3話:声の正体は検索君だった!?
『…はじめまして、かな。我の声が聞こえるか?』
ボクは驚いてあたりを見回す。確かに声が聞こえた。男の声だ。若いのか老人なのか分からない変な声だ。
リオンを見ると、しっかり口を閉じてニコニコしながらこちらを見ている。
リオンが変な声を出しているわけでもなさそうだ。
『我はリオンが生まれた時から共にいた。リオンが見聞きしたことは我も知っている。邪悪な霊体などではない』
…声じゃない。耳から聞こえるのではなくて、頭の中に直接響いてくる感じだ。
「あなたは誰なの?」
『我が誰なのか、いまは我も知らない。我は…簡単に説明すると、世界にある全ての知識--アクフィック・レコルドの検索機能のようなものだ。複雑な検索を実行できるよう、演算機能も持っている。人格があるようにみえるかもしれんが、検索を効率よく行うための補助機能の一つにすぎない。我には人格も感情も、欲望もない』
「…アクフィック・レコルド?それなに?」
『この世のすべての知識が、遠き過去から現在に至るまで蓄積されている知識集積体だ。人族の知識だけでなく、神々の叡智も魔王の覇道もすべてここに記録されている』
「なにそれ偉そう!じゃ、あんたは神様の知識が検索できるの?」
『それは無理だ。アクフィック・レコルドの領域の多くにはアクサム(接続)制限がかかっており、我はごく一部しか検索できない』
「なんだ、ガッカリ。じゃあ、どうして昨日の夜、私たちを助けてくれたの?」
『リオンが望んだからだ。よって我があの場を生き延びる可能性が高い解を検索・演算してリオンに与えた』
「…リオンの身体を乗っ取ったんじゃないの?」
『それはできないし、やる必要もない。一時的にリオンの感情の昂ぶりを抑えたり、行動のための疑似人格を解として与えることはできるが、それを受け入れるかどうかはリオン次第だ』
「だって、リオンが死んじゃえばあんたも困るんでしょ?」
『リオンが死んでも我が困ることはない。…困るという感情もない』
その答えを聞いて、ボクは頭にカッと血が上った。リオンが死んでも困らないだとう!やっぱりこいつはリオンを死なせて自分が自由になるつもりなんだ。
たぶんリオンが勝手に依り代にされちゃって、邪悪な霊体が封印されていてリオンが死ねば封印が解けるという最悪のパターンなのかもしれない。
「じゃあリオンが死ねば、あんたは自由になるの?」
『自由にはならない。リオンが死ねば共に滅するだけだ。我には存在の継続を願う欲望はない。ただの検索機能だからな』
「…リオンが死ぬこと以外で、あんたがリオンから離れたり、あんただけ消えてなくなることはあるの?」
『リオンがそれを強く望めば、我は現在の存在形態を保てなくなるだろう』
…なんか思ってたのと違う。安全かどうかは分からないけど、リオンの害にはならない気がする。
でもまだ信じちゃダメだ。簡単に信じちゃダメだ。ボクは警戒心を無理矢理に奮い起こし、考えてから声に質問をする。
「…それじゃあ、あんたは一体何者なの?どうしてリオンにくっついているの?」
『我が何者かは我にも分からない。正確には、現時点ではその解が含まれるアクフィック・レコルド内の該当領域を検索することができない。我が何者で、なぜリオンと共にいるかも分からぬ。我は自分の存在を認識した時、すでにリオンと共にいた。その時、リオンはまだ胎児だったがな』
「はぁ?検索クンのくせに知らないの?…ひょっとしてあんた、実は大したことないんじゃないの?」
『そうかもしれない。少なくとも人族を瞬時に滅ぼしてしまうような知識は、我には検索できない。誰が何のためにかけたのかは分からぬが、我が検索機能には何重ものアクサム制限がかけられている。だがその制限は一定の条件を満たしたり、リオンが望めば解放できるものもあるようだ。こうして我がそなたと話すことができるのも、その制限の1つが解けたからだ』
「…ひょっとして、昨夜の森獄でボクたちを助けてくれたのも?」
『そうだ。リオンがそなたを助けたい、と我に願ったからだ』
…うっ、イマちょっと胸にズキンときた。ズキンとしたのに、胸の奥がホコホコあったかい。そうか、リオンがボクを助けてくれたのか。
「…ねぇ、ひょっとしてリオンに蜂蜜焼きの作り方を教えたのも?」
『我だ。リオンがそなたの喜ぶ顔が見たい、と願ったからだ』
…あううぅ。今度は胸じゃなくてホッペとお腹のあたりにズンときた。ボクはなんだかいたたまれなくなって、自分の頭をかきむしる。そうか、リオンがボクを喜ばせたいと思ったのか。それであの甘くて美味しいお菓子を作ってくれるようになったのか。
「まだ美味しいお菓子の作り方を知ってるの?」
『知っている。我の知識にはあと64種類ほどの基本料理法がある。リオンもそなたのための調理を望んでいるが、材料が手に入らないため調理できないものが多い』
「ウソじゃないよね?」
『我には嘘をつく機能はない』
けってい。こいつ悪いヤツじゃないことに決定。
この声が魔物かどうかボクは知ったことじゃないけど、とにかくその64種類を食べ終わるまではコイツは悪いヤツじゃないことに決定。どうせボクは魔物の専門家でもないし、こういうヘンテコな声の専門家でもない。ただのか弱い女の子だ。だからボクが悩んでも仕方ない。
要するに、お菓子の作り方を全部リオンが聞き出した後に、この声に消えてもらったらそれでハッピーエンドかも?
そう考えて、ボクは自分自身を納得させることにした。
「あんた名前は?」
『名前はない。ただの検索機能だ』
「そういうと思った。じゃあ今日からあんたの名前は…ググレーンよ。ちゃんとレオンを助けてあげてよね」
『承諾。今日からググレーンと名乗ろう。名を得る条件に合致したため、2321145-45635-396領域の開放を確認』
…最後にちょっと引っかかるようなことを言われたけど、まあいいや。
「そういえばググレーンはたくさん知識を持ってるんだよね?ボクが持ってる知識の量と比べて、どれくらいの知識があるのさ?」
『レオナの現在の知識量を100とすると、いまのリオンが検索・利用できる知識量は465だ』
なんだ、たったそれだけ?ボクの5倍弱くらいの知識か。確かに多いけど、普通の大人だったそれくらいはあるよね?
なんだ~それっぽっちか!警戒して損した感じ。
もうさっさと宿に入って着替えてのんびりしたいよ。きっと明日は足だけじゃなくて身体中が筋肉痛になるんだろうな。
「もういいわ。リオン、行くよ!」
「あ、お姉ちゃんちょっと待って。向こうに蜂の巣がありそうだから、取ってくるよ」
そう言うが早いか、リオンは背中の荷物を置いて、嬉しそうに藪の中に入っていた。
うん、そうだね。蜂蜜焼きを作るには蜂蜜がいるからね。ボクには反対する理由はない。
えへへへ。
◇◇◇ ◇◇◇
リオンは器用に木の下で枝を丸めて輪っかを作った。
その上に、自分の上着を脱いでひっかける。あたりを見て適当な石を拾うと、木の枝にぶら下がっていたハチの巣めがけて投擲する。やや小ぶりなそのハチの巣は、木の枝との接合部にリオンが投げた石が命中し、パニック状態になったハチたちが巣にしがみついたまま、当然のようにリオンが仕掛けていた上着の中に落ちる。
リオンはすかさずハチの巣を上着で包み込むと、無造作にぐるぐる回し始めた。
そしてぐるぐる回しながら、空いた時間で自分の中の声に問いかけた。
『…えっと、ググレーンって名前になったんだっけ?』
『そうだ』
『ボクがいま検索できる知識は、465って言ってたじゃない?』
『その数字で正しい』
『じゃあ、アクフィック・レコルドの知識の合計はどれくらいあるの?』
『…我にはまだアクサムできぬ領域が多々あるが、概算なら演算できるな』
『いくらなの?』
『レオナの知識を100とした場合、我が検索できる可能性のあるアクフィック・レコルドの知識合計は9452兆8653億7324万6千542だ』
『…それって多いの?』
『少なくはない』
『そっか。じゃあ、ググレーンは神様の知識とか検索できるの?』
『現状ではできない。アクフィック・レコルドは神族・人族・亜人族・魔族の大まかに4種類が存在するが、我が現在アクサムできるのは魔族--その中でも魔王の知識だけだ』
『そうなんだ。じゃあググレーンは魔王の知識なの?』
『その理解はおおむね正しい』
リオンはぐるぐるとまだ上着にくるんだ蜂の巣を回し続ける。
ときどき「まおーっ!」とか叫びながら。
蜂たちが目を回して飛べなくなると、巣だけ頂くのだ。
それはリオンがググレーンから教えてもらった、知識の一つだった。




