22話:あの文字見えますか?
「ラフラカーン、遅いな」
「リオン、遅いね」
ボクとディセリーヌは蜂蜜を探しに行ったラフラカーンとリオンの帰りを待って、2人で倒木に腰かけていた。
他に座れそうなものが見当たらなかっただけで、仲良く座っているわけでもない。ハッキリ言って、居心地はかなり悪い。街道を行きかう商人や旅人、冒険者たちにジロジロと見られるからだ。
ディセリーヌが悪目立ちしているのがいけないのだと思う。
今も会話しているように見えて、実は2人並んでそれぞれで独り言をつぶやいているだけだ。
ボクは個人的にディセリーヌと話すことなどないし、無理に話しても会話が続かない。
仕方がないので、魔将の事を聞いてみることにした。
「…ディセリーヌは魔将なんでしょ?だったら軍団を持ってるんじゃないの?それでノベリアと戦えば?」
「うむ。機密ゆえ話せないこともあるが、確かにオレには配下がいる。魔王様より預かっているのは魔鬼の軍団で総勢は35だな。だがノベリアもほぼ同数の軍団を持っているぞ。それに魔鬼は何と言うか殲滅兵器でな。地上なんかでぶっ放すと、命中した半径600キルメを溶岩地帯に変えて終わりだ。3000度の殲火が7日間にわたって燃え続け、あらゆるものを焼き尽くす。岩や山もドロドロに融けて沸騰し、水も空気もすべてなくなる。この国くらいなら5鬼もぶっ放せば跡形もなくなるぞ。そんなの使っていいのか?」
ボクはふるふると首を横に振る。
「それにオレもノベリアも、5鬼や6鬼の直撃では死なんからな。演習で魔鬼を使うのは大迷惑以外の何物でもない。たぶん人族にも迷惑だと思う。もっともすぐに焼かれて死んでしまうから、オレたちを恨む暇すらないがな!」
ボクは頭がクラクラしてきた。
魔族は、そんなにも凄まじい兵力を持っているのか…
「…そんな魔族と戦争して、人族よくは生き延びてきたね」
「うん?魔族が…というより、我らが人族と争ったことはないぞ。魔鬼は天界用の殲滅兵器だ。まだ他にもあるがな。あいつら、今度こそ全員殺し切ってやる」
そう言ってキヒャヒャヒャと笑うディセリーヌの悪い笑顔を、ボクはどんより気持ちで見ていた。なんかとても重要なことを聞いた気がするけど、ボクはもうイッパイ・イッパイになっちゃって、話を続ける気力がなくなっちゃった。
リオン、早く帰ってきてくれないかなー…。
そんな風に思っていると、タイミングよくラフラカーンが転移魔法を使って現れた。
転移してきたラフラカーンは、小脇に抱えていたリオンと、何かの入った大きな袋を地面に下ろす。
「なんだラフラカーン、たかが蜂の巣探しに時間がかかっていたな?」
「は。巣が少々取りにくい位置にあり、時間がかかりました。申し訳ありません」
リオンはラフラカーンが置いた袋を引き取ると、まるではしゃぐ子犬みたいにボクのところに嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ほらほらお姉ちゃん、すごい大きな巣が取れたの!たっぷり蜜が入ってそう」
うん、いつものリオンだ。特に問題なし。
ボクは安心して、リオンの頭を撫でてあげる。でもディセリーヌは気にかかることがあるらしい。とりすまして立っているラフラカーンの周りを胡散臭そうにぐるぐる回っている。
「…ラフラカーン、お前何だか肌がツヤツヤしていないか?」
「はっ。恐れながら蜂蜜の毒見を先んじて行いました。特に問題はありませんでした。美味でした」
何をそんなに突っかかっているんだろう?
ボクにはディセリーヌの意図がよく分からないけど、魔族だけのマナーとかあるのかな?
ラフラカーンも面倒なのか、ディセリーヌと目を合わせていないし。
「あとラフラカーン。お前の身体から嗅いだことのない匂いがするが、それはなんだ?」
「それも花蜂の蜜かと思います。巣の下の方にイヤな臭いのする蜜が溜まっており、それを事前に除去しておりました。その匂いが服に付いたのかもしれません。清浄の魔法は使ったのですが臭いを取り切れなかったようで、申し訳ありません。不浄ですので、あまりお嗅ぎにならないよう、お願いいたします」
「ふーん、蜜ねえ。確かに滴った花の蜜の匂いだなぁ?」
ディセリーヌはそうつぶやくと、ラフラカーンにくるりと背を向けて、こちらに歩いてくる。何だろう、目は相変わらずキツイ感じなのに、口元が少しニヤニヤしている。
あれ?
え??
見間違いかな?
ボクは目を大きくパチパチさせた。
だって、こっちに歩いてくるディセリーヌのおでこに光りながら流れる文字が見えたから。
うん、きっと見間違いだと思う。
ボクが見た額の文字はこう書いてあった。
『323年処女め』
ナニコレ???
うん、たぶん気のせい…。
◇◇◇ ◇◇◇
結局リオン達が獲ってきた大きな花蜂の巣からは、酒瓶4本分ほどの蜂蜜が取れた。
空いた酒瓶は、ラフラカーンがどこからともなく調達してくれた。
蜂蜜のしぼり出しはボクとラフラカーンで手伝った。
ディセリーヌも参加したがっていたが、蜂の巣を小さく割って入り口をそいで垂れてき
た蜂蜜を綺麗な布で濾して…なんて緻密な作業ができると思わなかったので、手伝わせなかったがたぶん正解だろう。
オレにも何かさせろ!とうるさかったが、「美味しい蜂蜜焼きをつくってあげるからちょっと待ってね」とリオンが諭すと大人しくなった。
逆にラフラカーンは、手伝ってくれてとても役に立った。
一通り手順を見た後は、いちいち頼まなくてもパッと布で受けてくれたり、絞り終わった蜂の巣を捨てて次のやつを持ってきてくれたり。
ディセリーヌのお世話で苦労しているんだろうなーというのがよく分かった。
あと、ボクたちが蜂蜜を絞っているのを通りがかった商人がじっと見ていて、蜂蜜1本分を5000ジピーで買いたいと言ってくれた。確かに目の前で作っている新鮮な蜂蜜で、混ぜ物もしていないから見ていて欲しくなったのだろう。品質のいい蜂蜜は貴重品なのだ。
でもこれから蜂蜜を使う量が増えるかもしれないので、丁寧にお断りした。銀貨5枚は魅力的だったが、ディセリーヌがいるしね。ラフラカーンは金貨をたくさん持っているけど、できれば頼りたくない。
『友人に貸し借りを作ったら、友人ではなくなる』と亡くなったボクのパパにそう教えてもらったしね。
◇◇◇ ◇◇◇
「もう歩くのに飽きた」
「なんでオレが何時間も歩く必要があるんだ?」
「これ以上歩かせるなら、あたり一面を火の海にしてやる!」
日が暮れ始めたころ、ディセリーヌのぐずりがボクたちの限界に達してきたので、ボクたちは適当な休憩所で野宿することにした。
「休憩所」と言っても、特に建物があるわけではない。
普通に半日歩いたくらいの地点から、街道の往来に邪魔にならないよう道の片側にスペースが設けてあって旅人が野営できるようになっている場所のことだ。
休憩所は1~2キルメごとぐらいにいくつか設置されている。倒木を切って作ったベンチがあるだけの小さなものから、馬車を止めることができる広い休憩所まで大きさはさまざまだ。
ボクたちがたどり着いた休憩所はアタリの方で、簡単な石垣と近くの川から引き込んだ水場があった。
まだ夕暮れまで時間があるせいか、他に誰もない。
「いいね。今夜はここで野営しよう」
先客がいないのもラッキー。魔族2人を連れた上、別の魔族からも狙われてるヤバイ状態だから、他人を巻き込まないよう注意が必要だしね。
ボクとリオンは背中の重たい荷物を降ろして、野営の準備を始めることにする。まずは食事の準備だ。水場があるので、野菜も料理できるかも?
「じゃあ僕は燃やせる木を集めてくるよ」
「遠くにはいかないでね」
「わかった!」
リオンは休憩所のまわりをウロウロしながら、落ちている薪を拾っている。この数日は雨も降っていないから、枯れ木が湿気てなくてちょうどいい。
ボクは誰かが使った焚火の跡を見つけ、周りの石を組み直して簡単なかまどを作る。
そういや、魔族って何を食べるんだろう?おイモや燻製肉は大丈夫かな?
「レオナ殿。我々も野営の準備をしたいと思います。あちらの場所を使ってもよろしいか?」
「うん、いいよ。空いてるから好きに使って」
「わかりました」
ボクが返事をするとラフラカーンは、空中から黒っぽい、高さ1メルトくらいありそうな縦長の箱型カバンのようなものを取り出した。きっと「収納」のスキルを使ったのだろう。
カチャカチャと慣れた手つきで金具を外すと、ラフラカーンは箱型カバンのようなものを左右にパカンと開いた。
開けた中には木製の小さな扉のようなものが入っている。
ラフラカーンはそれを地面に置くと、箱型カバンは閉じて「収納」にしまい込んだ。
「ディセリーヌ様、野営の準備ができました」
え、準備ってそれだけ?
ラフラカーンが呼ぶと、ムスッとした顔のディセリーヌがやってきて身長の半分ほどの小さな扉をしゃがんで開けると、パッと消えしまった。えええ?これなんのマジック?
「この扉は魔道具の一種で、ディセリーヌ様専用の野戦天幕です。中は広く家具などもあり、ディセリーヌ様はここで休まれます。扉は魔法的な隠蔽機能があり3メルトも離れると見えなくなります」
そう聞いて、ボクはちょっと下がってみた。
おお、ホントだ。少し離れると急に見えなくなる。近寄るとまた見える。
両手にいっぱいの薪をもってきたリオンも、ボクと同じようなことをしてびっくりしている。
その魔道具の扉が急にガチャッと音が鳴って扉が開き、ディセリーヌの首が出てきた。
でもなんかサイズがおかしい。膝上くらいの高さに普通の半分ほどの顔が浮いている。
どうやら魔道具の扉の近くでは、身体が半分くらいの大きさになっているらしい。
空間が歪んでいるのかな?




