24話:魔族の本音
日はもうとっぷりと暮れた。今日は半日歩いたので、程よく疲れている。
長旅なら残った食料や装備の点検をするのだろうけど、今日はまだ初日なのでボクたちはもう寝ることにした。
早めに寝て、明日は日の出とともに出発する予定だ。
ボクはあらかじめ探しておいた平らな地面に、荷物から出した藁カーペットを2枚並べて敷いた。これは幅1メルトほどの藁束をいくつもつないだもので、冷たい地面に寝るときは欠かせない。藁なので軽いし、持ち運ぶときはくるくる巻いて畳めるので便利だ。
そして最後に防寒用のショールをだして、それに包まって横になる。
夜番はラフラカーンがやるといってくれた。
「夜の番は私がしますので、レオナ殿とリオン殿は明日に備えてお休みください」
「うん、ありがとう。途中で交代しようか?」
「問題ありません。私は7日間で3時間ほど眠ればそれで大丈夫ですので」
おお、便利な身体だ。
やっぱり魔人になると人間とはちがうのかな?
リオンも眠そうにしている。藁カーペットに座らせてショールを身体に巻いてやる。
星空を見上げて、天気を確認する。うん、雨除けの天幕は必要ないね。
コロンと横になったリオンの小さな背中をしばらくさすってやると、リオンは穏やかな寝息を立て始めた。うん、この寝息を聞くとボクも安心する。
ボクも寝よう…と横になると、ふと足元に気配を感じた。ディセリーヌだ。
「レオナ、おまえいつもリオンと一緒に寝てるのか?」
「そうだよ」
「お前たちは姉弟として育ったが、実は血がつながっていないと聞いた。ふしだらではないのか?」
「野外だし、そんなことリオンもボクも気にしたことないね」
ディセリーヌの声には少し苛立ちがあるような気がする。
なにが気にいらないのか知らないけど、面倒だ。気にせず寝ちゃおう。
「ディセリーヌ様。私が番をしておりますので、ご心配なく」
ラフラカーンの声もしたけど、見回しても姿が見えない。隠形しているのかもしれない。
ふん、と声がしてディセリーヌの気配も消えた。自分の天幕に戻ったらしい。
やれやれ。
◇◇◇ ◇◇◇
ボクは見上げる空の明るさで目を覚ました。
今は午前5時半くらいか。空はもう薄っすらと青くなっている。
近くで誰か動いている気配がする。
ボクはパッチリ目を覚まして、まず隣で寝ているはずのリオンを見た。
いない。
反射的に身体を起こすと、ニコニコしながら枯れ木を集めて持ってくるリオンの姿が向こうに見えた。
ボクはホッとする。考えてみたら、リオンが攫われて眠れない夜を過ごしたのはつい昨日のことだ。
この数日はいろんなことが起こりすぎて気持ちがついていかない。
レオンと2人で旅をしていたはずなのに、いつの間にか魔族と一緒にいるし。
勇者様が魔王を討伐した(と言われている)約300年前からは、魔族を見た人はいない。
ディセリーヌやラフラカーンが魔族ってわかっちゃったら、大騒ぎになるんだろうなー。王国の軍隊とかに追いかけられちゃうんだろうか?嫌だなー。
でもディセリーヌがリオンを巻き込んで他の魔将とケンカして狙われてるらしいから、しばらくは一緒に旅するしかない。それだけでも迷惑なのに、ディセリーヌはわがままで言うことを聞かない。それになぜか魔族の魔力を回復させる不思議な体質を持ったリオンの事を狙ってるみたいだし。本当に嫌だなー。
ボクが藁カーペットの上に座り込んでムカムカしていると、リオンがテケテケテケ~と走ってきた。
相変わらず楽しそうなリオンの笑顔を見て、少し気が晴れた。
「おはよう、おねえちゃん。これから朝ご飯作るね」
「おはよう、リオン。朝ご飯楽しみにしてるわ」
水場の近くにラフラカーンが立っているのも見える。もう隠形は解除したらしい。
本当に一晩中起きてたのかな?いつもの無表情だけど、疲れている様子は全く見えない。
ボクは藁カーペットと防寒用のショールを片付けてから水場に向かい、顔を洗ってリオンを手伝うことにした。
ラフラカーンに小麦を出してもらい、ふるいにかけてからバターミルクや割った玉子と混ぜている。
うん、これは蜂蜜焼きと同じタネだね。…ということは今朝は黄金焼きだ、楽しみ!
ボクは火を起こして、鍋の中で油の実をつぶして塗りたくっておく。
リオンがタネを鍋に入れると、じゅうといい音といい香りがする。
「◇◆・・◆」
リオンの歌うような詠唱が聞こえた。ほほぅ、このタイミングで生活魔法を使うんだね。
縁がふつふつしてきた丸い生地が、みるみる膨らんで分厚くなってゆく。
リオンが器用に鍋を揺すると、くるんとひっくり返って黄金色に焼きあがった面が見えた。
うん、美味しそう!
リオンは慣れた手つきで続けて何枚も焼き始め、焼き終えた生地はきれいに洗った鍋蓋の裏に重ねていった。
1人2枚はありそうだね!
生地を焼き終えると、リオンはラフラカーンに燻製肉を出してもらって、それをナイフで細かく切りながら火から降ろした鍋で温めている。
おお、蜂蜜のビンも登場した!
リオンは焼きあがった黄金色のパンケーキの中に軽く焼いた燻製肉のコマ切れをパラパラ落とすと、蜂蜜をたらしてから器用にくるくる巻いてくれた。
「はい、お姉ちゃん。お待たせ!」
「ありがとう、リオン」
本当は丸いままの黄金焼きに蜂蜜をたらして、ナイフとフォークで切りながら食べるんだけど野外だから仕方ない。黄金焼きじゃなくて、黄金巻になるのかな?
まずは一口食べてみる。
うん、サクサクに焼けた生地に蜂蜜のとろみと甘さがいい感じに絡んでくる。
ううう、口の中の甘さが染みわたる。朝からなんて幸せだ~。
もう一口食べると、今度は甘さの中に燻製肉の塩っぽさと脂身の味が混ざってくる。
甘いものと塩気や脂身ってどうなの?って最初は思ったけど、これが意外に合う。
なんというか、オヤツじゃなくて食事って感じになるから不思議だ。
本当なら、黄金焼きとは別に燻製肉の薄切りを添えてもらうのがボクは好きだけど、一緒に食べるのもなかなかいいね。
「リオン、おかわり!燻製肉はちょっと多めにね」
「はーい」
あっという間に1つ目を食べきってしまった。
リオンはニコニコしながら2つ目を巻いて渡してくれる。
ボクの食べっぷりを見たせいか、ラフラカーンが少し慌て気味に魔法の天幕の中にいるディセリーヌに声をかけていた。
「ディセリーヌ様、お食事の用意が整いました。…その、できるだけ早くお越しください。リオン殿が調理してくれましたが、早急になくなる可能性が高そうです」
失礼な。ラフラカーンの分まで食べようとは思ってないさ。
バン、と音がしていきなり出現した小さなドアが開き、「うがーっ」と叫びながらディセリーヌが飛び出してきた。
えっ?
あのコいま、真っ裸じゃない?髪の毛もグチャグチャだし。
それに胸とか腰とかに白い文様がついてる。魔族ってみんなあんな模様が身体にあるのかな?
ふとリオンの方を見ると、リオンもビックリした顔をしている。
ボクはさりげなく座っていた場所を移動して、リオンからディセリーヌが見えない位置に移ってニッコリ笑った。
「…よそ見はダメよ、リオン?」
「う、うん」
ボクはたぶん真っ裸のディセリーヌを見たであろう、リオンの反応をじっくり観察する。
なにしろディセリーヌのお尻を触っちゃったって話だからな。
いずれはリオンも女の子に興味を持つ年頃になると思うけど、今はまだ早いとボクは思うんだ?
だいたい、ボクと一緒に寝てたりしてもリオンは一人で先にスースー寝てるし。
…うん。リオンは困った顔をして、すぐに黄金巻きを作る作業に戻った。
なんかすでにディセリーヌの裸には興味がないみたいだ。名残惜しそうにチラチラ視線を泳がすこともない。
さっきのビックリした顔も、前にボクたちが住んでた家の前を近所の3歳児がフルチンでウロウロしていたのを見た時と、そう変わりはなかったし。
そう言えばディセリーヌは胸のふくらみもあんまりなくて、少年みたいな身体つきだったな。
心配して損したかも?
「…オレの分はあるんだろうな?」
声がしたので振り向くと、そこにはディセリーヌがいつもの服装で立っていたので驚いた。いつ着替えたんだろう?ラフラカーンの魔法かな?
髪もちゃんと梳いてあって外見は完璧だけど、顔がぼんやりしていて怒ってるみたい。目は右が眠そうな半開きで、左はまだガッチリと閉じてる。寝てた小さい子供を無理やりたたき起こすと、こういう顔をするんだよなぁ…とか思っていると、ディセリーヌは急に糸が切れたように後ろに倒れこんだ。
ラフラカーンが絶妙のタイミングで後ろから折り畳みの椅子を出して広げながら、ディセリーヌを座らせる。
「ディセリーヌちゃん、はい」
「うむ」
リオンから黄金巻を受け取ると、ディセリーヌは寝ぼけた顔のまま先を口に入れてモグモグ食べ始めた。
服装が完璧なだけに違和感が普通じゃない。
後ろで控えているラフラカーンを見てみると、おでこに『いろいろ残念』という光る文字が流れているのが見えた。
…あれ?これも見間違いじゃないよね。
そもそもラフラカーンは、額から出てる水晶を隠すために鉢金を巻いているのに、それの上に浮いているように文字が見える。
ねえ、これ何なの?
ディセリーヌは最初は寝ぼけた顔をしていたけど、口をモグモグさせているうちにカッと目を見開き、ガツガツ食べ始めた。
「…おかわりはあるんだろうな?」
「うん、あるよー。たくさん食べてね。今日もいっぱい歩くからね」
結局、黄金巻はボクが2本、ディセリーヌが3本、リオンが1本にラフラカーンが2本食べた。
食後はリオンがルリ茶をいれてくれたので、それをまったりと飲んだ。
今は午前6時すぎくらいかな?まだ時間的には余裕がある。
その後、リオンは「今日からの分がもうないから」と蜂蜜焼きも焼きだした。
「おう、蜂蜜焼き。おう!」とか叫びながら、ディセリーヌがリオンの周りをウロウロしているのが見ていてウザい。なんかこっそり味見用で1個せしめてるし。
アツアツをいきなり口に入れて、目を白黒させて泣きそうになっているし。
あーあ、今日もディセリーヌと一緒に歩くのかあ。もうすでにイヤだな。
ボクは心を落ち着けるために黙々と出発の準備をしながら、ググレーンに聞いてみることにした。
『ねえ、昨日からディセリーヌやラフラカーンのおでこに光る文字が見える気がするんだけど、これって何か知っている?』
『…ふむ。レオナ殿は新しいスキルを手に入れたようだ。その影響だと思われる』
『どんなスキルなの?』
『アクフィック・レコルドによると、それは【魔族の本音】スキルとあるな。その名の通り、魔族や魔人の本音を知ることができるスキルだ』
やっぱりあれは、ディセリーヌやラフラカーンの本音だったんだ!
ボクはいろんな意味でショックを受ける。
それにしても、ディセリーヌの『323年処女め』って…どういう本音なの??
なんか面倒ばっかりで、何の役にも立たないスキルのような気がする。
『…そんなスキル、いらないんですけど?』
『スキルの削除は基本的にはできない。現在のレオナ殿の【魔族の本音】スキルレベルは低いので、親しくなった魔族のごく表層の本音を受け身でしか知ることができない。もっとも人族の為政者にとっては、実効性はともかく魅力的なスキルと思われる。王城で権力闘争の道具となり一生飼い殺しにされたくないなら、隠匿を推奨する』
『言われなくても、誰にも話さないよ』
魔族に知られちゃうと、「とりあえず殺しておこう」ってなるかもしれないしね。
ディセリーヌ達はもちろん、リオンにも話さないでおこう。
すいません、10万文字のストックがなくなりました。
今後は週1回くらいのまったりした不定期更新になりそうです。
※次回は10月8日(日)更新予定です!




