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No.67 BOY MEETS THE WORLD③

 目が覚めると懐かしい感触がした。清潔で、質のいい羽毛の布団。気持ちがよいまどろみ。上半身を起こすと狭い部屋だった。ベッドサイドの窓が開け放たれている。石造りの部屋だったが圧迫感はなく、不思議と居心地が良い。

「起きたか」

 聞き慣れた声。開けられていたドアからダウンが入ってくる。

「ダウン……ここは、どこなんですか?」

「知らぬ。聖母龍とやらの居場所だ」

「てっきり、僕だけがここに飛ばされたかと思ったのですが……ダウンはこれまで何を?」

「それはこっちの台詞だ。おれは最初からここにいた。どこをどう歩いても、どこをどう魔術で壊そうとしても意味がない。そうしていたら、お前がいつの間にか、そこに寝ていた。何があった」

 ドアの横に腰を下ろしてダウンが言う。ベッドを降りてメイジは壁にたてかけてあった宝剣を手にした。鞘を抜くと最後に見た通りの美しい刀身が現れる。

「……祠にあったオーブが欲しくて見ていたら、不思議な声がしてあの中に吸い込まれました」

 自分の身に起きたことをメイジが説明する。登っても進まない山。ワイバーンの急襲。そして宝剣が蘇ったこと。気を失って気付いたらここにいたということ。一通り話し終わるとダウンは鼻をならした。

「早く死ねば良かったものを」

「それでは誓いを果たせませんよ。今、ぼくは一歩を踏み出しました。これから、ダウンに少しずつ見せていきたいと思っています。ぼくの覇道を」

「……好きにしろ。それより、誰かがおでましのようだ」

「行きましょう。多分、ぼくが会いたい方がいます」

 宝剣を腰に佩き歩いていく。その背中を見てから、ダウンは目を伏せた。前を歩く少年の踵を見て付き従う。そうすることしかダウンは知らない。ただ少しだけ、誰に従いたいかという欲望が芽生え始めていた。威張り散らす訳でも、何かが突出してダウンを突き放すという訳でもないのに、今の小さな主君が嫌いにならなかった。フォースとなってから、ずっとないことだった。


 部屋を出て廊下を進むと開けたホールに出た。そこはどこもかしこも真っ白で、ぽつんと椅子が2つ置いてある。あらかじめダウンが歩き回った時にはなかった場所だった。メイジはまっすぐ進んで椅子に腰掛ける。ダウンも何か気に入らなそうな顔をしながら座った。

「ぼくをここへ呼んだのは聖母龍……と呼ばれている、あなたでよろしいのですか? ぼくはあなたを何と呼べばいいでしょう?」

《何とでも呼べばいい》

 声が返ってくる。今度はダウンにも聞こえる声だった。

「それではマザードラゴン。ぼくはあなたに勇を示すことが出来たのでしょうか」

《確かに見届けた。汝の信念、それを貫こうとする意思を》

「オーブはいただけるのですか? それと、ちょっとおかしな話ですが、ぼくはただ欲しいと思っただけで、あのオーブにどんないわれがあるのかも分かりません。お聞かせ願えませんか」

《遥か昔、汝の国に1頭の竜が現れた。そして、その竜を汝の遠い先祖が退治した。その時に使われた剣が、汝の持つ剣。知っているはずだ》

「……正直、信じていませんでしたが。それで、この剣とオーブに、何か縁があるのですか?」

《竜はその体内に自身の力を司る宝玉のようなものを持つ。それこそが、汝の欲したオーブ。竜を退治した、汝の先祖はこの祠にオーブを持ってきて、わたしに未来への遺産とするように頼んだ。竜の血を吸った剣、竜を切った者の血、そして竜のオーブ。これらが合わされば再び、国を再生出来ると。汝が里へ訪れたことも、オーブを意味もなく欲しがったことも、何かの巡り合わせだろう。それ故、汝を試した》

 座ったまま宝剣を膝の上へ出し、ゆっくりと剣を抜いた。蘇った宝剣は美しく輝いている。

「ぼくは……あまり良い人間ではありません。自分が大切です。立場に関係なく、ぼくという人間を知らしめたい。どの時代、どの国の王にも負けぬ、ぼくの覇道を進みたい。そんな人間にオーブを渡してくれるのですか?」

《自分で言うのならば確かに良い人間ではないだろう。かと言って、悪い人間であるということにも繋がらぬ。例え、いびつに歪んだ道でも、破滅に向かう道でも、汝が進もうという意思を見せるのならばわたしはそれを阻まぬ。オーブを渡そう。その使い方を決めるのは汝の自由だ》

 しばらくメイジは宝剣の柄を握り締めていた。オーブを手に入れればどういう形であれ、宝剣がさらに強くなる。しかし、それをためらっていた。自分自身の実力がないのだ。強い武人が自分に見合った武器を探すのならば分かる。しかし、弱い者が強い武器を持とうと、それは宝の持ち腐れ。

「質問があります。宝剣を扱えるのはぼくだけなのでしょうか? 例えば、このダウンが扱うということは出来ませんか?」

 眉を潜めてダウンがメイジを見た。しかし、何も喋らない。

《通常の人間では素質がないために扱えぬだろう。だが、汝の従僕は人間の域を超えた戦士。その気になれば何者をも滅することさえ出来るだけの力を秘めている。問題なく扱えるだろう。だが、剣とオーブの合わさった宝剣を持とうと、その力は変わらないだろうが、それでも扱わせたいのか?》

「はい。……ダウン、よろしいですね。ぼくがこの剣を持つのにふさわしくなるまで預かっていてください。いつか、それが必要になるまで」

 鞘に納めた剣をダウンへ差し出すと、彼は無表情で受け取った。

「それではマザードラゴン。ぼく達を帰してください。どうもありがとうございました」

《良かろう。オーブは好きにもっていけ。なくなっても問題がないようにしておく》

 立ち上がり、メイジが一礼する。

 再び顔を上げると爽やかな風が吹いた。祠に向き合う形で立っていた。椅子は消え、祠のドアが開いてオーブがすぐ前に鎮座している。

「ダウン、宝剣はあなたが持って下さい。ぼくが竜の力を持ちます。いずれ、あなたから剣を受け取った時、ぼくがとびきりの舞台へあなたを連れていきます。血湧き肉踊る、骨の髄まで震える舞台に」

「……待っていてやる。それまで、せいぜい、おれを失望させないことだ」

 ぶっきらぼうにダウンが答える。メイジがオーブに手を触れると不思議な力が体内に流れ込んできた。魔力とは違う、しっかりとした何かの力。全身にみなぎり、少しずつなじんでいく。

「行きましょう。ファンランを出ます。竜にも会えました。……次は戦場を巡ります。人間の本性に会います」

「どこの戦場だ」

「リジュール地方。100万人の犠牲者を生み出し、いまだに収まることのない、全世界の争いを包容する地。……道すがら、ぼくがぎりぎり死なない程度に鍛えてください」

「死んでも知らんぞ」

「死んだら、それまでです」

 ふっと笑ってメイジが言う。里へ降りていく背中を見て、ダウンは左手に持っていた宝剣の鞘に魔力で何かを描いた。すると、それが消える。自在にものを出し入れする魔術師のスキルだ。理論だけを知っていても出来ない、技術が必要なもの。

「メイジ――」

 ダウンが呼ぶ。

 驚いた顔でメイジは振り向いた。

「お前の覇道とやらの先で、おれはお前と魔術を競り合えるのか?」

「……ええ。それこそ、最高の舞台にしますよ。それと、ぼくの名前、やっと気軽に呼べるようになりました?」

 知らん、とダウンはそっぽを向いた。

 2人の行き先はリジュール地方。世界でもっとも危険な場所。すれ違う人間を全員殺さなければ殺される、とさえ言われる混沌の地だった。それを分かっていながらメイジは薄い笑顔を口元に浮かべていた。

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