2階(9)
「エル……さっきさ、ギルバートから聞いたよ。エルにかけられた本当の呪いの内容も。その呪いを解く方法も」
そういったサムはうつむいて、その表情はよく見えない。
「サム……ずっと言えなくて……ごめん。俺は……君に、嘘をついてた。……でも」
でも————。
そう自分で口に出して、その先の言葉は繋がらなかった。
————嘘を吐くのは、仕方なかった?
そうしなければ、自分が助からないから。
————傷つけたくなかった?
本当のことを伝えて、拒絶されるのが怖かったから。
何を言葉にしても、それはサムの前で言い訳にしかならないような気がした。
しびれを切らしたのか、目の前のサムは顔を上げると、無言のままニコリと笑顔を見せた。
それから、俺の方へと一歩、また一歩、と近づいていく。
「サム、待て、止まってくれ……」
サムはそれでも無言のままこちらへと近づいてくる。
その距離が縮まるたびに、俺は一歩、二歩と後ずさりをしていく。
腰のあたりを手さぐりに、手持ちの防具の場所を確かめる。
————間近に、サムの顔が近づく。
「エル……」
その瞬間、ふわり————と優しい匂いに包まれた。
「えっ……」
気付いた時には、サムに抱きしめられていた。
頬にサムの首筋が触れる。
久しぶりに感じる————サムの匂いがした。
「エル、よく頑張ったね」
サムはそう呟くと、右手で俺の頭を撫でた。
柔らかな手の感触が俺の頭をゆっくりとすべっていく。
俺は声を出すこともできなくて、サムにされるがままの体勢でいた。
その瞬間が、永遠の————時間のように感じられた。
何か、声を出さなくては。
「ぁ……どうして、だ? ……怒らない、のか? サム」
そう思って、かろうじて絞り出した声はそれだった。
「……ひどいな、エルは。もっと俺のことをわかってくれてると思ったのにな」
サムは俺を抱きしめたまま、耳元でそう言う。
「俺を許して……くれるのか?」
「ああ。もしもエルじゃなくて、俺が呪いを受けていても同じことをしたと思うんだ」
「そんな……皆が俺のために頑張ってくれているのに、それを利用するなんて」
「だから、頑張ってるって言ったんだよ。そうやって、エルは全部自分で抱え込もうとする。そういう責任感の強い所も嫌いじゃないんだけどね」
「サム……」
俺は心の中の靄が少しずつ晴れていくのを感じていた。
しかし、胸に鉛がつかえるような、一つだけどうしても解決できない問題があることもわかっていた。
それは————魔女の呪い、のことだ。
俺はサムに呪いを発動するのを怖がって、サムを避けていた。
しかし、それがかえってサムを傷つけてしまっていた。
サムをこれ以上傷つけない————そのために、俺はサムに”触れない”ことを止めた。
魔術闘技祭の決勝戦後のことだ。
それ以降、もちろん今も、サムは俺の呪いの力の影響を受けている。
「でも、そうサムが思ってくれているのも……この呪いのせいなんじゃないかって」
すると、サムは抱きしめていた腕を離し、少しだけ距離をとって、俺に向き合った。
その顔は完全にいつも通りのサムの優しい顔だった。
「……今なら少しだけエルの気持ちがわかる気がするんだ」
「俺の気持ち……?」
「さっき言っただろ。もしもエルじゃなくて俺に呪いがかけられたとしても、同じことをしただろうって」
「そう……だけど」
「俺にだけ触れてこなかったっていうのは、俺を”特別”に思ってくれていたからだよね」
俺はうまく言葉にできなくて、小さくうなずいた。
「……よかった。……少しくらい、自惚れてもいいってことだよね」
すると、サムは俺を見て満足そうに笑った。
その笑った顔がやっぱり、俺の ”好き” なサムだった。
「どうして、俺にだけ触れない……避けるんだろう、と正直苦しくて仕方がなかったよ。だけどね……理由を……呪いの内容を知ったら、エルが俺に触れないようにしてくれていたことを……その、嬉しく、思ったんだ」
「サム……」
「エルが俺を庇って代わりに呪いを受けた時。もう二度と目を覚まさなかったらどうしよう、俺の親父みたいにエルが抜け殻みたいになっちゃったらどうしようって。……俺が代わりに呪いを受ければ良かったって」
そう話すサムの瞳には、うっすらと小さな涙が浮かんでいた。
「こういえば信じてくれるかな……。相手を大事に思って行動できること、それが”真実の愛”だって、俺はそう思うんだ」
そういって、サムは両手をすっと上げると、俺の両肩に置いた。
サムの目がまっすぐこちらを捉えている。
思わず視線を逸らしたくなったが、あまりにも真剣なサムの顔を見て、俺もまっすぐにサムの瞳を見つめた。
「エル……好きだよ」
「気づいたのは最近かもしれない、だけどはっきりと言えるよ。もう”ずっと昔”から。好きだ」
————時が、止まった。
突然、サムは何かにこらえられなくなったように、俺の肩から手を離すと、その場にしゃがみこんだ。
そして両腕で顔を覆い隠すように伏せてしまった。
ただ腕の隙間から覗く両の耳が真っ赤になっているのは隠せていなかった。
「え」
まさか————。
恥ずかしがっている————?
サムの恥ずかしがる様子なんて、見たことが————あった、だろうか。
「いや……」
それよりも、サムが俺を————好き、だとそう言った。
————ここまでくれば流石の俺でもわかる。
サムの”好き”が、特別なものである、という意味が。
俺はにやけそうになる笑みをぐっと堪える。
それから同じように屈んで、サムの頭をゆっくりと右手で撫でた。
「サム、俺はもっとずっと昔から好きだったよ、君のことが」
すると、サムの耳が一段と真っ赤になったように見えた。
それから、「ずるい……」と、ぼそっと小声でつぶやいた。
「ずるい……俺が、エルを慰める格好いい役回りのはずだったのに」
「残念だけど、攻める方が俺の主義に合ってるんだ」
「攻める……?」
「いや、いいんだ忘れてくれ」
俺はサムの頭を優しく撫でてから、ゆっくりと腕を持ち上げて、立ち上がらせた。
サムは顔中真っ赤にして、俺から視線を逸らしたままだった。
「なぁ、キスしていいか?」
心拍数が上がっていく。
ドクン、ドクン、と心臓が波打って、その音が自分の鼓膜を揺らしているようだった。
顔に熱が集まって火照っていく。
サムは何も言わずにビクリと身体を反応させただけだった。
俺はそれを肯定と受け取って、ゆっくりと顔を近づけていく。
その瞬間————視界が、サムの手で塞がれた。
「サム……?」
「待って」
俺は拒否された理由がわからずに、動揺を隠せないでいた。
その顔を見たサムは、慌てて取り繕うように両手で違う、というように手を振った。
「違う、違うんだ。……その、そういうことは、この城を出て、エルの呪いが解けてからにしよう」
火照った顔が少しだけ、サムの声音で冷静になる。
「まぁ、確かに、そうかもしれない。……すまなかった」
「いや、その、そうでもなくて……」
「え?」
「心の準備っていうか……、今エルと、キ、キスとか、したら……が、我慢、できなく、……なりそう、だから」
そう話すサムの声はどんどん小さくなっていった。
「ま、待ってくれ……そんな可愛いこと言われたら俺が我慢できない」
「エ、エルのバカやろう……!」
手を伸ばした俺の手をサムが振り払う。
「そ、それに呪いの力かも、ってまたエルが心配するだろ。……俺は、もっと……純粋な気持ちでエルと触れ合いたい」
「待ってくれ……もう喋らないでくれ……これ以上は俺が爆発してしまう。それは……」
俺とサムがそんな会話を繰り広げてしまっていたその時。
ゴゴゴ……! と突然地面の揺れる音がした。
「な、なんだ……!?」




