真実の鏡
俺は表彰式までを全て終えて、ギルバートの家の自室に戻ってきていた。
ギルバートは治療のために、今晩だけ闘技場の救護室に泊まるらしい。
俺もかなり疲弊していたため、今晩は解散として、明日詳しい事をみんなで話し合うことにした。
時計は22時を指している。
サムはこのキサスの街の宿屋に泊まっているらしい。
ラルフは相変わらず物置きで、ユウリはきっともう眠ってしまった時間だろう。
「サムともう少し話、したかったな」
サムと話した後、闘技場に戻ると俺が居なくなったことで騒ぎになっていた。
審判の人には後でこっぴどく叱られた。
俺がサムを連れ出して闘技場から駆け出す様を見て『まるで王子様を連れ出す王子様のようだった…!』と、一部の人々が色めき立っていたらしい。
―――もちろん男である。
そろそろ、早い所この街を脱出した方が良いかもしれない。
俺はカバンから『真実の鏡』を取り出した。
鏡は手鏡ほどのサイズで、金色の縁に可愛らしい花のデザインが施されている。
優勝の10万ギルはギルバートに手渡すつもりだったが、この副賞の鏡は―――俺の好きにして良いという約束だったはずだ。
本当はこの真実の鏡を、サムの気持ちを推し量るために使うつもりだった。
あの日―――喧嘩別れしたあの時の気持ちが知りたくて。
でも、その必要もなくなってしまった。
俺のサムに「好き」と言った感情は―――おそらく届いてない。
だけど明日からまた一緒にサムと旅ができるんだ。
そう思うと今はそれでもう十分だった。
(あのコの "ヒミツ" を知りたい?)
決勝戦の時に聞こえてきた魔女の言葉を思い出す。
「……もしも、ギルバートの秘密が何なのか知れるんだとしたら」
魔女の言った、ギルバートの秘密が何なのか検討もつかなかった。
ただギルバートが俺を嫌うには、俺の性格だけではない何か別の理由があるような、そんな気がしていた。
それが、その秘密に関係しているというのだろうか。
覚悟を決める。
それを覗き込むなら、鏡を使うなら、今晩しかない。
「ギルバートが、俺を嫌う理由を、教えてほしい」
その瞬間―――鏡から眩い光が溢れ出して、俺の視界を包み込んでいった。
―――何も見えなくなる。
意識を失った。
*
気が付くと、そこはいつものギルバートの家のリビングだった。
腰には柔らかな感触と、包み込まれるような安心感。
ここは―――よく座っているソファの上だ。この座り心地の快適さは覚えている。
「なんだったんだ?」
リビングを見回す。
すると―――なんとなく違和感があった。
「なんかいつもよりごちゃごちゃしているな。物が多いのか……?」
注意深く部屋を見回していく。
その時カレンダーに目が留まった。
日付を見ると、今日の日付の所に赤く目立つように丸が書いてあり「魔術闘技祭決勝戦!」と書いてある。
―――こんなもの書いてあっただろうか。
しかし次に決定的な項目を見つけた。
「4年前……!?」
カレンダーは現在から4年も前の年号を示していた。
―――どうやら俺は4年前の同日にいるようだった。
座っていたソファはよく見れば、新品同然に綺麗で、掛けられた緑のカバーも少し違うデザインのようだった。
机の上に並ぶ置物たちも少しずつ違って、いつもより可愛らしい小物が多い。
これはタイムスリップ―――なのか?
俺は慌てて家中をバタバタと駆けながら、捜索をしていく。
―――すると、気づいたことがあった。
台所に行けば、食器に2つセットのものが多い。
洗面台には、歯ブラシが2つある。
そして今俺が寝ている部屋は―――そこは、変わっていなかった。
「ギルバートの他に、もう一人、住んでいる人がいた?」
リビングに戻ると、ふと写真立てが目に入った。
―――この写真立てには見覚えがある。
俺が伏せられた写真立てを上げようとして、ギルバートに「いい加減にしろ」と怒られた時のものだ。
そう言えば翌日からあの写真立ては無くなっていたっけ。
ギルバートが片付けたのか、と思っていたけど、あまり気に留めていなかった。
見るな、と心の中で声が響いている。
でも、それこそが何か重要なもののような気がして、俺はそれを手に取った。
「嘘だろ……?」
―――似ていた。
そこに写っていたのは、ギルバートの姿とその隣―――もう一人、俺の姿に良く似ていた。
「いや、どういうことだ……」
詳しく写真を観察しようとしたその時、玄関の方から、扉が開く音がした。
―――まずい。
ギルバートが帰ってきたのかもしれない。
「隠れないと……」
俺は大慌てで、どこかに隠れようと思った。
しかし2階に行く階段は廊下で、今向かえば鉢合わせになってしまう。
このリビングには隠れるところなんて、どこにもない―――!
そうしているうちに、すぐに時間切れになった。
リビングの扉が開かれて、案の定ギルバートが入ってくる。
俺は真正面からギルバートと対峙した。
「ギルバート! ごめん! 事情は説明……」
そう言ってから重大な事実に気が付いた。
ここは4年前。
だとすれば、俺の存在などギルバートが知る由もない。
しかし、ギルバートは俺の存在を気にも留めずに、台所に向かって行った。
どうやら買い物をしたらしく、両手に白い袋を持っていた。
「どういうことだ……?」
それから、ギルバートに再び声をかけたが、やはり応答はない。
「な、なぁギルバート……?」
そして、台所で屈むギルバートの肩に手を触れようとして―――
その手は宙を掴む。
擦り抜けた。
(ここは……鏡が映し出す過去なのよ。もうどこにも、存在のしない世界)
―――ペンダントから魔女の声がした。
過去の世界?
とすれば、タイムスリップではなく、幻というようなこと、なのだろうか。
俺は魔女に詳しく問いかけたが、それ以上説明をしてくれるつもりはないようで、声はまた聞こえなくなった。
「ギル~! 待ってよ~!」
その時、廊下の方からバタバタとまた音がした。
そしてバンとリビングの扉が開いて、誰かが入ってくる。
―――その姿を見て、俺は息を呑んだ。




