1階(4)
しばらく現状が呑み込めなかった。
どうして————ギルバートが俺の石を奪う必要がある?
石を奪うということは、俺の作戦————みんなに全てを話して、このゲームに勝つ。
それが受け入れられなかった、ということだ。
(それより……)
先ほどの唇の感覚が消えない。
それから————。
闇の中で聞いたギルバートの声色。
(どうして、あんなに悲しそうだったのだろう)
————胸が締め付けられた。
俺のことを油断させたかった————とはいえ。
石を奪うだけで良かったなら、もっと力づくでも良かったはずだ。
少なくともギルバートなら、それができたはずだ。
(……少しは俺のことも考えろ)
ギルバートがそう呟いた言葉。
頭の中でまとまらない思考がグルグルと巡っていく。
俺は右手でそっと、自身の唇に触れた。
「なんで……ギルバートは俺にキスなんか」
「あいつと……キスを……したのか?」
その時、突然後ろから聞きなれた声が聞こえた。
俺はハッとして、振り返ると、そこには————ラルフの姿があった。
「ラルフ……! 無事だったのか」
俺が駆け寄ろうと足を踏み出した時だった。
ラルフは下を向いたまま、右手を上げこちらを静止させるようした。
「……ラルフ?」
「……頼む、応えてくれ」
ラルフの真剣な物言いに俺は一歩後ろに下がった。
「それは……本当だけど……でもそれは、俺の石を奪うためで……」
そう言って、俺は赤い石の無くなった左の腕輪を掲げた。
ラルフはそれを一瞥すると、驚くこともなく、ただ下を向いて唇を噛み締めていた。
「……知らねェ」
「……ラルフ?」
「石を奪うためだ……とか、そんなもんは知らねェ!!!」
俺はラルフの怒鳴り声にビクリと肩を震わせた。
しかし、そんな声を出したのも束の間、ラルフは急に小さく丸くなった。
「どうして……どうしてオレはこんなに怒っているんだ? いや、オレは……苦しいンだ……」
「待ってくれ……ラルフ」
ラルフの声を遮るように今度は俺が声を上げる。
俺にはやらなければならないことがある。
————自らの嘘を告白すること。
さきほどギルバートにした話を、他の皆にしなければならない。
ラルフ、ユウリ、————そして、サム。
俺は、このゲームに勝って魔女に直接会う。
なぜ魔女は俺に嘘を吐いたのか、その真意を知らなければならない。
俺の呪いを解く方法を知ったなら、皆が石を集める必要はもう無くなる。
————首元についていたペンダントは、ギルバートに壊されてもう、ない。
(たとえ、それが魔女の裏切りと同時に……皆への裏切りになったとしても)
「……話しておかなきゃならないことがある」
俺がそう言うと、下を向いていたラルフはゆっくりとこちらを見上げる姿勢になった。
「俺の生命は取られてなかった……少なくとも1年じゃない。俺もそれを知ったのは、さっきのことなんだ」
ラルフは驚いて目を見開く。
「……どういうことだァ? ……オメェは死なねェてことかァ!?」
そしてラルフは急にガッと俺の両肩を掴むと、信じられないものを見るようにガタガタと揺らした。
俺は、自身の首が取れてしまいそうなほど揺らされるのを我慢する。
ラルフはしばらくすると、落ち着いて考えこむ素振りを見せた。
「じゃ魔女の目的はなンだ……」
「……ああ。生命を取り戻すために……『真実の愛を手に入れろ』とそう、言われたんだ。そのためにもう一つの呪いをかけたと」
ラルフの喉がゴクリ、と音を鳴らす。
俺は自身の心臓がバクバクと音を鳴らしているのを感じていた。
呪いの力を使ったのは、もちろん自身の呪いを解き、生命を取り戻す目的だった。
それでも。
————誰かに、好かれたかった。
————愛されたかった。
その気持ちがなかったといえば嘘になる。
そしてラルフに呪いの力を使った。
それを言ったら————ラルフは。
きっと————俺を殴る。
罵倒されるかもしれない。
それなら、まだいい。
軽蔑されて、もう俺の前から居なくなるかもしれない。
目をギュッと瞑った。
「その呪いの効果は、相手に触れている間……自分を”好き”にさせること」
“好き”、その言葉が出た瞬間、ラルフがピクリと肩を震わせた。
それから眉間に皺を寄せた。
「……ア?」
ラルフはまるで理解不能といった顔でしばらくいた。
しかし、何かに気づいたのか、そっと俺の両肩から手を離した。
俺は一歩下がり、呼吸を整える。
それから、ここまでの経緯と、詳しい説明をラルフにした。
*
「……これが、話の顛末だ」
俺は自身の心臓がまだバクバクと脈打つのを感じていた。
ラルフの顔色をおそるおそる確認する。
「フ……フフ……」
「ラルフ……?」
終始黙っていたはずのラルフが、その時、突然笑みをこぼした。
俺は予想外の反応に呆気にとられた。
「ハッハハ……! そういうことかよォ!? ……オメェに触れてるとき、頭が沸騰しそうだったぜ!」
俺は久しぶりに豪快に笑うラルフに驚いていた。
それから、ラルフはひとしきり笑うと静かになった。
そして、まるで寂しさを噛み締めるように、フッともう一度だけ小さく笑った。
「そうか……そうか。あれは……オレがおかしくなったンじゃねェのか。……他人の、思惑だったのか」
「……ああ、そうだ。……本当にごめん」
「……アレが、本当だったら良かったのになァ、とそう……思っちまうよ」
「……でもな、オレはオメェに命を救われた。死ぬ気で守りてェと今でも思ってンだ。……魔女の呪いだか、なんだか知らねェが、オレは気にしてねェ。……オメェには仲間想いの優しい心がある。……獣のオレにも、平等に接しやがる。ずっと昔からな」
そういうとラルフはギラリと俺を真正面から捉えた。
「……あんまり自分を卑下するな」
その言葉に、沈んだ心が一瞬で浮き上がる。
————そうだ。
————ラルフは、いつでも俺に励ます言葉をくれた。
「ラルフ……ありがとう」
俺は心からの笑みをラルフに向けた。
すると、ラルフの顔はみるみると赤に染まっていった。
「バ、バカやろう……礼を言われるようなことはしてねェ! それに、オメェのこと……その、い、今でも……」
「……?」
「……いや、その……す、」
「……え?」
「いや、違ェ……違くねェが…………いや、違ェな」
ラルフはそう一人で自問自答を続けていたが、やがて大きなため息を吐いた。
そして突然、俺に背を向けた。
————その大きな背中は小さく丸まっていた。
「なァ……その呪いとやらが無事解けたらなァ……? またオレと ”ドーナツ” を食べに行ってくれねェか?」
————ぽかん、としてしまった。
この緊迫した状況に、あまりにそぐわない、そのワードに。
俺はラルフの正面に回り込み、その顔を覗き込んだ。
それが予想外だったのか、ラルフは慌てて俺から視線を逸らした。
————それから、自身の左頬を掻き始めた。
ラルフの顔は赤い。
左頬を掻くのは恥ずかしい時にやる癖だ。
きっとそれが癖なのだとは、ラルフは今も気づいていない。
「……ああ、もちろん」
すると、ラルフは顔を上げて、穏やかに笑った。
優しい顔をしていた。
ただその時————ラルフの目の端に少しだけ、涙が浮かんでいるのを見た。
その涙を拭ってあげたくて————思わず、手を伸ばした。
それに気づいたラルフは、伸ばした俺の手を遮るように、自身の手を挙げた。
「エル……今は、やめてくれ」
————俺はその言葉の意味を、瞬時に理解した。
伸ばした手を引っ込める。
手を戻す先が分からなくなって、宙を彷徨う。
「ごめん」
(……そうだ)
他人の涙を拭ってあげることも、できないのだ。
————俺は ”呪われている” 。
改めて、その事実を痛感していた。




