7話:王国にもあった不都合な事実
昼前の宿場町はすでに活気があって、ガヤガヤしている。朝一番の狩りから獲物を抱えて戻ってきた猟師、これから出発する冒険者や旅人、仕入れに熱心な商人に職人たち。
ボクはゴッハーに来たのは初めてだけど、自分が生まれ育ったゼロゼとよく似た雰囲気になんだか懐かしさを覚えた。
ゼロゼと同じなら、いろんな見当もつきやすい。
とりあえず獲物の買取をしてくれる店と、今夜の宿を探さなくちゃ。
珍しそうにキョロキョロしているリオンの手を引いて、ボクは街の中を歩きだす。
草ウサギ2匹は見つけた肉屋であっさり3000ジピーで売れた。たぶん晩御飯の仕込み用にすぐ売れる時間帯だから、お店の人も歓迎なんだろう。
宿もすぐに見つかった。素泊まり2000ジピーに朝食をつけてもらって二人で2800ジピー。値段的にも一人用の部屋しか取れなかったけど、大柄な冒険者も多いからベッドは広めだった。リオンと二人で寝るには十分だ。
そして部屋で荷物を降ろして、ボクたちはようやく一息つけた。
「なんだかすごい一日だったねえ…」
「うん、いろいろビックリしたね」
「ググレーン、あの女はなんなの?やっぱり魔族?」
ボクはベッドにリオンと二人で腰かけて、昨夜のことを「リオンの声」に聞いてみる。
するとすぐにボクの頭にあの声が響いてきた。
『そうだ。あの女はディセリーヌ。森獄を支配する魔将の一人だ。もう一人のローブ姿は現在は検索できないが、ディセリーヌの配下と思われる』
「ましょう…ってなに?」
『魔王ダムリアードの直属の将軍だ。12人いて、それぞれが強力な魔族の軍団を指揮している。魔将は実力により序列が決まっており、ディセリーヌは12位だ』
「12人中12位ってことは、一番弱いのか。確かにリオンと変わらない年頃に見えたしね」
『ディセリーヌは最後に選ばれた魔将だが、年齢は512歳だ。人族とは違い、見た目と年齢はちがう』
「ググレーン…そもそもだけどさ、魔族って魔王と一緒に勇者様たちがぜんぶやっつけたんじゃないの?なのに魔将はなんで12人もいるのさ?」
『非。我の検索結果には勇者という存在がなく、魔王と勇者の交戦記録もない。そして人族に魔王や魔将が倒された、という史実もない。12人の魔将は今も全員が健在だ』
無責任にすら聞こえるググレーンの答えに、ボクは怒りと困惑を覚える。
「だ、だって、300年前に勇者トゥリビヨンとその仲間が壮絶な相打ちの果てに魔王を倒して平和が訪れたって、誰でも知ってるよ!」
『300年前からの勇者プロパガンダは、当時の宰相ドバントによる政治的宣伝だ。事実ではない』
小さい頃からボクはパパの膝で勇者物語の絵本を読んでもらうのが好きだった。たまに訪れる吟遊詩人の歌を、人の輪の端っこで聞くのも好きだった。勇者を助ける伝説的な弓使いのフーリア、剣王姫シャサラリーン、そして大魔術師グベリ。
勇者たちの英雄譚を聞くと、今でもボクはワクワクする。
リオンを魔王役にして、木の枝を剣にして「勇者ごっこ」もしょっちゅうしていた。いつか勇者様の使った聖剣や鎧が飾られているというと、王国の宝物殿を見てみたいなーという夢もあった。確か来年には王都で勇者討伐300年記念の大きなお祭りがあるって、聞いたのに。どうせ行けないけど。
でもそれが全部ウソってこと??
ボクは頭がクラクラしてきた。
「でもそれって、単にあんたの知識が古くなってるだけなんじゃないの?ちゃんと調べたら、魔将も今では全員死んでるとか?」
『その可能性はない。我は常にアクフィック・レコルドを直接検索して、結果を伝えている』
「…じゃあ、魔王もまだ生きてるの?」
『魔王ダムリアードは301年前から存在していない』
ふふふ…。
思わず笑いが漏れる。
私とググレーンのやり取りをぼんやりした顔で聞いていたリオンがビクッとした顔になる。
「ははは…」
ボクはベッドから立ち上がると、腰に手を当てて大声で笑った。
「ウワーハハハハッッ!」
リオンからの『どうしちゃったの、大丈夫なのお姉ちゃん?』という視線を感じたけど、ボクはしばらく大声で無理やり笑いつづけた。どこかの部屋から「うるせーぞ」という文句が聞こえるまで。
「なんだー魔王死んでるンだ!あー心配して損した」
ボクは笑顔で心配そうにしているリオンの背中をバンバン叩いた。たぶんそれは不安をぬぐうために、自分自身に言い聞かせているんだろなーと自覚しながら。
「魔王が死んじゃったんなら、こっち(人族)の勝ちね。あとの雑魚はどうでもいいわ。リオン、汚れもの出して。一緒に洗濯してくるから」
「う、うん」
リオンが慌てて自分の荷物を解き、洗濯が必要な替えの服や下着を出してくる。
ボクは話はもう終わり!とばかりに二人分の汚れものを抱えて、宿にある共同洗濯場に向かった。うん、天気もいいし今から洗って干しても十分乾きそうだ。
さーお洗濯、お洗濯!
◇◇◇ ◇◇◇
『ねえ、えっと…ググレーン。魔王は本当に死んじゃったの?』
『魔王ダムリアードには人族のような寿命も生命の概念もない。その意味では死んではいない。存在して活動しているか存在しておらず活動していないか、だ』
『でももういないんでしょ?』
『そうだ。魔王ダムリアードは302年前まで存在して活動していたが、301年前から現在まで存在は確認されていない』
『魔王様はいないんだ。じゃあ、魔将は何をしているの?』
『魔王の命令を待っている』
『そっか、…魔将さんも大変だね。ところでお姉ちゃんのために蜂蜜焼きを作りたいんだけど、どうすればいい?』
『この宿には共同の炊事場があるようだ。そこで火も水も使える。小麦粉や油の実はその共同炊事場で蜂蜜との交換で入手できるだろう』
『わかった。ありがとう』
今は宿から人が出る時間のせいか、洗濯干し場は日当たりも風通しもいい場所が確保できた。
ボクの服と下着が2組に、リオンのものも同じく2組。本当はいますぐ服を着替えたいのだけど、洗った服が乾かないと着る服がないので仕方ない。
見れば、共同洗濯場の隣にある水浴び場も空いているみたいだ。宿に泊まっている人なら、洗濯場と同じように水浴び場も無料で使える。
たぶん夕方になると、装備を洗う冒険者でいっぱいになると思うこの時間に使うことができてボクはラッキーだ。
ボクは今の隙にと、すすいだばかりのタオルを持って一人で水浴び場に入った。
簡単な板囲いが並んだ「個室」を木製の樋が貫いている。この樋にキレイな水が流れていて、栓を抜くと個室で水が使えるよくある仕組みだ。
ボクは個室に入って板囲いを閉める。「囲い」といっても簡易的なもので、膝から下は丸見えだけど仕方がない。あとでリオンも水浴びさせよう。でも今は自分からだ。
サラサラと胸に巻いた帯を解く。去年あたりから走ると胸が痛くなってきたので、すこし厳重に巻いてある。女の子としてはもう少し大きくてもいいと思うけど、狩りの邪魔になると困るな、というのが正直なところだ。
女性の冒険者には、鎖帯を肩から吊るして胸帯に巻き込む人もいるらしいけど、そんなことして肩は凝らないのだろうか?…でも意外とリオンはマッサージが得意だから問題ないかなあ?…とか考えていると、ふと視線を感じた。
「誰かいるの?」
共同の水浴び場だから、もちろん誰かほかに居ても問題はない。手軽な宿なので、水浴び場も男女共同だし、今が空いているだけでもう少ししたら一仕事終えた猟師や冒険者でいっぱいになるのも分かってる。
でも今感じたのは、冷たい視線だった。
何というか大型の獣に、手ごろな昼ご飯として見られた時のような視線。
しばらく気配を探ってみた。誰もいない。
「…気のせいかな?」
誰の気配もない。昨夜のことが影響してビクビクしているのかな?
ボクは手早く水浴びを終わらせると、胸帯を巻いて上下の下着とショートパンツ、それに半袖のトップスを身に着け、革のベストを着込む。森に入るから本当は長袖シャツと長ズボンが欲しいけど、それはもう少しお金を稼げるようになってからだ。大きな布地の服は…高いんだ。革はもっと高いしね。ボクがいま着ている革のベストは、パパの形見を仕立て直したものだ。
嫌な予感がしたので急いで2階の部屋に戻ったけど、リオンの姿がない。どこにいったんだろう?でもよく見ると、部屋の真ん中でリオンの雑嚢が開いたままだ。『ちゃんと片づけなさい…』と思いかけて、雑嚢の中を見る。リオンがとても大事にしている蜂蜜壺と「道具」が入っていない。…うん、これはリオンからのメッセージだ。了解!
ボクは宿の共同炊事場を探しに部屋を出た。
それは洗濯・水浴び場とはちょうど反対にあった。どうして分かったかというと、とてもいい匂いがしてきたからだ。




