真実の鏡(2)
そう、そこに現れたその人物は―――写真の通り。
俺の姿にそっくり、といって過言ではなかった。
「おかえり、」
ギルバートは穏やかな笑みを浮かべていた。
それは今まで見たことのないほど、甘い、ギルバートの表情だった。
「ブルーノ」
―――ブルーノ?
ブルーノと呼ばれた俺に似た青年が微笑む。
「ただいま。ギル」
その青年にも俺の姿はやはり見えていないようだった。
やはり、ここは鏡の映し出す過去であるようだ。
とすればこれは、過去に本当に起きていた出来事を覗き見ている―――ということになる。
「すぐ飯にするから、待ってろ」
ギルバートが言う。
さっき持っていた白い袋は今晩の食材なんだろうか。
それにしてもギルバートが料理をするとは意外だった。そんな姿を見たことはない。
確かに調理器具は充実していたけれど、俺が来てからは申し訳なさもあり、食事はほとんど俺が準備していた。
「いや、いいよ。それより……」
すると青年が、言い淀んだ。
下を向いて肩を上げると、少しもじもじとした仕草をしている。
その仕草に違和感を覚えた。
―――やっぱり、俺じゃない。
確かに顔立ちは正直よく似ていて、パッと見ると俺ですら一瞬見間違いそうになる。
しかし横に並んでみると、俺よりも更に少し身長が小さい。
それに顔の右頬の方に俺にはないホクロがある。
そして第一、そんな仕草を俺はやらないな、と思った。
「僕が勝ったんだ、だから……」
「だから……?」
ギルバートが意地の悪そうな顔を浮かべる。
その表情を見たことはあるような気がした。
だけど、それはこんなにも甘かっただろうか。
―――すごく楽しそう、だった。
一方、青年はそんなギルバートを見て絶望した表情をしている。
「……冗談だ。お前は、本当に甘えん坊だよな」
あ、甘えん坊―――!
ギルバートの口から、そんな甘い言葉が聞こえてきて、思わず俺は頭がクラッとする。
ギルバートはブルーノの右腕をガシッと掴むと、リビングを出る。
廊下の一番奥―――そこは、ギルバートの部屋だ。
2人は部屋の扉を勢いよく開け、中に入る。
俺は良くないと思ったが、部屋を覗き込まずにはいられなかった。
さっきも捜索した時に違和感があった。
ギルバートの部屋には、今はなかったはずの大きなベッドがあった。
そしてその目に飛び込んできた光景は。
ベッドの上で、その青年の上に覆いかぶさるギルバートの姿だった。
その肌にビシビシと伝わってくる甘い雰囲気に、思わず一度手で目を塞いだ。
「やっぱりお前には、今年も敵わなかったな」
「でも、僕はギルとの試合が一番……刺激的、だったよ」
―――ギルバートは、このブルーノという青年と恋人だったのだ。
―――俺によく似た、その青年と。
これ以上、見ているのは野暮だなと思い、俺は2人に背中を向け部屋を出ようとした。
「……どう、すれば……」
その時、背後から囁くほどのか細い声が聞こえた。
その声音が震えているように聞こえて、思わず振り返る。
ギルバートは上体を起こしていて、両手を青年の顔の脇に置いている。
そして仰向けのままの青年を見下ろしている。
2人の視線が真正面から、ぶつかり合う。
「どうすれば……お前に、勝てんだよ」
ギルバートの声が少し震えているように聞こえた。
すると、青年が自身の右手を上げ、ギルバートの左頬に触れる。
「ギルはね……優しいから。僕相手に私情を捨てきれない。……だから、一瞬の隙ができる」
「……隙?」
「そう、今日の試合。相手が僕じゃなければ、ギルは勝ってたよ。……最後に飛ばしたあの魔法、ギルの全力じゃなかった」
「いや、そんなはずはねぇ」
「……うん、わかってる。わざと手を抜いたなら、僕だって怒ってるさ」
2人の間に少しばかりの沈黙が流れる。
しかし絡み合う視線を2人とも、ずらそうとはしない。
―――4年前の今日、ということは、その試合は魔術闘技祭の決勝戦だったのだろう。
そして試合はブルーノ対ギルバートで行われ、ブルーノが勝利した。
ギルバートは準優勝。
「でも、僕相手に躊躇したってことはさ。……ずるい言い方だと思う、けど……僕を……好きだ、ってことだよね」
「……」
その言葉にギルバートの肩が震える。
青年がギルバートの頬に触れた手に、ゆっくりと力を込めていくのがわかる。
「だから……君の勝ちだよ」
2人の顔の距離が、近づいていく。
―――これ以上、人の心を覗いてはいけない。
「戻してくれ」
気付けばそう声に出していた。
瞬間、視界が真っ白に覆われて、眩んだ。
*
気が付けば、そこは自室だった。
床には、粉々に砕けた鏡の破片が散らばっていた。
「あ、鏡が……」
「……見た、のか」
その声に驚いて後ろを振り向くと―――ギルバートがいた。
今日一晩闘技場で泊まって帰ってこないはずの、ギルバートが。
俺はその姿を見て、声を出せなかった。
真実の鏡を見たことを後悔する。
《魔術闘技祭は、3年前からギルバートが連覇してる》
《それまでは別の人が連覇してたんだ》
《その人は亡くなったんだ》
―――準決勝で相手をした人の言葉を思い出す。
―――それが本当なら。
《それよりお前、魔術闘技祭に出ろ》
《お前がすぐ負けて、それで笑ってやるつもりだった》
《これ以上、俺を……惑わせないでくれ》
《本気で……来いよ》
―――そして今までの、ギルバートの言葉を思い出す。
目の前に立っているギルバートの顔は、無表情で感情を読み取れなかった。
ただ4年前のその姿より―――少し大人になったんだな、と思った。
眉間の皴は深く刻み込まれていた。




