6話:なんで魔力が回復してるの?
一人去りゆくレイターンの背を見送ったあと、ディセリーヌはパッと明るく顔を輝かせた。
「…ラフラカーン!信じられん。オレの魔力が回復しているぞ!」
「はっ」
ラフラカーンは仮面をつけているため、その表情はうかがえない。だがゆったりとしたローブが微かに揺れていることから、ある種の動揺を感じていることは確かなようだ。
「魔力に飢えぬとは、なんと素晴らしきことか…」
ラフラカーンは嬉しそうに部屋の中でシャドーボクシングを始めた。その顔は見かけに相応しい子供っぽい笑顔だが、拳を繰り出すたびにデュカッ、デュカッと大きな風切の音がなり、遠く離れた部屋の窓が揺れる。そしてその拳の速さはラフラカーンをもってしても目で追うのがやっだった。
『これほどとは…しかも40ф半でこの状態。もしディセリーヌ様が完全に回復されたら…』
ラフラカーンは、約300年ほど前からディセリーヌに仕えて以来初めて目にした主人の底が知れない実力に、驚きを隠せなかった。
自分の身体が思い通りに動くことをしばらく楽しんだ後、ディセリーヌはフラカーンに尋ねた。
「ラフラカーン、お前の推測を聞こう」
「はっ。ディセリーヌ様の魔力回復には昨夜の人族が関与しているものと思われます。突然気を失われたのは、いきなり多量の魔力で満たされたことによる魔力酔いの可能性があります」
「ふむ。…それで?」
ディセリーヌが先を促す。だが、ラフラカーンはそれを口にするのにためらいを感じた。
何しろ今回の魔力回復は異常すぎるからだ。
そもそも魔将たるディセリーヌが持つ魔力量は尋常ではない。例えるなら干上がった池のようなものだ。少々の雨で満たされるはずもない。
ラフラカーンが記憶していたディセリーヌの魔力総量は、あの人族と出会う前は高々15фほどだった。
もしディセリーヌの魔力を40ф以上にも一瞬で回復させたというなら、それはあの人族の男が魔将、もしくは魔王に匹敵する魔力を持っていたことになる。
だがそれはあり得ない。
そもそも人族は魔族に比べて、種族的に魔力の許容量が圧倒的に少ない。いくら特殊で天才的な猫が生まれたとしても、平凡な虎に牙の大きさで勝つことはない。この世界では、人族と魔族の種族的な違いはそれほどまでに絶望的な差があった。
しかも一瞬で他者の魔力を回復させる術式など今まで聞いたことすらない。
魔法医レイターンによる魔力回復でさえ、大量の屑魔核を媒介として術式を駆動し、半時間ほどかけてようやく15ф程度増える回復しかできないからだ。
ましてや、魔術師でもない普通の人族が一瞬にして回復させたのだ。そんな術式があるとすれば、魔将を陥れる精神魔法の存在以上に得体が知れない。異常すぎる…とラフラカーンは考えた。
「ラフラカーン?」
「…方法は分かりませんが、昨夜の人族はラフラカーン様の魔力を回復させることができるようです」
「そのようだな」
ギン!
ラフラカーンは空気が凍るような音を聞いたような気がした。
刮目するとそこには、お口ポカン少女ではなく威厳にあふれた魔将の姿があった。
「…ラフラカーンに命ずる。これからの行動は誰にも知られるな。特にノベリアや他の魔将たちにな」
「ははっ」
「至急、あの人族どもを確保する。誰よりも先にだ。オレも出るぞ」
ラフラカーンは無言でローブの前を開き、ディセリーヌを迎え入れる。
そしてまるで子供がカーテンの陰に隠れるかのようにディセリーヌの姿がローブの中に見えなくなると、ラフラカーン自身も姿を消していた。
侍女たちは自分たちの主の出立を無言で見送る。よくあることだったので、慣れたものだ。
主が再びこの魔将の城に帰ってくるのは、明日か1か月先か10年後か。
侍女たちはいつもと同じようにこの魔将城の主を迎えるために、淡々と日々の業務に戻るのであった。
◇◇◇ ◇◇◇
宿場町ゴッハーまであと5キルメ--。
その古びた石板の案内を見た時、ボクはようやく『生き延びることができた』と感じることができた。
もちろんそれは、多大な期待かもしれない。きっとゴッハーの町には、勇者もいなければ難攻不落の王城もない。
でもボクは知っている。魔物は人間の町を決して襲わないことを。
そもそもボクたちの国の中心には森獄がある。
森獄はおっかないけど、深くまで立ち入らなければ珍しい薬草が生えてたりして獲ればお金になる。魔物もいるけど、普通の獣の影も濃い。
ボクのパパも森獄の境界ギリギリで獣や薬草を取る猟師だった。さらに冒険者となると、森獄のもっと深いところまで入って、小型の魔物を狩る。魔物は肉はもちろん、爪や角が薬や武器の材料になったりしてとても高く売れるからだ。
つまり森獄は恐ろしい場所だけど、多くの人を養っている生活の手段でもある。
だからこの国には森獄を中心にそこから半日ほどの場所に宿場町がいくつもあって、猟師や冒険者は宿場町と森獄を行き来して仕事をしている。森獄で獲物を取って、珍しいものを仕入れたい商人がいる宿場町で売るのだ。
また宿場町同士は歩いて半日弱くらいの距離の街道でつながっている。商人たちが行き来しながら、素材の買い付けや食料品・日用品の販売をしている。
さらに宿場町の後ろには穀倉地帯や街がある。大きな街は「環都市」と呼ばれ、森獄を中心にして12の環都市がある。そのうち4都市は特別に大きいため、守護都市と呼ばれている。ボクたちが目指しているシクシィーも守護都市の一つだ。
ボクたちが生まれ育ったゼロゼからは森獄を挟んでちょうど反対方向にあり、馬車でも10日以上・歩くと30日以上はかかる長旅になる。
そして森獄の近くを旅する人たちにとって、ある「常識」があった。
それは魔物や魔獣が出現する領域。
魔物たちはなぜか森獄にしかいない。森獄から出て、宿場町を襲うような魔物は今まで1匹もいなかったのだ。唯一の例外は迷宮という場所だけど、ここでも迷宮の外に魔物が出たことはないらしい。
ボクが住んでいた宿場町ゼロゼは、この国に約60ほどある宿場町の中でも森獄に一番近いと言われている。でもこの国ができるはるか前から、魔物が森獄から湧いて出て町に来たことは一度も記録がない、とパパは言っていた。だから宿場町には高い壁も魔物除けの柵もなく、誰でも自由に出入りできた。
『ひょっとすると魔物や魔獣は、森獄から離れることができないのかもしれない』とパパは不思議がっていたっけ。偉い学者さんが調べても、なぜ魔物が森獄から離れないのか分からないみたいだけど。
魔物と魔族はきっと同じようなもの。だからボクも宿場町までたどり着けば、魔族からも逃げきれたことになる…と思っている。昨日節約できたから、少なくとも今夜だけは宿場町でゆっくりできるゆとりがありそう。でも2泊以上になると、金額的にちょっと苦しいかな?
ボクは荷物から愛用の小型弓やナイフが入った狩猟セットを取り出すと、傍らで蜂の巣から蜜を取り出して小さなツボに溜めているリオンに声をかけた。
「ここにいて。何か獲物がいないか探してくる。1アワルくらいで戻るから」
「うん、分かった。気を付けてね、お姉ちゃん」
ボクはニコニコしているリオンに見送られて、街道から脇の林に入る。
植生は普通だ。森獄の影響はもうない。だとすれば時間も早いし、まだ人気もないから獲物がいるかもしれない。そしてボクはラッキーなことに半アワルもしないうちに足跡を見つけ、足跡をたどって2匹の草ウサギを巣穴の中で仕留めることができた。うん、上出来。
ボクはリオンの目に触れない場所で草ウサギの血抜きと下処理をして、狩り袋に入れる。
リオンは優しい子だから、目の前で獲物が〆られるのを見ると、悲しい顔をするんだよね。
それがボクたちの仕事でしょ、と思うのだけどリオンも頭では分かっているみたいでおかしな文句をいう事はない。
早く慣れて欲しいなーとボクは鬱陶しいのだけど、リオンのそういう純粋な所も大事なんじゃないか?と最近では少し思うようになってきた。
ボクが戻ってくると、リオンは蜂蜜を集め終わったらしく、ニコニコしながら待っていた。たぶんボクが重たそうにしている狩り袋を見て、成果があったのが分かったのだろう。
草ウサギ2匹だと、ギリギリ素泊まりの一人部屋代にしかならないけど、長い旅だとこういう細かい収入が効いてくるんだよね。
守護都市シクシィーまでざっと60日以上もの旅をしなくちゃいけない。先はまだまだ長い。
「リオンお待たせ。じゃあ行こうか」
「うん、わかった」
ボクはふと、大人になった自分たちのイメージが頭に浮かんだ。
ボクが森獄に猟に出て、リオンがニコニコしながら家で待っていてくれる。男女がまったく逆になっているけど、そういうのも悪くないか…とうっか
り思ってしまったところで、ボクは頭をブンブン振って、その妄想を追い出した。
うん、リオンはボクがしっかりした男に育ててあげないとね!
1アワルほどして、ボクたちは宿場町ゴッハーに到着した。




