に合わせた。
「ありがと~。そういえば二人とも、顔つきが似てるね……」
親子なので当然だ。見比べれば見比べるほど、その類似点が目立ってしまうだろう。できれば凝視はされたくない。
勘づかれたら終わり、そんな心配が雀女に現れる。気づいたら手で頬や鼻、口を触っていた。少しでも誤魔化そういう気持ちが、無意識に行動に表れてしまった。
「え? そ、そうですか?」
緊張で平然を装いきることすらできない。手には汗が浮かび上がるばかりである。
「気のせいだと思いますよ。緑野さんとは初対面ですので」
一方、白加は表情を崩さず、落ち着いたままであった。
「う~ん、そうなんですね。でもなんというか……まるで姉妹だなぁ」
「まあ、緑野さんのような素敵な女性と似ているなんて……御光栄ですわ」
白加の声のトーンが少し高くなった。娘と同年代に見られたことが心底嬉しいようで、雀女に向けて勝ち誇ったような笑顔を向けた。
「いえ、こちらこそ……」
何もしていないのに敗北した気分。苦笑いを返すしかなかった。
「それでは制服に着替えてもらうため、更衣室まで案内します」
部屋の奥に静かに立っていた、メイド服姿の女性が声を上げる。
束ねた煌びやかな金髪に青い瞳、欧米の血を受け継いでいるようだ。日本語は巧みであり、声だけでは日本人と区別の付けられないほど流暢に言葉を話している。
「申し遅れましたが、わたくしはハミータと申します。お二方と一緒に働くこととなりますので、以後お見知りおきを」
頭を下げるハミータに、二人もそろえて会釈をした。
その日の夜、中道家。
龍我と玄麻は二人で夕食を食べていた。
食事のメニューは玄麻の創作料理。山盛りのフライドポテトに上に、様々な食材が煮込まれたシチュー的な何かがかかったソレが、大皿に載ってテーブルの上でとてつもない存在感を放つ。
お世辞にも食欲がそそられるとは言えない。独創性にのみ特化したものとなっていた。
食べられなくはないので玄麻の料理をしぶしぶと食べていると、白加がリビングにやってきた。
「お疲れ~っす。今日の仕事は終わり? ってか雀女は?」
白加と雀女がメイドの面接に合格し、即日仕事することになったことまでは耳に入っているが、その先の出来事は不明。二人ではなく、一人で帰宅してきたことが不可解だった。
「雀女はまだ葉加瀬さんのところ」
解答を聞いても脳内に浮かび上がる疑問符は消えない。むしろ増えてしまった。
「私、クビになっちゃったの」
質問をされる前に、白加は疑問符への解答を行う。そのままスタスタとキッチンのほうまで向かい、カップ麺を取り出した。これから夕食のようである。
「何でクビになったの?」
展開の速さに納得が出来ず、龍我はさらに深堀りを試みる。
「お皿四枚、窓ガラス六枚、掃除機二台壊しちゃった……」
完全に忘れていた、白加は家事が大の不得意であった。
基本的に手先が不器用で、気を付けていてもすぐに物を壊してしまう。料理にも興味は一切なく、カップ麺のフタを取って粉末を投入すると、蛇口から出る冷水をそのままカップに注ぐ。いい加減すぎるカップ麺の作り方を見て、メイドなど務まるわけないと確信できた。
「でも、部屋の見取りは把握できた」
そう言いながら、割り箸で乾麺を強引にほぐし、なんとか形だけはラーメンになった時点で食べ始める。その光景は、本当に同じ人類なのかという疑問まで湧いてくる。
「全部の部屋見れたの? じゃあシンマオには会った?」
食事そっちのけで龍我はシンマオの話を続ける。
「会えてないわ、部屋も全部の中までは見てない。怪しかったのは実験室、そこだけ私たちは入れなかった」
「へぇ、窓とかもなかったりする?」
玄麻も、どう考えても怪しい実験室に興味を持った。
シンマオ閉じ込められていてもおかしくない場所だ。裏山での一部始終、様子が分からないシンマオ、立ち入り禁止の実験室。それぞれが一本の線で結ばれていく感じがする。
「そう、だから中の様子は全く分からない。鍵もかかってるし簡単に侵入はできないわね」
「そっかぁ……。雀女のほうも心配だな」
龍我は葉加瀬に対する不信感、そして激憤でいっぱいになる。
「上手く忍び込めてたし、あの子なら大丈夫だと思うわ」
白加がそう言ったその瞬間、持っていたカバンがバイブレーションで震える。
「ちょうど雀女からだわ」
カバンからスマートフォンを取り出した白加は、その画面を龍我と玄麻に見せる。
一体何の用事だろうか、二人はごくりとツバを飲んで一気に黙り込む。緊張の糸が張られた中、白加が指を震えさせて応答のボタンを押した。
「はい、白加です。うん、ちょうど家に帰ってきたところ。ええ、そう。分かった」
神妙な顔をしながら相づちを打つ。片側の声だけを聴いても話が全く見えてこないため、龍我と玄麻の手には汗がビッシリと浮かび上がっていた。
そしてすぐに、白加がスマホをスピーカーモードに変え、テーブルの上に置いた。
『みんな聞こえる? ここ結構ザルだから、今から一気に決着を付けようと思うんだけど……』
その提案は、物語をさらなる急展開へ誘うものであった。




