2話:環都市シクシィーを目指す義姉弟と不思議な声
生まれ育ったゼロゼを追い出されたボクたちがシクシィーを目指しているのは、死んだパパの妹--つまりボクにとっては「おばさん」が住んでいるから。実はボクもそのおばさんには会ったことないけど、その人はボクから見てもほとんど親戚づきあいをしていなかったパパが、唯一何度か手紙をやり取りしていた相手だ。パパあての手紙も読んだけど、かなり親しげな様子だった。
だからボクたちのことを助けてくれるかな?と勝手に思って旅をしている。生活の援助は難しいかもしれないけど、せめてボクが16歳で成人するまで面倒を見てくれると嬉しいな…、という淡い期待をしている。何しろあのままゼロゼに居たら、ボクたちから家を取り上げたあの悪い大人たちに殺されるか、奴隷として売られちゃいそうだったから。
なけなしのお金を叩いて、ボクはおばさんに助けてほしいと手紙を出した。でも返事を受け取る余裕もなく、ボクたちは一か八かの旅に出た。
もしおばさんがイヤな人だったらどうしよう?という不安な気持ちを押し隠しながら。
たぶんボク今でも『本当にこれで良かったのか?』と迷っているのだと思う。
だから旅に出て2日目でボクはドジを踏んでしまった。
昨日は昼過ぎには宿場町に着いたのだけど、旅を始めたばかりの盛り上がっていた気持ちと、旅費をできるだけ節約したい思いから判断を間違えてしまった。
近道して頑張って歩けば、日が暮れる前にもう一つ先の宿場町ゴッハーにたどり着けるのでは?と欲をかいてしまったのだ。
そしてボクたちは近道するつもりで迷った挙句、森獄に入ってしまった。
方向を間違えたことに気づかず歩いていると、すれ違う人を急に見かけなくなり、道が狭くなったかと思うとぶっつりと途切れてしまい日が暮れてきた。
パニックになったボクは近道して引き返すつもりで、さらに奥へ入り込んでしまった。
猟師だったパパが「日が暮れてからは森獄に近づくな。無駄に命を散らすぞ」とボクが小さいころからずっと言い聞かせてくれてたのに。
判断ミスには、ボクが森獄を軽く見ていたこともあった。
何しろ、ボクもリオンも子供のころから『森獄に住んでいた悪い魔王は、約300年前に勇者様が討伐して死んでしまった』と聞いて育ったからだ。
勇者様が頑張って悪いヤツをやっつけてくれたから、いまの森獄はそんなに怖い場所じゃないのでは?…と勝手に思ってしまったのだ。
なのにあんなモノに出会ってしまった。そう、魔族に。
昨日の夜、あんなにも暗い森獄の中で。
◇◇◇ ◇◇◇
走り続けているうちに、まわりが明るくなってきた。
ボクは昨夜のことを出来るだけ考えないようにして、一晩中走ってきた。だって昨夜のことを思い出すと、恐怖で足が止まってしまうから。
そうやって自分をだましながら走り続けて、ようやく夜が明けたのだ。
脚はガクガク・ブルブル。
自分では走っているつもりだけど、もうヨタヨタとしか歩けていない。
手を引いているリオンの顔を見ていると、今にも死にそうな顔をしている。
あ、人が住んでいそうな小屋があった。
旅人のための水場も向こうにある。たぶん宿場町が近い。
ひょっとして逃げ切ることができたのかも?一瞬そんなことを考えてしまうと、もう足が動かなくなってしまった。ボクたちは水場の近くにあったベンチに倒れこむ。リオンに冷たいお水を飲ませてあげたいけど、もう身体が動かない…。
◇◇◇ ◇◇◇
どれくらいの時間が経っただろうか?
ボクは気を失っていたらしい。日の光が顔を照り付けて眩しい。この光の感じだと、もう午前8時近いかも?
ボクの隣でリオンもすやすや寝ている。幸せそうな寝顔だ。その顔を見ていると、生き残ることができたと実感できる。
よく考えたらリオンもよく頑張ってくれた。ボクより10セメルちかく背が低くて体も細いのに、重たい荷物を持って夜通し走ってくれた。
この眩しい光の中で幸せそうに寝ているリオンの髪を撫でてあげる。リオンの髪はこの国では少し珍しい、黒光石のような艶のある黒だ。
リオンは額に少し汗をかいている。たぶん日差しが強いからだろう。
柔らかな頬をつんつんしてみると、リオンが少し不快そうに寝たまま眉をしかめる。見ていると楽しい。もっとつんつんしたくなる。
…ちがう、思い出した。確認することがあったのだ。
私は寝ているリオンの肩を本格的に揺すってリオンを起こした。
「お、おはようお姉ちゃん…」
リオンはまだ眠たそうな顔をしながら、ここはどこなのだろう?と顔をキョロキョロさせている。
「おはよう。ここは宿場町近くの休憩所よ。向こうに水場もあるわ」
「…じゃあぼくたち助かったの?」
「うん、助かったみたい。いっぱい走ってくれてありがとうね、リオン」
リオンはとても嬉しそうにニッコリ笑う。うう、この笑顔にボクは弱い。リオンの穏やかで優しい黒い瞳に吸い込まれそうになる。
…そうじゃない。ボクはリオンに確認しなくちゃいけないことがある。
リオンは遊んでくれるのを大人しくなっている子犬のような表情をしている。
そしてボクは深呼吸をしてからわざと少し怖い顔をして、問いかけた。
「…キミはだれだ?」
ボクがそう問いかけると、リオンはまず自分の後ろを見た。
そして誰もいないことを確認すると、不思議そうな顔をして自分の指で自分を指す。
ボクはその、マヌケ可愛い仕草を見てちょっとメロっとなりながらも、背いっぱい怖い顔をして頷いた。
「…ぼく?ぼくはリオンだよ、お姉ちゃんの弟の」
普通にそう答えたリオンは、まだ遊んでもらうのをじっと待っている子犬のような表情をしたまま、吸い込まれそうな黒い瞳でボクの目をじっと見る。うーん、これウソや隠し事をしてるような目じゃないな…。
ど、どうしよう?
ボクはあらためてリオンを見る。
ボクたちは本当は血はつながっていないのだけど、リオンはボクのことを「お姉ちゃん」と呼んでくれる。
ボクもリオンのことは本当の弟だと思っている。
あまりご飯を食べないから、相変わらず身体が薄くて細い。髪もボクがなかなか切ってあげられないので伸びちゃって。
今でも時々女の子に間違われてしまう優しい顔で、ニコニコしている。
もっとも同年代の男の子たちからは「キモい女男」と思われているらしくて、よくいじめられて泣いている。
この世界では「男は強くたくましく!」というのが絶対の価値基準になっているので仕方ないけど、ボクはリオンみたいなコがいても悪くないと思う。
逆にリオンをいじめる悪ガキどもをやっつけるボクの方が「狂暴な男女」と思われちゃってるみたいだけど…。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
いつものリオンの優しい声。ああ、疑って悪かったね…と思わず納得してしまいそうな気持ちを、頭をブルブルふって切り替える。
「そうじゃない。リオンのことは知ってるよ。ボクが聞きたいのは、あの声の事だよ。昨日の夜に魔族に会ったときに聞こえた、あの不思議な声。あれは…誰?」
そう、ボクは聞いたのだ。魔族に出会ってリオンと2人でガタガタ震えていた時に聞こえた、あの不思議な声。
とても落ち着いた男の声。すぐ近くから聞こえたのに、見回しても誰もいなかった。
そしてあの声が聞こえてから、リオンが急に落ち着いて魔族にむかって歩き出した。
ボクは恐怖に震えて、一歩も足が動かなかったのに…。
「声?ぼくじゃない声?」
「そう。あれはなに?」
「…え、だってお姉ちゃんにもあるでしょ?もう一つの声」
ボクは驚いてリオンの顔を見る。ごまかそうとか、適当に言い逃れようとかまったく考えていない純真な顔だ。
もともとリオンには全くと言っていいほど、裏表がない。ボクには正直に何でも話してくれる素直なコだ。
でも何年も一緒に暮らしていたのに、そんな声のことは全く気付かなかった。
「…その声は、いつからいたの?」
リオンはちょっと首をかしげて考えてから答えた。
「たぶん、ぼくがもっともっと小さいころから?ずっと一緒だったよ」
「…その声は、リオンに何を命令するの?人間を殺せとか、世界を征服しろとか言ってない?」
「そんなこと言わないよ。何も命令しない。普段はなにもしゃべらないんだ。ぼくが聞いたときだけ、教えてくれる。…えっとね、お料理の仕方とか、お菓子の作り方とか」
ボクは驚いてリオンの顔をもう一度見る。
実はリオンは妙なことに素晴らしい才能を見せることがあった。ボクが大好きな「リオンの蜂蜜焼き」もその一つ。
蜂蜜焼きのことを考えただけで、ヨダレがでてきそうになる。また後で焼いてもらおう。ああ、楽しみ!!
…って、そうじゃない!
リオンはとてもいいコだから、もっとちゃんと確かめなくっちゃ。
悪いヤツに憑りつかれているなら、助けてあげないと!
だってそんな「声」がいるなんて話、ボクの短い人生でも聞いたことがない。もしかするとリオンは邪悪な霊体系の魔物に取りつかれたのかもしれない。時々そんな事件が起きるんだ。
貴族様が急におかしくなっちゃって、毎晩人を殺したり、人が大勢集まる場所で剣を振り回したりするのが。確か教会に行けば除霊できるらしいけど…お金高そう。
でもなんとかしなくちゃ。
ボクはリオンのお姉ちゃんだから。
「本当に?その声はリオンに悪いことさせようとしていない?」
「うん、本当だよ。何なら話してみる?」
「…え?ボクとも話せるの?」
「うん、だってレオナちゃんも声が聞こえたんでしょ?」
思ったより展開が早い。ボクは緊張して口の中がカラカラになってきた。でも確かめないといけない。
そいつが邪悪でアブナイやつかどうか。




