1話:雨の日の襲撃(1)
ボクたちはまだ空気がヒンヤリしているうちに休憩所を出発した。
でも歩き始めて1アワルもしないうちにディセリーヌがまたぐずり始めたけど、都合よく荷馬車が通りがかったので、交渉して載せてもらう事にした。
荷馬車は乗合馬車と違って屋根はなく、低めの囲いしかない。普通は荷物を運ぶのに使うけど、たまに帰りの荷が決まってなかったり、歩き疲れた旅行者狙いで空の荷馬車が通りがかかることもある。
料金は乗合馬車より格安だ。乗合馬車なら1人金貨2枚、2万ジピーはするけど荷馬車なら交渉次第で1人5千ジピーで済む事が多い。
それに乗合馬車には反対したラフラカーンが、「荷馬車ならいい」と言ってくれた。
壁がなくて死角も少ないので、警備に都合がいいらしい。
もっともぐずるディセリーヌの気分をかえるために荷馬車を選んだ気もするけどね。
荷馬車の代金はラフラカーンが4人分まとめて支払ってくれた。
「ここは私がお支払いしますので、リオン殿に食事の準備と蜂蜜焼きをくれぐれもお願いします」
「わかったよ。交換条件という事だね」
ボクは難しい顔をして頷いたけど、ちょっと得した気分だ。リオンと2人っきりなら歩くしかなかったからね。
ボクたちは荷馬車の上に適当に乗り込んだ。
「こっちから乗りな」
荷馬車のおじさんが御者台から引き上げてくれる。意外と高さがあったのでリオンは上るのに少し苦労した。
シートはないけど、台には藁束が敷き詰めてあった。きっとこれが荷物を運ぶときのクッションになるんだろう。お尻が助かるので嬉しい。ちょっとチクチクするけどね。
荷馬車を引くのは、少し小さめだけど、頑丈そうな馬が1頭だ。
「じゃあ、もう大丈夫かね?出発するよ」
おじさんがそう声をかけて、荷馬車が出発した。ラフラカーンは最初、「私は馬車と並走します」と言っていたが悪目立ちするので載ってもらった。
こちらをチラチラ見ていたおじさんが、ボクにだけこそっと声をかける。
「後ろのお嬢様は貴族様なのかい?」
「そうじゃないよ。安心して」
「そ、そうかよかった。『いつもの馬車に比べて乗り心地が悪い!』とか文句付けられても、これ荷馬車だからね」
「…ダイジョウブ、ダイジョウブ」
ボクはもっと違う種類の文句やトラブルがいっぱいあるんだろうなーと少し遠い目をしながら、あまり感情がこもってない棒読みな返事をした。
荷馬車のおじさんは、ちょっと不安な顔をした。
◇◇◇ ◇◇◇
荷馬車の旅は、いろいろあったけど思ったより順調だった。
ディセリーナはリオンの隣に座ったままウトウトしている。
なぜか右手がリオンの太腿の上に置かれている気がするけど、注意するのにも疲れたのでまあこれくらいは見逃してやるか。リオンも荷馬車の揺れで首をこっくりこっくりさせながら居眠りしている。
ボクの感覚で2アワルほど馬車に揺られたころ、御者台のおじさんが声をかけてくれた。
「もうすぐ滝の近くを通るよ。水が足りないなら、補充するかい?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
しばらくして滝というより、単に湧き水がしたたり落ちてきている崖のそばを通った。
ちょっとヒヤッとして気持ちいい。細かい水しぶきが嘉瀬に載って飛んでくるのかも?
出発したころは曇り空だったけど、今は陽が差してきてけっこう暑くなってきたから余計にそう感じる。
あー荷馬車サイコー!
たぶんこのペースだと、夜までにゴッゴの宿場町に到着するんじゃないかな?
お馬さんがどれくらい休憩するか次第だけど…。
そんなことを考えながら背伸びをしていると、ふと目の隅を青いものが走ったような気がした。
ん?なんだろ、今の?
周りを見ても特におかしなことはない。
ラフラカーンの様子も特に変わりがないので、気のせいだったのかもしれない。
リオンとディセリーナは2人ともよく寝てる。
リオンはともかく、ディセリーヌが静かなのがいいね!
でもボクのささやかな幸せは長くは続かなかった。
「レオナ殿。敵襲です」
ラフラカーンがスッと立ち上がり、何の力みもなくそう告げた。
え、何どういう事?敵襲ってことは、敵が襲ってくるんだよね。
ど、どこに敵がいるんだろう?
そうだ、リオンをまず起こさないと…。
ボクはラフラカーンの言葉にあたふたした。そして、ボクより先に「敵」に気づいたのは荷馬車を引く馬だった。
突然大きな声でヒヒ~ン!と鳴いたかと思うと、今までポッコポッコ歩いていたのとは別の馬だったようにものすごいスピードで走り出す。
「どうした?とまれ、止まれ!」
おじさんも慌てている。
立ち上がっていたボクは急にスピードが出た荷台の上でつんのめりそうになりながら座り込む。
急に酷くなった振動で、リオンもビックリして目を覚ましている。
周りを見回して何か話しているけど、スピードを上げた荷馬車の音がうるさくて聞こえない。
ボクは目で「そのまま座ってて」とリオンに合図を送る。
木々がざわめいてきた。
何か良くないものが近づいてくるのがボクにもやっと分かった。
ヤバイ。
そいつらは、街道沿いの木陰から転がるように出てきて、ギャンギャン吼えながらこちらに向かってすごいスピードで走ってくる。真っ黒な犬のような姿に、見開いた目と口が両方とも真っ赤だ。…確か名前はヘーレ・ホウンダ。猟師や冒険者たちからは「地獄の番犬」と呼ばれているヤバイやつだ。並みの冒険者が数人がかりでやっと1匹倒せるほどの強さの魔物だ。
そいつらが群れを成し、街道いっぱいに広がってボクたちを追ってくる。
森獄で出会ったら1頭でもやばいのに、ボクたちを追いかけてくるのはおよそ30頭もいる。悪夢だ。
ボクは不安になって、こういう場合に一番頼りになりそうなラフラカーンに目を向ける。
でもラフラカーンは、背後から追いあがってくるヘーレ・ホウンダに興味がないのか、進行方向を向いたままだ。
つまりこっちに背中を向けている。
え、それでいいの?ちょっとは後ろを気にしようよ?
それともラフラカーンが得意なのは剣だから、もっと近寄らせるつもりなのかな?
そんなことを考えていると、ラフラカーンが肩越しに何かを後ろに向かって投げた。
緑っぽい茎とトゲトゲの何か丸いもの…と思ったら、それが荷馬車の後ろに消えたとたん、ラフラカーンの声が響く。
「トルノ・フォルトレッセ」
あ、これはラフラカーンの発動呪文だ、と思った次の瞬間には街道の幅いっぱいにイバラの壁ができていた。
しかもそこに突っ込んだヘーレ・ホウンダたちが手足をバラバラにして爆ぜていくのが見える。
うっわ、エグイ。
あのトゲ、見た目よりズバズバに切れるんだ…と思うのもつかの間、ヘーレ・ホウンダの何匹かはバラバラになった仲間の屍を台にしてジャンプしたりイバラの壁を迂回して、まだ追跡をあきらめないのが10頭近くいる。
「…ホメグ・アロワ」
後ろから追いすがる恐ろしい魔物たちに背を向けたまま、ラフラカーンが別の発動呪文を唱える。
15本ほどの青っぽい光の矢がラフラカーンの周りに広がったかと思うと、幾重もの光の筋を残してヘーレ・ホウンダ達を貫く…はずだったけど、あいつら1列に並んだ上、4頭ほどが飛び出してきて魔法の矢から仲間を守った。
ヤバイ。あいつら、統率が取れてる!本能だけでボクたちを追いかけているんじゃない。
見れば最後尾にいるヘーレ・ホウンダだけがひと際大きくて、そいつが指示を出す群れのリーダーっぽい。
たぶんアイツさえやっつければ、何とかなるかも?
そう思ってディセリーヌを見ると、起きてはいるけど顔は寝ぼけて不機嫌そうに遠くを見ている。たぶん敵に襲われているってことも分かってないのかもしれない。ダメだ!使えない。戦力にならない。
そう言えばこのコ、今朝も寝起きがメチャクチャ悪かったよね。『朝ご飯がなくなる』ってラフラカーンに脅されて、うがーっとか叫びながら真っ裸で飛び出してきたし。髪の毛グチャグチャだったし。
まあもうリオンから離れてくれて、邪魔しないならいいことにしよう。
…荷馬車が揺れて落ちてくれてもいいくらいダネ。
6匹残ったヘーレ・ホウンダがみるみる追い上げてくる。
3匹ずつ二手に分かれ、荷馬車の両脇にぴったりとくっついてきた。
ヤバイ、次はきっと飛び乗ってくるか、馬が狙われる。あるいはその両方同時だ。
「ラフラカーン、ヤバイよ。なんとかして!」
ボクが呼びかけてもラフラカーンはボクたちが襲われているのに興味がないのか、前を向いたままこちらを見ようともしない。
ボクはリオンと荷馬車の真ん中で抱き合いながら、ヘーレ・ホウンダがいつこちらへ飛び込んでくるかという恐怖で震えている。
「ラ、ラフラカーン!」
耐えきれずもう一度その名を呼ぶと、やっとラフラカーンはこちらを向いてくれた。
相変わらずの無表情だけど、今はそれがすごく頼もしく見える…と思ったのも束の間、ボクはさらなる恐怖で顔をひきつらせた。
荷馬車の正面の空から、翼を広げた巨大な魔物が突っ込んできたからだ。
まるでラフラカーンが後ろに注意を向けるのを待っていたかのように。
次の瞬間には、こちらを向いたラフラカーンの背に巨大な鉤爪が振り下ろされようとしていた。
上半身と翼は鳥なのに、下半身は四つ足の獣のようなその姿は絵で見た覚えがある。
グリフォーネ。森獄でもトップクラスの凶悪な魔獣だ。
あ、ラフラカーンは死んだかも。
たぶんボクとリオンも。
周りの風景が妙にゆったり感じられるようになったボクは、相変わらず無表情なラフラカーンがいつのまにか両手を腰の剣それぞれに添えているのが見えた。
次の瞬間、ラフラカーンの背に鉤爪が届こうとしたグリフォーネの巨体が空中で爆ぜ飛んでバラバラになる。
うっわ、すごい!
鉤爪のついた鳥の足が2本と、片方の翼が根元から。そしてグリフォーネの鳥の首が片目でボクをにらみながら、別々の方向に飛んでいく。
5~6メルトはありそうな胴体は、まだ片方の翼が動いたまま空中で一度バウンドして、荷馬車の向こうの街道に落ちていった。
だが次の瞬間、左右から3匹ずつ空中から荷馬車の中に飛び込もうとするヘーレ・ホウンダがボクの視界いっぱいに迫る。最悪のタイミングだ。狂ったような赤い目と、大きく開かれた赤い口。その周りには妙に白い牙がずらりと並んでいる。
あ、やっぱり死んだかも。
だけどそいつらはまるで見えない巨大な手で、ゴミでも払われるかのように空中で向きを変え、3匹ずつ重なって荷馬車の外側へと跳ね飛ばされる。
街道に落ちたヘーレ・ホウンダ達の死体からごろごろと黒いものが転がっていく。
あれはたぶん、ヘーレ・ホウンダの首だ。いつの間に斬ったのか…。
背を向けたまま巨大なグリフォーネを一瞬で空中解体し、左右から飛びかかってきた6匹のヘーレ・ホウンダを3匹ずつまとめて首を撥ねて放り捨てる。まるでまな板の上に並べられた野菜の根元を切り捨てるかのように。
やはりラフラカーンは魔人だ。
こんな剣術は、ボクが知ってる冒険者や猟師の誰もたぶんできない。レベルが違い過ぎる。
伝説の剣士や勇者様ならできるのかな?
そんなことを考えていると、荷馬車を牽く馬がようやく大人しくなって、スピードを落とした。
「おお、よく頑張ってくれたな。次の休憩所が見えたら休もう。水もあげるよ」
さっきまで固まっていたおじさんが、馬に優しい声をかける。
敵はいなくなったんだよね?助かった…。
お礼を言わなくちゃ…そう思ってラフラカーンを見ると、何か気に入らないような顔をしていた。
ボクがリオンと抱き合っていたからかな?
でもそれは身を守るためだったし、さすがに怖かったし。
そういやまだ抱き着いたままだった。ボクはちょっと気恥ずかしくなってリオンから離れた。
仕事が忙しいのですが、何とか時間を見つけて1週間に1話のペースで更新しています。
次回は10/22(日)午前6時更新です!




