2階(3)
しばらく時が経ち、落ち着いたユウリに、俺はわかるように全てを打ち明けた。
自身の生命が少なくとも1年ではないこと。
そしてもう一つの呪いの存在のこと。
魔女の真意がまだ明らかでないこと。
このゲームに俺が勝つために石が必要であること。
ユウリは俺の胸の中でおとなしくそれを聞いていた。
触れている間、自身を好きにさせる————というもう一つの呪いの内容を聞いても。
なお、ユウリは俺のそばから離れようとしなかった。
「……黙っていてごめんな、ユウリ」
「『真実の愛』って、なに?」
ユウリは全てを聞いた後に、そう一言だけ呟いた。
「……ボクの気持ちは真実じゃなかったって、いうの」
ユウリは俺の顔をじっと見つめる。
それから俺の左手をそっと持ち上げると、自身の指と絡める。
「……おにぃに触れて、心臓がどきどきしてきて……大好き! って。そう、思うのは……真実じゃないの? 幻なの? ……おにぃは、そう言うの」
ユウリの悲痛な声に、俺の心臓が一突きにされたようだった。
「……」
それでも、ユウリが俺を慕ってくれる気持ちに、魔女の呪いは介入している。
————そこに間違いは、ない。
「……全部、全部、嘘だって言うの」
「そうだよ、これは……魔女の呪いのせいだ」
左腕が地面に叩き落とされる。
ユウリは真っ赤な顔をして、両目に涙をたっぷりと溜めていた。
「……ユウリ」
「みんなみんな……嘘つき! ……しんじゃえ……しんじゃえ!!」
ユウリは俺の全身を懸命にぽこぽこと叩く。
小さな衝撃はほとんど痛くなかったが、叩かれていない胸がどうしようもなく痛んだ。
小さな姿に戻ったルイが、心配そうにユウリの傍に駆け寄り見守っている。
「おにぃも…………爺やも……この世界も、ぜんぶ、ぜんぶ! なくなっちゃえ!!!」
「それは違う」
その言葉を聞いて、俺はユウリの両手首をグッと捉えた。
ユウリは懸命に振りほどこうと必死に抵抗をする。
しかし、俺は決して離さなかった。
するとやがて、ユウリは大人しくなる。
その目から涙がボロボロと零れ落ちる。
「……じゃあ、ボクがいなくなる。……この世界から」
「……そんなことを言うな」
ユウリの目から涙が零れ落ちる。
「……俺は嘘つきだった、かもしれない。だけど、ユウリが居なくなったら、ユウリのおじいさんがどれほど悲しむと思う? おじいさんが、どれほどユウリを……愛してたか」
ユウリは俺の目をまっすぐに捉える。
しかし、その目に込められた感情は怒りだった。
「……何も、知らないくせに」
————俺はユウリの家を訪れた、あの日を思い出す。
そう、おじいさんから聞かされたあの話を。
ユウリのお母さんはお父さんを蘇らせるため、禁忌を犯した。
それはユウリの血が必要だった。
だから————ユウリのお母さんは、ユウリを傷つけた。
ユウリのおじいさんが助け、その場は収まったものの。
禁忌の代償として————お母さんは、命を落としたこと。
そういった経緯があったはずだ。
「……」
しかし、俺がそれをユウリに言うことはできない。
おじいさんがユウリに、その事実を隠している以上————。
「……知ってるんだね」
「……え?」
————まさか、どういうことだ?
————それとも俺の知らない事実だあるというのか?
俺が呆気に取られて何も言えないでいると、ユウリは目に溜めた涙を少し拭って「ふふっ」と笑った。
「おにぃも……爺やもバカだよね。……ボクが、何もわからないはずないのに」
「……ボク、本当はわかっていたよ。お母さんがお父さんを蘇らせるためにボクを……殺そうとしたんだ、ってこと」
「……」
————ユウリは全てを知っていた。
予感は的中した。
————ならば、その事実をおじいさんにも俺にも話すこともなく、内に秘めていたというのか。
「……だって……だって……ずっと、ボク、お母さんの実験室で勉強してきたんだ。……それくらいわかっちゃうよ。……ボクは天才だもん」
「……ユウリ」
俺はユウリを優しく抱きしめた。
小さなユウリは俺の胸にすっぽりと収まってしまう。
胸の中で、また小さな泣き声が聞こえてくる。
「……でもな、ユウリ。おじいさんは、ユウリを傷つけないために————嘘を、言ったんだと思うよ」
ユウリの髪を優しく撫でながら、俺はそう呟いた。
————それは、本心だった。
(あの子に……、一時でも笑顔を取り戻してくれた貴方様に)
おじいさんが俺に向かって、言ってくれたことを思い出す————。
おじいさんは、ユウリを旅に連れて行ってほしいと、そう言った。
幼い頃からずっと暮らしてきて、閉じこもっていたユウリを————出会ったばかりの他人に託そうとした。
それは、本当にユウリの事を愛していたからできた決断なんじゃないだろうか。
「……わかってる」
ユウリは俺の胸からそっと離れると、泣き腫らした目をこちらに向けて笑った。
「ボク、爺やが大好きなの」
「……そうだな」
俺はもう一度ユウリの髪をわしゃわしゃと撫でた。
ユウリは「えへへ」と照れたようにもう一度笑う。
「……おにぃも大好き」
「……俺も好きだよ」
するとユウリは頭上の俺の手をそっと外して、両手でそれを握りしめた。
ユウリの真剣な顔が俺を見上げる。
「……ボクのこと好き? ボクが一番? じゃぁ、これからはボクだけを見てくれる、ってそう言ってくれる?」
俺はその問いにぐっと胸が詰まる。
ここで答えを間違えれば、ユウリはまた心を閉ざすかもしれない。
そして————ユウリが持っている石を手に入れることはできなくなる。
嘘でも『一番だ』と、そう言った方が良い、と一瞬頭を過る。
————しかし、俺の答えは決まっていた。
「……それは約束できない。俺は、ユウリも、旅の皆も、同じくらい……大好きだ」
俺がそう言うと、ユウリは「……はぁ」と小さくため息を吐いた。
「……おにぃは、嘘ばっかり」
それからツンとそっぽを向く。
「……でもね、優しい嘘はイヤじゃないよ」
そういうとユウリは奥の壁に向かって歩き出した。
ちょんちょん、と右手をこちらに向けて、手招きしている。
どうやら、石の隠し場所を案内してくれるようだった。
「こっちだよ」
ユウリが壁のある一点を見つめる。
その一点はほんの少しだけ、色が違うように見える。
しかし、言われなければ気づかない程度だ。
「えい!」
ユウリがその一点を人差し指でツン、と突く。
すると壁が『ガコンガコン』と動き出した。
やがて、壁が開くとそこに————人が数人でいっぱいになってしまうような小さな部屋が現れた。
部屋の中には小さな引き出し付きのテーブルとイスしかない。
「……すごいな」
「隠れ場所、みたいでしょ」
ユウリは引き出しを慣れた手つきで開く。
そこから何かを取り出した。
「……おにぃ、ごめんなさい。石はおにぃに、渡します」
そう言ってユウリは俺の目の前に両手を差し出す。
その手のひらの上には『黄色』と『緑』の2つの石が乗っかっている。
黄色はユウリのもの、そして————緑は地下でラルフから奪った石だ。
(……おかしい)
————ユウリが持っている石の数は、3つのはずじゃなかっただろうか。
「ユウリ……サムの石はどうした? 青色の」
俺が質問を投げかけると、ユウリは首をコテンと傾けた。
「……どういうこと? ボクが奪ったのはラルフさんのだけだよ?」




