2階(5)
(また一人になってしまった……)
小さくため息をついてから、廊下の左右を見渡した。
廊下は右も左も際限なく続いていて、視界が薄暗いためか、突き当りはここからでは把握できそうにない。
俺は先ほどユウリから受け取った、緑と黄の2つの石を左の腕輪にゆっくりとはめた。
「ユウリー! おーい!!」
俺は大声を上げてから、耳を澄ましてみる。
しかし一向に、ユウリからの応答はなかった。
それから近くの扉を何個か開けてみたが、やはりユウリの姿はどこにもなかった。
合流するのは一度諦めた方がよいかもしれない。
「とりあえず……迷ったら、左かな」
廊下には一定の間隔をあけて、向かい合わせに何の変哲もないシンプルな茶色の扉が均等に配置されていた。
俺はしばらくその廊下を左に歩いてみた。
しかし廊下の様子も扉の様子も何の変化もなく、いつまでも景色は一向に変わらなかった。
「……少し覗いてみるか」
俺は身近にあった扉を慎重に、ガチャリ————と開く。
しかし、そこは————やはり、がらんどうの同じ部屋だった。
「……はずれ、か」
それから何度か扉を開くが、開けるも開けるも、何の変哲もない同じような部屋ばかりで、何の収穫にもならなかった。
ユウリや————おそらくサムもしていたように、手元の2つの石をどこかに隠すことも、作戦としてはあり得る話だった。
だが、隠したところで、隠した本人が二度と見つけられそうにない。
「……魔女は何がしたいんだ? それともこの廊下には、何か意図が」
俺はふとその場で立ち止まる。
辺りは静まり返っていて、誰かの気配は感じられない。
耳をじっと澄ましてみる。
その時だった。
「……ん?」
どこかで誰かの、人の声が、囁くほどの音量で聞こえた気がした。
「あっちの方……か?」
俺は今進んでいた方へと歩を早めていく。
ヒタ、ヒタ、と自分の足音が廊下に響く。
「……ォ……」
「……誰かいる」
先に進むにつれて、次第に声が大きく聞こえ、誰かの気配が感じられた。
俺は相手を警戒して慎重に進んでいく。
「だか……ン……」
(……こっちか!)
俺は扉の先の相手に気づかれる可能性を考え、足音を消して進んだ。
「あいつは……」
その時、はっきりと声が耳に飛び込んできた。
俺は声の聞こえた先————ある一つの扉の前で足を止めた。
(ここ、だな)
俺は大きく深呼吸をして、それからドアノブにゆっくりと右手をかけた。
「……どうしてお前がそんなこと、知っているんだ!!」
その時————ひと際、大きな声が辺りに響いた。
(サムの声……だ)
俺はその怒鳴り声に驚き、思わずドアノブにかけた手を引っ込めてしまった。
————サムは誰と話しているんだ?
————そんなことって?
ぐるぐると思考が頭を駆け巡る。
「あいつは……嘘を吐いてる」
そして次に聞こえてきた声は————ギルバートのものだった。
この扉の向こうで————ギルバートと、サムが話している。
俺は思わず扉を開くタイミングを失って、その場に立ち尽くしていた。
まとまらない思考の中で、ギルバートの差す “あいつ” とは俺のことなのだ、と理解ができた。
おそらくギルバートは————俺が隠していた秘密をサムに話そうとしている。
(待って、くれ)
俺はその会話に飛び込もうと再びドアノブに手をかけた。
そしてドアノブに力を込めた————その時だった。
「それでも俺は……エルを信じるよ」
サムの真剣な声音に胸がドキリ、とする。
俺はドアノブに手をかけたまま、扉にゆっくりと左耳を近づける。
向こうで2人の息遣いと、ギルバートの舌打ちの音が聞こえた。
「そりゃ俺よりあいつを信じる……か」
「いや。……わかるよ、エルが俺に何か隠し事をしていることくらい」
ギルバートの問いにサムは間髪入れずに、そう答えた。
サムのその言葉に自身の胸が冷えていく————のを感じていた。
「なら何故、お前はあいつを信じるなどと……」
「……俺は、小さいときからエルとずっと一緒に育ってきたんだ。たとえ、エルが嘘をついていたとしても、それは誰か……人のためなんだ」
そのサムの言葉に、ギルバートが息を呑む音が聞こえた気がした。
「……俺は、そう信じてる」
「なら、お前は」
「だけど、ギルバートのことは信用してない」
扉越しでも、その会話の雰囲気から緊張感が伝わってくる。
今すぐにでも扉を開けて2人の前に出た方がよいのでは、という葛藤と戦っていた。
「ギルバートの言うことが本当なら、どうしてその腕輪に赤い……エルの石がついているんだ?」
「……ふん。なんでだろうな。……それより、お前の石は奪われたんじゃなかったのか? 嘘を吐くのはお前も同じか?」
ギルバートのその口調は、まるでサムを挑発するかのような物言いだった。
「ふざけやがって……」
「お前が本気であいつを助けたいならな……力ずくで、俺から奪ってみせろよ」
その瞬間————。
扉の向こうでズドン————と爆発するような音がした。
それからガラガラ、と何かが崩れる音が派手に廊下まで響いた。
「!」
俺は咄嗟に握っていたドアノブを回し、扉を開けた。
「サム! ギルバート! 大丈夫か!」
しかし————その視界に飛び込んできたのは、先ほどから何度も見てきた、何の変哲もない部屋であった。
そこに2人の姿はない。
「うそ……だろ?」
しかし廊下にはまだ衝撃音が響いていて、足元にはその振動がビリビリと伝わってくる。
「くそっ」
俺は手あたり次第のドアをバンバンと乱暴に開ける。
しかし、どこにも2人の姿は見当たらない。
そうして、5つ目のドアを開けたときだった。
「ふふふ……」
聞きなれた————そして、今となっては耳障りな声が天井から聞こえてきた。
「!」
「2人に繋がる扉はどれかしら☆ 2人のどちらかが倒れるか……それとも、貴方が2人を止められるのが先か」
「おい! ……いい加減に」
「それにしても、こんなに面白いカードがぶつかったのよ☆ あなたに邪魔なんて……させないわ☆」
その瞬間————小さな魔物の群れが突然何もない天井の空間から降ってきた。
俺は咄嗟に身を避けると、後ろへと転がった。
「おい! 魔女!!」
俺は上に向かって呼びかける。
しかし、もう魔女の声は聞こえてこなかった。
「グゴアァ……シャァアアア……!」
目の前の魔物が雄叫びを上げた。




