2階(4)
————どういうことだ?
ユウリがサムの石を奪っていない?
だけど確かに、サムの腕輪に石は無かったはずだ。
「ユウリ……? 本当にサムの石は奪っていないのか?」
「……うん、おにぃに嘘は言わないよ」
ユウリの瞳には、一切の曇りが見られなかった。
その表情から、とても嘘を言っているには思えない。
————だとすれば、他の誰かが奪った?
ラルフ————は考えにくい。
サムは何かを飲まされて気を失い、気づいたら地下2階に居たと言っていた。
ラルフが他人に薬を仕込む、という芸当を取るようには思えない。
ならばギルバート————?
しかし武器庫の中で、サムの石はユウリに取られたと俺が話した時も、全く動じていなかった。
いや、それすらも演技という可能性もあるが————。
確かに真実を知った後でも、俺の石を奪い取ったこともある。
今でも石を集めて魔女に会う権利を狙っているという可能性も————。
「……ギルバートが、サムの石を奪ったのか?」
俺がそう呟くと、ユウリが「んー……」と考え込むように、細い顎に右手を乗せた。
「ねぇ、あの人はおにぃになんて言ったの……?」
「あの人って……サムのことか? 確か……」
ラルフと共に地下2階に落ちた時の事を思い出す————。
俺はサムの膝の上で目を覚ました。
それからラルフの石をユウリに奪われた地下1階での一連の出来事を説明したはずだ。
そのあとで、サムは確かこう言っていた————。
「……地下1階の迷路でさまよっているうちに、突然後ろから何かを飲まされて気を失った。気づいたら地下2階フロアにいて、その時には石は無くなってた。……と、そんな感じだったと思う」
そういうとユウリはすぐにピンと閃いた顔をして、それから「……ふうん」と一言呟いた。
「それ……ボクがラルフさんの石を奪った話をした後にしたんでしょ」
「……た、確かにそう、だな」
「……なら、おにぃの話を利用されたんだよ」
「利用……?」
その時、ある可能性が————頭に過る。
まさか————。
「……サムは石を奪われた、と俺に ”嘘を吐いた” のか?」
するとユウリは「ごめ~と~☆」と俺を見て、嬉しそうに手を叩いた。
静かな空間にパチパチと、ユウリの拍手の音が響く。
「魔女さんが用意したゲームは5つの石を集めること、だったよね。一つでも欠けたら、たとえ4つ持っていても意味がない。だから、このゲームで一番有利なのは……自分しか知らない場所に石を隠すこと。……ボクとおんなじ考えだよ」
ユウリは「ふふん!」とまるで探偵気取りのように、顎に手を当てる。
そして楽しそうに俺の周りをくるくると、ゆっくり歩き回っている。
「あの人は後ろから何かを飲まされて……て、言ったんだよね。ラルフさんの石を奪った後ならボクに間違いなく疑いが向く。でも、もしかしたらボクじゃないかもしれない。……誰が取ったかはわからない。……少なくとも、もう自分の手元に石がないと皆に思わせることで、自分の身を守ることにしたんだ」
「そうか……なら、全て辻褄が合う」
しかし、俺にはどうしても一つ引っかかることがあった。
サムが俺に嘘を言った事が————今まで、思い当たらなかった。
サムは————いつだって、真正面から俺と向かい合ってくれた。
なのに————サムに嘘を吐くのは、俺の方だった。
「……でも、サムは嘘を言うような人間じゃないんだ」
するとカツカツと地面を鳴らすユウリの足音が、ピタリと止んだ。
「……それだけ、本気ってことでしょ」
ユウリがいつにない真剣な声音で、天井を見上げながら、そう呟いた。
「……」
————俺の呪いを解くために、サムは俺に初めて嘘を吐いた。
————真実を知らないのは、もう、サムだけだ。
「早く……サムを探さないと」
するとユウリは小さくため息をついて、「はーぁい」と面倒くさそうに言った。
「ボクも手伝うよ。……もう石が必要なくなったって、なんだかおにぃ以外の人に集められるのは不愉快だから」
ユウリは不服そうに唇を尖らせていた。
俺は宥めようとユウリの頭に伸ばした手を引っ込めて、小さくお辞儀をした。
「ありがとう、ユウリ」
それを見たユウリは「……やめてよ、おにぃのバカ」と、俺から視線を逸らしそっぽを向いた。
「……じゃ、いこっか」
俺は仕方なく、膨れるユウリを横目に、部屋から出るためにドアノブに手をかけた。
しかしその扉を開いた先には————先ほど見た景色ではなかった。
目の前に広がるのは巨大な茶色の壁であった。
「あれ……?」
俺は部屋の外に一歩出る。
それから左右を見渡すと————突き当りが見えないほどに、長い、長い廊下が広がっていた。
「……どういうことだ?」
————これも魔女の館のカラクリ、なのだろうか。
————その時、後ろでギィ、と何かが軋んだ音がした。
「おにぃ!!」
————背後で、ユウリの声が聞こえた。
バタン————!
後ろで、強くドアの閉まる音がした。
「!?」
俺は咄嗟に後ろを振り向くと、今出たはずの扉が閉まっているのが目に入った。
ユウリの姿はそこに、ない。
「ユウリ!」
俺は慌てて今出た扉を開くと————元居たはずの部屋はすっかりなくなっていた。
そこは、全く別のがらんどうの部屋だった。
「……参ったな」
その時、どこかで聞いたような「フフフ……」という笑い声が、遠くから聞こえた気がした。




