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5話:魔法医レイターンはイヤなやつ

魔法医レイターンは不機嫌だった。

なぜ偉大なる自分がディセリーヌごときに呼び出されなければならないのか、と。


ディセリーヌは魔将の中でも序列が最下位の12位。魔王によってその身体に刻まれたロンゴーロッドの刻印も少なく未完成で、自分の魔導研究の対象としても興味の対象外だった。


しかしながらレイターンは魔王軍の中にいるただ一人の魔法医だ。

その義務感と、魔将に表立って敵対する必要もない…という消極的な理由から今日も診察の求めに応じた。


そもそも魔法医と言っても膨大な戦闘力と防御力を誇る敵なしの魔王軍において、治療者としての役割は小さい。魔王軍の1兵卒はともかく、上級兵士となるとそうそう被害を受けないし、大抵は自らの回復魔術かよほど酷い傷でも救助兵で事足りるからだ。


特に魔将ともなると多重の魔法障壁や魔導武具に守られており、レイターンの記憶ではこの500年ほどの天界との戦いでも、魔将が傷ついたこともなく治療の必要もなかった。唯一、魔将たちが傷つくとすれば、それはたまに発生する魔将同士の諍い--俗に『演習』と呼ばれている腕試しくらいである。


よってレイターンは治療者というより、魔導の研究者として活動している。

特に正体不明の魔導具や未知の攻撃魔術の解析を得意としている。


だが何よりもレイターンの興味を引き付けるのは、魔王ダムリアードが残した「ロンゴーロッドの刻印」が駆動する開門術だ。魔将のみが扱えるそれは既存の魔術体系とはまったく異なる、謎めいた魔法理論から成り立っている。それをもたらしたのは、魔将らの眷王たる魔王ダムリアード。

そしてその知識を独占しているのも魔王ダムリアードただ一人。


だがその魔王ダムリアードは300年前に忽然と消えてしまった。

レイターンが欲してやまない、ロンゴーロッドの刻印の秘密とともに。


残されたレイターンによるロンゴーロッド理論の研究は難航を極めた。資料もなく、主だった魔将の協力も得られず、ここ200年ばかりでようやく糸口がつかめたに過ぎない。


難航の大きな理由は、完成形に近い(とレイターンが考える)上位魔将の協力が得られないからだ。


魔王ダムリアードは自らが開発したロンゴーロッドの資料を何一つ残さず、どこかに消えてしまった。

いや、完璧な資料は残っている。その身にロンゴーロッドの刻印をまとい、開門術を駆動できる12人の魔将たちだ。レイターンにとっては、舌なめずりしそうな「生きた資料」と言える。


だが魔王ダムリアードをよく知る上位魔将たちは自らの主たる魔王の力量と、レイターンのそれを比べて歯牙にも掛けない。レイターンの邪な研究心も見抜かれており、自らのロンゴーロッドの刻印をレイターンに見せるどころか、近寄らせもしない。


仕方なくレイターンは、ディセリーヌを含む序列下位の魔将数名に「診察」という名の協力を仰いでいる。序列下位の魔将はロンゴーロッドの刻印が不完全なため、魔力不足に陥ることが多かったからだ。最低限の魔力をレイターンが補充する代わりに、魔将の身体に刻まれたロンゴーロッドの刻印に触れさせてもらい、研究を行う。


だがレイターンが本当に触れてみたいのは、上位魔将が持つ完成されたロンゴーロッドお刻印なのだ。

完璧な刻印を一目見たい…レイターンはかなわぬ望みをディセリーヌへの嫌悪に変え、冷たい笑顔で取り繕って魔力補充の準備をし始めた。


「レイターン殿、急に呼びたててすまんな」

「いえディセリーヌ様。魔法医としての務めでございます。お気になさらず」


レイターンが通された部屋で待っていると、ほどなくディセリーヌが現れた。背後にラフラカーンが控えている。レイターンはコイツも嫌いだった。


「前回の診察から、長い時間が経っておりませんな。まさかノベリア様と『演習』でも?」

「いや、それはない。だがこの数日、どうも気分が晴れないのだ。質の悪い魔核でも食ったのかもしれん。精神を含めて状態異常がないか、細かく『鑑識』して欲しい」


「承知いたしました。ではお召し物をお脱ぎください」


ディセリーヌはラフラカーンに向かって軽く頷くと、次の瞬間には一糸まとわぬ姿になっていた。

貧相な身体だ…とレイターンは思った。


ディセリーヌは身長が145セメルほど。

胸のふくらみは微かにあるが、女性らしい身体つきではなく痩せた少年のような体格をしている。


『女性としての魅力でも、自分の方がはるかに優れている』


レイターンはディセリーヌを見るたびにそう思っていた。


だがディセリーヌの貧相な身体には自分の身体にはない大きな、あまりにも巨大な価値があった。それがロンゴーロッドの刻印である。


「ふむ。私の『鑑識』では状態異常は見受けられません。ディセリーヌ様の肉体・精神共に健康でございます」

「うむ、そうか」


そんなことは部屋に入ってきたディセリーヌを一目見て分かったことだ。

だがレイターンはディセリーヌのスタートゥスに違和感を感じていた。


魔力残量がいつになく増えているのだ。普段のディセリーヌは総魔力量の20ф前後と低い水準で苦しんでいる。

領域の強力な魔獣を狩り尽くしてしまい、魔核の補充もままならない事情はレイターンもよく知っている。


だが今は40ф強ほどの魔力にまで回復している。


だったらなぜ私を診察に呼んだ?

レイターンはディセリーヌの意図が分からず、さらに不快になった。


「続いてお身体の刻印の確認をさせていただきます」

「うむ」


レイターンは一糸まとわぬディセリーヌに魔力をまとわせた掌を近づけ、刻印が反応するかを確認する。


『できそこないめ』左胸と背中の刻印を調べながら、レイターンは心の中で悪態をつく。


ディセリーヌはその身体に3つのロンゴーロッドの刻印を持ってはいるが、実はうち二つは未完成の小さな渦巻状の刻印だった。

それゆえ、ディセリーヌは魔将の序列としては最下位に甘んじている。


魔将の価値--すなわち戦闘能力は如何にロンゴーロッドの刻印術を駆動できるか、にかかっている。

魔王の求めに応じてロンゴーロッドの刻印を深めて数を増やし、そしていざその時が来ればロンゴーロッドの刻印を駆動し、魔王の命に従い敵を殲滅する--それこそが魔将としての存在意義だ。


だが今は。

魔将たちにロンゴーロッドの刻印を刻んだ魔王本人は12名の魔将たちに『我が命を待て』とだけ言い残して、約300年前に姿を消した。

魔王ダムリアードがなぜ姿を消したのか、それは魔将たちが察するところではない。

いや、自らの主たる魔王の行動と決断を疑うことなど、魔将にあってはならない。

待つこと。魔王の帰還を待つこと。

それこそが300年前から現在に至るまで、12名の魔将が守るべき最後で最新の命令なのだ。


◇◇◇ ◇◇◇


レイターンが駆動する外部魔力の刺激により、ディセリーヌの刻印は輪郭だけが浮き出る。これは一種のテストモードである。本来は魔将自らの魔力で駆動するロンゴーロッドの刻印を、外部からの魔力で「駆動確認」だけをおこなう方法があることをレイターンが発見したのだ。


特別な波長の魔力を近づけることで、刻印を浮き出させることはできるが、もちろん魔将本人の了解なく勝手に開門術まで使うことはできない。

いやおそらく了解があったとしても、使いこなすことはできないだろう。


『おや?』

レイターンはディセリーヌの左の尻に見慣れない小さな模様があることに気づいた。


Uを3個組み合わせたような模様だ。念のため魔力をまとわせた掌を近づけてみるが、特に反応はない。サイズも小さくレイターンが知るロンゴーロッドの刻印とは関係が薄そうだ。


『タトゥーでも勝手に入れたか?この馬鹿者が。お前の身体は魔王ダムリアード様のものなのに!』


レイターンはすぐに研究者としての興味を失うと同時に、汚れにも近い変な文様を付け足したディセリーヌに対してさらに不快になったが、ぐっとその感情を押し殺した。


持つ者と持たざる者。


レイターンは自分がディセリーヌに狂おしいまでの嫉妬を感じていることに気づいていない。


「診察は終わりました、ディセリーヌ様。もうお召し物を着ていただいて結構でございます」


「うん?今日は魔力回復はせぬのか?」

「ご冗談を。もう十分な魔力をお持ちのようですが…」


慇懃にレイターンに断られたディセリーヌは、騎士服に似た紅い衣装一瞬で着装してから改めて自分の指先の爪を見てみた。


4本が見事な赤い爪で、薄ピンクの爪が5本。そして残る一本は赤と薄ピンクが半々だった。

それは魔力が約45фまで回復していることを意味している。


ディセリーヌは衝撃を受けた。この数百年で、ここまで魔力が回復した記憶がなかったからだ。いつもは20фを切るか切らないかのギリギリで、レイターンにしぶしぶ頭を下げて魔力を回復させてもらっても30фほどが関の山だったからだ。


そして自分がいかに魔力に飢えて弱り切っていたかを自覚し、さらにショックを受けた。

『通りで、普通に起きただけで天井にめり込んだり、立ってるだけで足が床に沈むはずだ』


「…ディセリーヌ様?」

「ああ、そうだったすまん。実は久しぶりに大物の魔獣を狩ることができてな。デカい魔核を持っていたので食ったのだが、そこまで回復しているとは思わなかったのだ」


「それは重畳でございますな。では私はこれで」


わざとらしいほどの丁寧な礼をすると、いつの間にか現れた侍女が開けた扉をくぐり、レイターンは部屋から出ていった。最後までディセリーヌへの軽蔑を穏やかな笑みに隠しながら。


だがその後レイターン自身が自分の愚かさを死ぬまで悔やむことになるのを、今はまだ誰も知らない。

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