No.68 深紅の戦場①
「ご子息、ご息女、ともに行方不明とは災難としか言いようがありませんね。一般の家庭ならまだしも、一国の帝王、その跡継ぎたる2人がいなくなってしまうなんて」
マクスウェルが帝王ウインザードと会談している。いつものように飄々とした態度で彼はやって来た。いつもこの態度を崩さないことをウインザードは生まれた頃から知っている。だが、この非常時にまでへらへらされているのは釈然としなかった。
「マクスウェル、どちらか一方でも良い。早く、この城へ戻して欲しい。メイジを連れ戻すように命じた者は、遭遇した瞬間にのされてしまって足取り一つとして掴めない。やはり、あのダウンというフォースをつけたのは失敗だった。エグレットを向かわせようにも、彼女には別の任を与えていて動かせぬ」
「しかし、ダウンを倒して、殿下を連れ戻せる魔術師はそうそういません。わたしも安易に動ける身ではありません」
「ならばシュザリアはどうなのだ? ストリュース休暇でそのまま失踪など、何を考えているのか……。メイジのように置き手紙の1つも残さないなど、我が娘ながら楽天的というか、ただの間抜けというか……」
「それはムリでしょう。彼女の方こそ、本当に手がかり一つとしてないのですから。加えて寮で同質のクロエ君も彼女とともに姿を消しています。セブンを探しに行ったのではないでしょうか」
「セブンを……? どこにいると言うのだ? 連れ戻せるのならばセブンも連れ戻したい。だが、セブンは禁忌の魔術に呑み込まれたと聞いた。……助かるまい」
テーブルを挟んで向き合う2人。ウインザードはいつかより、ずいぶんとやつれてしまった。それもそのはずだろう。シュザリアが深魔の穴へ向かってから、2年もの月日が経ってしまっている。その間、シュザリアもメイジも、音沙汰ない。捜索隊を組んでも見つからなかった。
「シュザリア君も、メイジ殿下も、生きていることは確かです」
「何故分かる? わたしとて、そう信じたいが、その材料がないのだ」
「ふふ……。陛下はフォースがこの城へ開戦宣言をした時にいた、赤髪の生徒を覚えていらっしゃいますか?」
「確か、メイジと親交を持っていた子だな。頼りない印象であったが、無事にドラスリアムから帰って来られた」
「ええ。彼はグランギューロ・グランエイドに弟子入りして、つい最近、独立を許されたそうです。彼がメイジ殿下と剣と冠のリングを交わしています。そしてシュザリア君とは同じ班で、彼女にお守りとして魔術具のリングを渡したそうです。それらを通じて、今も、彼は2人の生存を確認しています」
「それは本当か? ならば、彼にどちらでもいいから連れ戻すよう、頼みたい。呼んでくれ。お前の生徒ならば容易いだろう」
「はい。そう仰ると思いまして、すでに言いつけてあります。メイジ殿下の方が近いということなので、向かっておりますよ。2年前は頼りなかったのですが、今では実技、理論、実践、全てにおいて最優秀、3年生にして学院最高の魔術師になっています」
ほほえむマクスウェルにウインザードはほっと胸をなでおろした。しかし、少しマクスウェルの言葉が大げさではないかという疑念もある。2年前の彼はただ怯えていただけにしか思えないのだから。
「その生徒……実力は確かなのか?」
「ええ、ひいき目抜きにしても優秀ですよ、アークは。成長というのは目を見張るほど目覚ましいのです。アークの場合は特に、それが顕著ですよ」
リジュール地方と呼ばれるのはグヴォルト帝国、軍事国家ドラスリアム、多種族国家アッシュレイの3国の国境が重なり合う土地だ。およそ100万人もの人間が暮らす、広大な土地。様々な歴史的経緯から、そこはどの国のものでもなく、その土地を制したものは広大なリジュール地方を手に入れられるということから、各国の軍隊や、立国をたくらむ組織、はたまた、難民や、傭兵など、様々な人間の入り乱れる混沌の地となっている。ほとんど雨の降らない土地で年に1度、降るか降らないかという荒漠たる土地になっている。しかし、その大地にはありとあらゆる資源があるとされており、リジュール地方を手に入れるだけで一気に巨万の富を得られるとも言われる。
「とか何とか言っちゃっても、こんだけ派手に殺し合いした土地で本当に幸せになれるかな」
赤い髪の毛をなびかせる、すらりとした体の少年。背が高い方ではないが、体の線が細かった。白いシャツに臙脂色のベスト。七分丈の濃紺のズボン。荒野の岩山に立ち、盛大に砂煙を上げている戦場を見渡している。
「今日も、いつもと変わらない殺し合いか……。嫌になっちゃうね。……こんなとこにメイジは何しに来てるんだろ。て言うか、どこにいるの?」
うーん、と唸りながら少年は広大な荒野を見渡す。収まらない地鳴り、雄叫び、銃声、魔法陣の輝き、火柱、水柱、などなど。眺めていても人など点にしか見えない。ため息をつくと少年はポケットから笹の葉のような舟形のプレートを出した。魔法陣がそこには刻まれていて、少年が両手で挟むと手の隙間から光が漏れる。再び手を放すとプレートが大きくなり、150センチほどのボードになった。すかさずそこに乗ると岩山から滑るようにして落ちていく。落ちたのも束の間、プレートがふわりと浮き上がって少年はそこに乗ったまま自在に空中を滑走していく。
「学長にご褒美もらうぞー!」
気合いを入れながら少年が戦場へ向かっていく。
「何だ、あいつ!」
戦場へ近づいていくと、剣を持った男が少年に気付いた。
「ここへ来る奴は全員敵だ! ぶち殺せ!」
「血の気が多いなあ……。殺しにくるからって殺し返せない、善良な魔術師の身にもなってよね——回転する炎」
プレートに乗ったまま少年が大きく戦場を取り囲むように回転すると、巨大な魔法陣が下方配置された。それが赤く輝くと少年が真上へ飛び出す。直後、巨大な炎の渦に大勢の人間が呑み込まれた。
「メイジ、どこにいるんだろ……」
焼けこげて、ぴくぴくと痙攣する、所属も分からぬ戦士達を後にして少年は呟いた。
アーク・ディファルト。彼は今や、名実ともに王立魔術学院ホワイトウイングの3年主席だった。




